第2話 変貌
「いったい、こいつは何をしたんでしょうね?」
青木が苦々し気に顔をしかめて見ている先には、漆黒の夜の闇に包まれた、外部大臣大平相馬(おおひらそうま)の屋敷があった。
「分からんが、ろくなことじゃないだろう」
結局、捜査会議で加藤から下りた指示は、静香の予想と寸分違わないものだった。四人の政治家の関係者がリストアップされ、捜査員は四組に分けられ、警護のために張り込みを行うことになったのだ。
当然、青木たち捜査員は、なぜこの四人が警護対象者として選ばれたのか、加藤に対して説明を求めた。
それに対する加藤の答えは峻厳だった。
「ネイルズマーダーは既に国家体制を揺さぶる存在に成りつつある。そのやり方はテロリストと変わらず、その影響は国民の国家への不信感を高めている。こうなったのも、いつまでもネイルズマーダーを検挙できない刑事部の責任であり、今後はテロ対応として公安部の主導で捜査を行う。公安部は国家機密に基づいて捜査を行うので、捜査員は命令に対して疑問を持たず、全力で遂行して欲しい」
要するに何も考えずに言われたことを黙々とこなせと言われたわけだ。
「奴がここを襲う保証がどこにあるんでしょうね」
青木は不満が治まらない。相馬の長男清司(きよし)を警護する理由を、教えてもらえないのだから、そう思うのは無理もない。
「まあ、そこは考えても仕方がないだろう。逆に言えば、公にできないレベルの理由があると考えれば、ここがターゲットになる確率は高い、と考えていいかもしれない」
坂本は青木よりも宮仕えが長いだけに、さすがに冷静に事態を分析している。いずれにしても、次のターゲットが分からない以上、何らかの絞り込みは必用だ。
「静香さんはネイルズマーダーの殺人目的が、シリアルキラーの範疇を超え始めたと言ってましたね」
青木は同年代ということもあって、静香のプロファイリングに多少の対抗意識があったようだが、芥川襲撃の予測が証明されて以来、その能力には一目を置くようになっている。
「確かにな。ネイルズマーダーはシリアルキラーから、目的を持って行動するテロリストに近い存在になった、と言っていたな」
青木はハッとした。ネイルズマーダーというネット由来の言葉は、ヒーロー的な意味合いも含んでおり、警察関係者はあまり好ましく感じていない。捜査本部でも使う者は少数だ。坂本は青木の顔色が変わったのを見て苦笑した。
「相沢に言われたんだ。既に世間に流通している言葉を、自組織の背景や個人的な好き嫌いで使わない姿勢は、思考の硬直化を生むと」
「そうですか……」
そう言われても、青木は坂本がその言葉を使うのには抵抗があった。
「まあ、無理して使うこともないが、犯人は我々の考える次元を超えてるような気がしたので、相沢の言葉に従ってみようと思っただけだ」
「何か難しいことを言ってましたよね」
青木はまだシリアルキラーとテロリストの違いを理解していない。
「最初の五件の事件は、世間的な悪のラベルが貼られている連中だった。そういう意味ではネットを検索するだけで、対象としてリストアップできる。だが六件目は一般的には悪として認識されていない。殺されることと連動して、その悪行が公開された」
「それは分かりますが、悪い奴を殺していると言うことは、変わりないじゃないですか」
青木はまだ要領を得ないと言う顔をしている。
「だが、今回の被害者について、ネイルズマーダーはその悪行をどうやって知ったんだ?」
「……」
「つまり、ネイルズマーダーが所持している、悪人に関するデーターベースが何段階か高度に成ったんだ。そうなるためには、これまで主としてネット情報に頼っていた情報ソースが、そういう秘密を集めている者からの提供に、変わらなければならない」
「うーん、こういうことですか。個人レベルでせっせと情報収集していたのが、いきなり組織的に集めることができるようになった」
青木は何でも簡単に考えたがる。
「そうなんだが、大事なことは情報収集の方法が変わったことではなく、その情報がどういう目的を持って集められたのかということだ。現状を見る限り加藤の言うように、国家の信頼を損なう目的で集められている」
加藤の言葉もまんざら間違ってないと言う坂本に、それと情報を秘匿することは違うと、青木は心の中で反発した。
それにしても、単なる凄腕の殺し屋ぐらいに思っていた犯人が、実は国家を揺るがす思想の持ち主だと言われて、そのスケールに青木は圧倒されそうに成った。
「何か寒気がしてきました」
「ああ、だが逆に考えればシリアルキラーよりも、次の犯行は予測しやすくは成っている。事実こうして、四人に犯行対象が限られわけだからな」
「そうか、俺たちには教えてもらえないけど、警護対象には何か共通の接点があるわけですね」
青木の言い方には少しだけ、上層部に対する毒が入っていたが、坂本はそんな毒など関係ないとばかりに話を続けた。
「その通りだ。そしてもし今回警護する四人の誰かが狙われたとすると、警察上層部しか知らない情報を、知り得る立場だと言うことに成る。その線からも犯人特定が進むわけだ」
「なるほど。かなり捜査対象を特定できますね」
そこで坂本はニヤリとした。
「相沢は一つの可能性として希望の光をあげている」
「鏡弁護士が主宰している会ですね」
青木は清水綾への聞き取りで、鏡に会ったときのことを思い出した。
正義感が強くていい男だったが、法の限界を指摘されたところは、耳が痛かったように記憶している。
今度はそれに警察の隠蔽が加わると思うと、話すのは気遅れがした。
「だから、ここの警護をしっかりやって、手がかりを掴もうじゃないか」
そう言いながらも坂本には不満がありそうだった。
大平清司が何をしたのか、それを教えてもらえれば、関係者を洗うことにより捜査はもっと進む。
既に警察の面子などと言ってられないほど、相手は強大だという気がする。
そう思っても青木には、手遅れにならないことを案じることしかできなかった。
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