第4話 描かれた犯人像

「私が言ってる彼の技とは釘を打つことだけではありません。現場への出現、犯行後の逃走、その全行程で一切痕跡を残さない技術、現場付近の防犯カメラの位置を全て把握し無効化させた技術知識、それに何より凄いのは、被害者に一切警戒されないで近づく気配を消す身体能力、これらが全て高次元で発揮されています。釘を使ったからと言って、大工をイメージし、その修業の末にスキルを獲得と言ったイメージは違うと言い切れます」


 捜査会議メンバー一同、声が出なかった。誰もそこまで深く犯人の殺しのスキルを分析した者はいなかった。三井は屈辱で顔が真っ赤に成っている。


「そしてもう一つ。犯人はここに来て大きくレベルアップしています」

「どういうことかな?」

 峰岸が興味深げに訊いた。


「昨日の事件を見てそう思いました」

「昨日の?」


「ええ、それまでの三件では、犯人は慎重に人のいない場面を選んで、犯行を行っています。しかし、昨日はバンの中に成川の仲間が三人、そして別の意味での被害者である清水綾さんと、被害者以外の目と耳が合計で四組もあったのです。前の三件と格の違いを見せつけるように、敢えて危険な場面を選んでいます。そしてその技はネイビーシールズのメンバーように鮮やかです」

 ネイビーシールズとは米国海軍の特殊コマンド部隊のことだ。


「そうだ、それであんなに混乱してしまったんだ」

 今度は青木が大声を出してしまい、捜査員たちに睨まれたが、自分のモヤモヤの原因が分かり、青木は胸を張って顔を上げた。


「なかなかの名推理だが、あんたの推理は物証という裏付けがない。全て頭の中で組み立てられたものだ」

 三井が厳しい顔で言い放った。


 まあ、そう来るだろうな――と、青木はあまりにテンプレな反応に、逆にそれを堂々と言い放つ三井に感心した。

 そして、相沢がどう対処するのか、そちらに関心が移った。


「おっしゃる通りです。プロファイリングを聞かされた時の典型的な反対意見です。そして私がこれはデータを積み上げた上での仮説に過ぎないと言うと、今度は余計な先入観を与えないでくれと言われるでしょう。でも、考えてみてください。先入観とはなんですか?」


 彼女の問いかけに誰も回答しなかった。いつの間にか三井を除いて、誰もが彼女の意見に聞き入っていた。


「ここで言う先入観は、実は事実を解明するにあたって役に立つ仮説です。大事なのは、その仮説を証明する、あるいは破却するための行動です。ただ、仮説は複数ある方がいい。三井さん、あなたの現在の仮説を聞かせていただけますか? まさか捜査会議の場で、捜査上の機密だとは言われないですよね」


 思わず青木は「クス」っと笑ってしまい、坂本から思い切り右足を蹴られた。

 だが同じような反応は、所轄や三係のメンバーからも聞こえた。

 完全な攻守の逆転だ。


 三井は「ない」とは言えない。だが変なことを言えば、逆にその理由を問われ恥をかく。どうするのか固唾を飲んで見守った。


「俺は犯人は熟練した大工の関係者だと思う。彼らの真っ直ぐな生き方が、ふざけた連中に怒りを向けたのだ」


 言ってしまった――三井はついに主観で発言してしまった。これから静香に追い詰められるのは間違いなかった。今度は全員が無残な結果を予想して、気の毒そうな顔で静香の言葉を待った。


「そうですか。やはり仮説をお持ちだったんですね。今の段階ではどちらが正しいとも言えません。まずは仮説を立てて、それを裏付けすることが必要です。頑張りましょう」


 なかなか戦上手だ――と、青木はまた感心した。戦は五分の勝ちを持って上とする。まさに武田信玄の名言通りだ。


 会議終了後、坂本が静香の席に向かったので、青木も後に続いた。


「素晴らしいお手並みでした。いや、それよりもあなたのプロファイリングは、私にもう一度捜査に対する気持ちを燃え上がらせてくれた。正直、今回ばかりはどうにもならない感じで、気力が萎えてたんだ」


 静香は坂本に向かって微笑みながら立ち上がった。


「マイケル・ショーンを逮捕するのに、腕利きのFBIの捜査官が、二人もノイローゼになったといいます。今回はそれ以上に難しい事件かもしれません。共に頑張りましょう」

「あなたの推理の精度が上がるように、精一杯やらせてもらうよ」


 坂本の晴れやかな顔に嘘は感じられない。こういう認める技術が、坂本の人脈を拡大する秘訣なのだと、青木は思った。


「ところで、相沢さんの話の節々でよく分からない言葉がありました。テッドバンティとかスーベニアとか、そうそうネイビーシールズも、今度これらの言葉について教えてくれませんか」


 青木も坂本に見習って、正直に自分の知識のなさを吐露して、教えを請うた。


「青木さん、私のことは静香でいいです。アメリカでもそう呼ばれていました。今度ゆっくり説明させてください」

 そう言って、静香はくるりと背を向けて出て行った。


「あれ、青木のタイプなのか?」

 坂本がニヤニヤして聞いて来る。


「馬鹿なことを言ってるんじゃないですよ。そんな対象に成るわけないでしょう。彼女はキャリアのエリートですよ」


 坂本は、だから面白いんじゃないかと、ぶつぶつ言いながら、青木の肩を叩いてもう一度渋谷の現場に向かうと言った。

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