続・信長の怨霊 シリアルキラー編

ヨーイチロー

プロローグ

「ようこそ三枝法律事務所へ。君のような優秀な人間に所属してもらうと、事務所の名が高まるよ」

「三枝先生にそう言ってもらえて光栄です」


 佐伯慎哉は礼を述べながら、神崎・三枝法律事務所の代表パートナーである三枝昌明としっかりと握手した。


 神崎・三枝法律事務所は、日本でも五指に入る有名な弁護士事務所で、パトナー弁護士数は五百人を超える。

 共同設立者であった神崎敬一郎は既に八二才の高齢で、三枝が実質上のトップとして事務所に君臨していた。


「それにしても、弁護士資格を取ったのだから、わざわざ大学に残って卒業まで待たなくても、すぐに弁護士として実績を積もうと、私なら考えるがね。そうであれば、仮契約ではなく本契約ですぐにお金を稼げるよ」

「残念でした。慎也は残り二年大学生活を続けながら、私の司法試験合格を手伝ってもらうんです」


 昌明の娘梨都りつが、父親の勧誘に真っ向から反対を述べる。

 梨都は慎也と同じ東京明峰大の法学部の四年生で、既に明峰大の法科大学院への進学が決まっている。

 元々は同級生だったが、慎也が司法研修生として休学したので、一足先に大学を卒業する。


 慎也と梨都は父親公認のカップルだ。慎也を自分の後継者にしたい昌明は、梨都が慎也の家に泊まっていることも知っているが、特にやかましく言ったりしない。

 逆に我が娘ながら、素晴らしい男を見つけたと、内心応援してるぐらいだ。


「まあ、法科大学院に行って、その後難関の司法試験を受けることを思えば、二年の大学生活も悪くはないだろう。君の場合は三年次の特別措置のおかげで、実質一年四ヶ月だからな」


 昌明は自分の言葉に、自分で満足そうに頷いた。


「ところで、この二年間は大学生として、君はどのように過ごすつもりなのかな?」

「はい。将来に備えてしっかり人間を見てみたいと思っています。幸い仮契約の身分なら、アルバイトもできますし、実社会について学んでみます」


 昌明は、このエリートらしからぬ地に足がついた答えに、すっかり満足していたが、 そんな昌明の思いとは裏腹に、慎也にはどうしても人間を学ばなければならない事情があったのだ。



 授業を受けるために大学に向かった梨都と別れ、慎也は一人暮ししている荻窪のマンションに戻った。


 部屋に戻ると頭の中でいつもの声がした。


(いよいよ新しい生活が始まるな)

(司法試験は協力してくれて、ありがとう。おかげさまで、念願だった弁護士に成ることができたよ)

(そなたは余と共にあることで命を削っている。貰って当然の恩賞と思えば良い)


 声の主は、あの第六天魔王織田信長の怨霊だった。

 慎也は、自分で改造した戦国シミュレーションゲームに宿った信長の霊が、同じパソコン内にあった『悪霊の館』というゲームソフトと作用して、怨霊として現世に蘇った信長に、取り憑かれてしまったのだ。


 信長はパソコン上で設定したハイスペックを保有し、慎也はそのおかげで学生弁護士に成ることができた。

 しかし、信長の怨霊に取り憑かれた間は、同じ期間だけ慎也の寿命が削られていく。既に取り憑かれて三年に成るから、慎也の寿命は確実にそれだけ減ったはずだ。


 信長の怨霊を取り除く方法は三つしか無い。

 一つは、信長が怨霊に成った動機である、人間の本質を信長が知ったと満足することだ。

 二つ目は、信長の生前の夢だった天下統一を成し遂げること。

 三つ目は強力な霊媒師によって除霊に成功することだ。


 だが、後の二つは現代社会で成し遂げることは難しい。だから人間の本質を知るために、慎也は不本意な活動にも参加している。

 それでもなかなか信長が納得する成果を得られず、悪いと思った信長が、先に慎也の夢を叶えてくれた。

 慎也自身、自分の寿命がどのくらいの長さか分からないので、もしかしたら夢を叶えないまま、明日死ぬかもしれないからだ。


 もっとも二人で話した結果、人間の本質が見えるのは、なんと言っても犯罪だろうという結論に達し、弁護士という立場は一般人よりは情報を得やすいということから、両者の思惑が一致したという側面はある。


 慎也としては、弁護士として本格的に働く前に、なんとかしてこの残された大学生活の間に、信長を満足させたい。だから大学に残って、人間研究に時間を費やすことにしたのだ。


 何れにしても、止まっていた慎也の時計は再び動き始めた。

 この先、何が待っているか分からないが、慎也は信長と共に暗い闇に飛び込む覚悟を決めた。

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