第8話 闇の構造

 慎也はS女学院について調査するために、梨都の父が経営する三枝・神崎法律事務所に来ていた。

 日本屈指の法律事務所である三枝・神崎法律事務所は、S女学院についても企業法務の顧問契約をしていた。


 慎也は学校法人について知りたいから、S女学院の担当弁護士を紹介して欲しいと、梨都の父である三枝昌明にお願いした。

 昌明は、慎也に将来梨都と結婚して、後継者に成って欲しいと思っていたので、二つ返事で承知してくれた。


 そのときなぜ、明峰大学でなくS女学院なのか尋ねられたが、規模的に把握しやすいし、名門だから最初に学ぶには手頃だと思ったと言うと、あっさりと納得してくれた。



 顧問弁護士は副島という三五才の若手弁護士で、三年前にパートナー弁護士に成ったときに、S女学院を前任者から引き継いでいる。

 代表から頼みと言うことで、副島は張り切って承知してくれた。


「忙しいところ申し訳ありません。基本的には資料を見せて貰えるだけでいいのですが、学校法人の仕事の特徴についても教えていただけるということで、大変感謝しております」


 慎也が副島に対し、このめんどくさい役目を引き受けてくれたことについて、お礼を述べると、副島はなかなか気持ちのいい笑顔を返してくれた。


「いや、学校法人の仕事に目をつけるなんて、さすがは学生弁護士に成るだけのことはあると思ったよ。本当に目の付け所がいいと思う」

「とんでもありません。私は学生なので、そう思っただけで、副島さんが想像されるような大層な理由ではないです」


 慎也は謙遜して、事実そうなのだが、そんな特別な狙いはないと否定した。逆に副島がわざわざそういうぐらいだから、学校法人は弁護士にとって、意外と旨みが多いのかもしれないと思った。


「実際学校法人は、顧問弁護士の出番が多いお客さんであることは確かだ。出番が多いと言うことは、手間も掛かるけど、それだけ収入につながるということになる」


 副島は決していやらしい意味ではなく、働きがいあると言いたいようだ。

 そう思う理由は多分に副島の全体的な雰囲気が大きい。特に目が澄んでいるところは、弁護士のような半分裏を見て歩く職業としては珍しいかもしれない。


「ところで、学校法人で多い弁護士の出番ってどんなことですか?」


 副島はここで相談案件表を出してきた。

 一年間で百件近くある。

 確かにこれだけ相談に乗っていたら、相談料は馬鹿にはなるまい。


「S女学園は案件自体は多いんだけど、同じ案件でも他の学校なら相談しないようなことでも、相談してくる」

「それはなぜですか?」

「事務長の神崎さんが、弁護士相談を徹底しているからだよ。面倒に成る問題は、大抵初動が遅いか対応を間違えていることが多い。神崎さんはそのことをよく知っていて、問題発生時のルールを細かく定めていて、その中で弁護士相談を徹底させてるんだ」


 事務長の神崎、慎也はしっかりその名前をインプットした。もし本当に裏口入学が行われているとすれば、神崎は必ずキーマンと成るはずだからだ。


「ここに書いてある問題は、大きく分けると次の三つに分類される。一つが学校と両親の問題だ」

「学校と両親……モンペアみたいな?」

「それは多いね。だが、モンペアじゃなくても、子供のことに成ると親は必死に成るから、些細な言葉尻を指して苦情につながることもある。今の親はSNSを駆使するから特にやっかいだ」


 副島はそこまで話すと、水を一口飲んだ。かなり熱心に話してくれるので、喉が渇いたのだろう。仕事の話をするのが好きなのかも知れない。

 弁護士というのは因果な商売で、人に仕事の話を聞いて欲しくても、話せる場合は少ない。だからこういう機会は意外と楽しいのかと思った。


「二つ目は生徒間のトラブルだ」

「いじめですか」


 まさしく、今優が抱えている問題だ。


「その通り。これは避けて通れない問題だね。人が集まれば必ず起きることだから。だがそれだけじゃない。あんな名門校でも警察沙汰はある。例えば万引きや性に関する問題など様々だ」

「性に関する問題って?」

「パンツを売ったり、援交とか。最近はネットにいろんなサイトがあるから、好奇心や小遣いほしさに、ついつい手を出してしまうようだ」


 慎也は、その問題はなかなか難しそうだと思った。下手を打って、マスコミに大きく取り上げられたら、学校の打撃は大きいに違いない。


「最後が、教職員同士の問題だ。教師の世界って、実はハラスメントの温床地帯なんだ。子供相手で世界の狭い人が多いから、仕方ないのかも知れないけどね」


 今のところ、裏口に関する匂いはまったくしない。

(経営状況について訊いてみよ)

 慎也の思いが伝わったのか、信長がアドバイスをくれた。


「S女学園の経営状況ってどんな感じですか」

「悪くはないよ。ちょっと待ってね」


 副島は、再びキャビネに向かい、財務資料を持ってきた。


「うちは会計監査はしないけど、契約書の作成などの都合で、やはり財務指標に目を通すことは多いんだ。この学校の経営状態は健全だよ」


 副島が広げて見せてくれた収支計算書を見る限り、確かに収入が支出を上回り、やや黒字となっている。


(人件費が高いな。教員人件費と職員人件費がそう変わらない)

(ホントだ)


「人件費を見て思ったのですが、教員人件費と職員人件費が、あまり変わらないんですね」

「よく気がついたね。それがS女学院の特徴なんだ。実は教師ってすごく見えない仕事が多くて、こなすためには残業を遅くまでしたり、家に持ち帰りが多くなったりするんだよね。でも事務員を多くして、教師の負担を減らすのがここの方針で、その分生徒にかけてあげる時間も増えるわけだ」


(授業料を他の学校に比べて、特別高くするわけでもなく、事務員を増やせば、他に歪みがくるはずだ。この学校の場合は寄付金か)


「あの他の学校に比べて寄付金が多くないですか?」

「そうだね。でもこういう学校だから、保護者の方やOGも協力しようという人が多いんじゃないかな」

「そうなんですね。やはりいい学校は支援される方も多いのですね」


 慎也はさらに何か特別な収入はないか探ろうと、収支計算書をじっと見た。


「助成金はあまり多くないんですね」

「大学と違って、高校の場合は生徒数でだいたい決まりますからね」

「大学は違うんですか?」

「ええ、文科省の評価が大きいですね。佐伯さんが通っている明峰大は、国からの評価も高いから、生徒数がそう多くない割には、全私立大学中三位とたくさん貰ってますよ」


(どうやら南野に限って言えば、明峰大自体の事情が大きそうであるな)

(そうだね。国木准教授だけに目を奪われては、危険かも知れない)


 そのとき慎也は、毬恵のことを思い出していた。

 本当に大きな闇を見逃して、危険に陥る彼女の身を案じて、気持ちがさざ波立った。

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