第一章 シリアルキラー

第1話 歪んだ正義

 外灯の鈍い光の中でも、女の尻は白く輝いていた。

 男は女をミニバンのボディに手をつかせて屈ませ、女の尻から脚にかけての美しい曲線を堪能した。

 最初は車の中で裸にしたが、足のラインに店の中で見たようなきれがなかったので、裸のままでハイヒールを履かせて外に出した。


 男は今日の戦利品を品定めするようにしげしげと女を見た。女は恐怖で顔が引きつっているが、男の狂気に圧倒され、声を上げる気力を失っていた。女としての屈辱よりも、生への執着が勝っていた。


 さっきまで店の中で気取って食事をしていた女が、今自分の目の前で何もかも諦めて裸で尻を向けている――男はこういうシチュエーションが大好きだった。


 元々は六本木が男の活動場所だったが、最近はそこに来る女には飽きていた。

 知性が服を纏い、その輝きで男を魅了する、そんな女を求めて、男は代官山迄仲間と遠征するようになった。


 終電が終わる時刻に成ると、この辺の人通りは極少数になる。それでもさっきまでいたこじゃれたカフェには、深夜でもこういういい女が集まって来る。

 男は向かいのテーブルで、女友達と食事をしながら、綺麗な脚をしたこの女に狙いをつけていた。


 女が他の友達を置いて、先に帰宅しようとした時は狂喜した。すぐにドアの外で待ち伏せして、女が出てきたらすぐに首筋にナイフを突きつけた。

 低い声で一言、「声をあげたら刺す」と言っただけで、女の顔はあきらめに変わった。


 男の狂気に満ちた目とナイフの光が、女に抵抗はおろか悲鳴をあげさせることさえ、封じ込めた。この非日常的な事態が、女に咄嗟の判断失わせ、男たちの獲物と化すことになったのだ。


 男はポケットから白い錠剤を取り出し、女の口に含ませる。今明らかに自分より社会的に上位にいた女が一糸纏わぬ姿で目の前にいる――これこそ、生物の本来の姿だ――と。


 人が生き物である以上、力の強い者が本能に従ってしたいことをする――それが本来の姿のはずだ。


 だが、法律と倫理観が大手を振るう今の世の中は、理屈を揃えた悪党が自然を破壊し、理屈を吐けない者を屈服させている。何よりも弱いはずの女が調子に乗って、自分たちを見下すのが許せなかった。


 自分たちは最強だ――女を屈服させたとき、その快感に震える。男はこれからその証明ができる喜びに身体を震わせた。


 女の身体に手をかけようとして、男はふと思った――では、もし自分よりも強い者が現れたら、自分は食われるのか。


 その考えが男の頭の中を広がりかけたとき、笑いが漏れた――自分より強くて、自分よりも本能に忠実な男がいるはずがない。


 そう確信したとき、男の意識がぷつりと切れた。




 坂本光一がタクシーから降りるのを見て、その到着を待ちかねていた青木耕治は急いで走り寄った。

 池尻の独身寮に住む青木は、両国のアパートに住む坂本より、かなり早く現場に着けたが、あいにくと鑑識の作業中は特にここですることはない。


 青木の接近にも関わらず、坂本は厳しい顔で何も言葉を発しない。

 これで四人目だ――青木と同じ敗北感を坂本も感じているのだろう。

 坂本が現場検証用の照明で明るくなっている方に歩き出したので、青木も黙ったまま後に続く。


 青木は警察学校を出てから、三年の交番勤務を経て、二年前に念願であった捜査一課の刑事に成った。この異動には、小学校から大学まで続けた剣道が大きく貢献した。


 全日本級がゴロゴロしている警視庁の剣道部では、青木の腕前はトップクラスとは言えなかったが、その剣筋は滑らかで美しかった。

 それが同じ剣道部の刑事部長の目に留まり、玉川警察署から引き抜かれた。


 坂本には異動してきて以来、ずっと世話に成っている。冷静で豊富な人脈を持つ坂本と組んだことで、青木の刑事としてのマインドやスキルは、瞬く間に向上した。


 今回の事件は、その尊敬する先輩の顔を曇らせる難事件だった。


 殺害現場には、既に渋谷警察署の刑事や鑑識が一足先に来ていて、自分たちの仕事を始めていた。

 坂本は顔見知り刑事を見つけて声をかけている。


「善さん、例の釘野郎の仕業ですか」


 善さんと呼ばれた初老の刑事は坂本の問いかけに呼応して顔を上げた。その顔も厳しかった。


「坂本さんか、ご苦労様です。初めて見ましたがすごい手際だ」


 この連続殺人は、渋谷署の管内では初めてだ。表情が強張るのは仕方が無い。坂本はそのまま足を進めて現場に入った。


 まだ死体はそのままの状態で鑑識の検証中だった。


「鮮やかなもんです。こめかみに釘を一突き。脳に突き刺さって即死です」

 善さんはやり切れなさそうに呟く。


「以前の三件もほぼ同じやり方です。一件だけ耳の後ろからでしたが、同じように釘一本で脳を貫いています」

 坂本の説明に善さんは頷きながらも、目は被害者に向けたままだった。


「どうやってやるんでしょう。こんな殺し方を見たのは初めてだ」

「最初はネイルガンではないかと思ってました」

「ネイルガン?」

「ええ、工事現場で使う釘打ち機のことです」

「映画なんかで武器として使われたあれですか?」

「そうです。米国式のものなら、改造なしで使える」

「なるほど。それなら一発でやれそうですね」

「しかし違った――」


 最後の言葉は呟きのようだった。善さんは不思議そうな顔で、沈黙した坂本の顔を覗き込む。


 黙り込んだ青木に代わって、坂本が説明した。

「我々はネイルガン購入者に狙いを定めて捜査を開始しようとしましたが、鑑識の鑑定結果は違いました。釘がネイルガンに使うものと違うらしいんです」


「じゃあ、どうやったんですか?」

「ハンマーで釘を打ち付けたんです」

 青木の言葉に善さんは疑わしそうな顔をした。


「我々も信じられない。余程の釘打ち名人でもなければ、無理な芸当だ」

「じゃあ、大工の線に絞って捜査ですか?」


「いないんですよ――」

「いない?」

「ええ、こんな芸当ができる大工はいないんです」


 そう言って、今度は青木が唇を噛みしめる。

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