第4話 突然の死

 慎也は翌朝、学内が妙にざわついているような気がした。先に来ていた毬恵が青い顔をして近づいてくる。


「どうしたの? 顔色悪いよ」

 自分も昨夜は朱音と深酒をして、顔色が悪いのは同じなのだが。

 しかし、毬恵はそのことを追及するわけでもなく、強ばった表情のまま慎也と目を合わせた。


「柴田さんが……柴田さんが自殺したんです」

「柴田が自殺!」


 とんでもない大きな声を出してしまったのに、周囲の者は驚くこともなく一瞥しただけだ。慎也は今度は声を潜めて訊いた。


「いつ?」

「昨夜らしいです。今朝首を吊ってる遺体を家族が見つけて、学校に連絡してきて、柴田さんと関わった人たちにメールが流れました」


 慎也の頭の中はグルグル回り続けた。昨日朱音が言った死刑宣告という言葉が、妙に現実感を持って蘇ってくる。


 思わず一志の姿を探した。

 いつもの窓際のフリースペースにその姿はあった。皆が柴田の自殺でざわめいてる中で、いつものようにコーヒーを飲みながら、窓の外を見ている。

 特に取り乱した様子もない。

 限りなくいつもの一志の朝の風景だった。


「岬君にも報せは届いてるんだよな」

 毬恵は慎也の問いに、縦に小刻みに首を振る。


 まるでこうなることを予期していたかのような一志の姿に、慎也は背中に冷たい風が吹き抜けた感じがした。

 フリースペースにモンスターがいるように思えた。

 ありえない。

 昨夜から少し神経質に成っている。

 朱音の毒気に当てられたか。


 こうなっては、話してみるのが一番。

 慎也は一志の座っている席に向かって歩みを進めた。


「おはよう、岬君」

 名前を呼んで、肩を叩こうとして、慎也はなぜか出しかけた手を引っ込めた。

 理由は分からない。

 朱音が言っていたような恐怖は感じなかったが、一志に触れることはできなかった。


(慎也、代われ)

 信長が、何か意図があるのか交代を告げた。

 こういうときの信長は強引だ。

 慎也は否応もなく、生き霊になった。


 慎也に声をかけられた一志は、まったく驚きも慌てもしないで、ゆっくりと声がした方に振り返る。その顔はいつものように爽やかな顔だった。


「おはようございます、佐伯さん。どうかしましたか?」


 何もなかったような一志の笑顔に、生き霊の慎也はぞくりとさせられた。


「そなたは柴田が死んだのに、なぜそのように平然としている。知り合いだったのだろう」

 信長が覇者のオーラを全開にして詰問したから、初めて一志の顔に動揺が浮かんだ。

 モンスターの一志も、同じくモンスターと言える信長の凄まじい覇者のエネルギーには、普通の人間と相対するようにはいかないようだ。


「佐伯さん、何かありましたか? 今日は何だか雰囲気が違いませんか」

「余の心配は無用、そなたがなぜ平気なのかと聞いておる」

「なぜ平気なのかと聞かれても・・・・・・そうだ、柴田さんは信念を曲げちゃったし、死ぬことによって逆に救われたのかなって思ったからです」


「それがそなたの正義の示し方か」

 最後は一志に問いかけたのか、そう思って独り言が出たのか分からない言い方だった。


 一志の顔には何と答えていいか戸惑いが浮かんでいた。

 信長はニヤリと笑って一志の顔を覗き込んだ。

 それは愼也も初めて見る信長の暗黒面を現わすかのような表情だった。


「そなたに似た男を余は知っている。その男は異常に正義感が強く、悪と見なせば人を焼き殺すことも厭わなかった。懐かしいのう」

「佐伯さん、あなたまさか・・・・・・」


 一志が最後まで言葉が続かず口ごもった。


「また会えるかのう」

 そう言って信長は一志から離れた。

 愼也は生き霊ながら、一志の突き刺さるような視線を背中に感じた。


 その視線に込められたエネルギーから、愼也にはなぜ誰も一志に触れられないのか、理由が分かるような気がした。

 一志の視線に込められたエネルギーは、愼也の身体を信長が乗っ取ったとき、信長が全身から放つ覇者のオーラと同じだ。


 いや一志の場合もっと攻撃的かもしれない。

 ただ、もし一志のエネルギーが、他の怨霊が憑依して身体を乗っ取った結果とすれば、最大八時間しか身体をに止まれないはずだ。

 そうなると身体に触れられたくないためだけに、怨霊が常時身体を支配しているとは考えにくい。何か他の理由があるのかもしれない。


(ねぇ、一志に告げたよく似た男って誰なの?)

 愼也はわけが分からず、信長に質問した。

(まあ、今は似ているだけ。そなたは気にせず見ておれ)

 信長はそれだけ告げて、語ることをやめた。

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