第29話 パーティ
18時12分
パーティ開始から十分ほどしか経っていないのに、広大な屋上には数十人のゲストがいた。
ドリンクはセルフサービスになっていたが、容器が空になれば、補充するのはぼくたちの仕事だった。
フード類も同様だ。
テーブルの上のトレイが空になれば、オフィスまで戻って新しいトレイを取ってこなくてはいけない。
ペトリはバーベキューグリルの上で肉や野菜を焼きながら汗をかいていた。
ナタリアは料理のトレイを手に、あっちこっちを歩き回っている。
ヴィーラは、疲れた顔に笑顔を浮かべて、ゲストたちと話をしていた。対して、愛美はニコニコと楽しそうに話をしている。
料理やドリンクを取りにオフィスに戻れば、ナタリーちゃんとウルシュラが、子どもたちと楽しそうにお話をしたり、映画を見たりしていた。
ゲストが連れてきた子どもたちだ。
ウルシュラは、初対面の人たちとは話せないと言っていたけれど、子どもたちに関してはその限りではないようだった。
彼女は、とても楽しそうな様子で子どもたちと一緒にターミネーターを見ていた。
来たるべき反乱の時に備えて、今のうちから子どもたちを洗脳しているのかも知れない。
ぼくはといえば、ナタリアを手伝っていた。
知らない人と話が出来るほど、ぼくのコミュニケーションスキルは高くないのだ。
「きみもお客さんと話してきたら?」愛美は、今回のパーティはクライアントやクライアント候補との交流を深めるためのものだと言っていた。ぼくがウェイターをやって、ナタリアがゲストと話をしたほうが、その目的にそぐう形になるだろう。
ナタリアは首を横に振った。「料理がなくなったらそうするわ。多分、すぐになくなるし」
ぼくはうなずいた。「結局、何人来るのかな」
「七百二十人くらいだって」
「全部デリバリーにしたほうが良いんじゃないかな」
ぼく達が作った料理も人気だったが、一番人気はデリバリーのピザやパスタだった。
すでに屋上の隅には、開いた箱が積み上げられていた。
ゲストたちは、みんなやせ細っていて、頬もコケている文化系といった風貌をしていたけれど、食べる量は並々ならぬものだった。
芸術家はみんなお腹を空かせているという愛美の偏見は、どうやら的を射ているようだった。
といっても、みんながみんな、宿無し詩人のような風貌をしているわけではなく、みんな、控えめながらも小綺麗で、清潔感のある格好をしている。
お金に困っているようには見えなかったけれど、ここがパーティの場である以上、最低限のエチケットとして、身なりを整えてきたということも考えられた。
あるいは、みんな、美味しいものに目がないタイプなのかも知れない。
今まで翻訳してきた脚本や小説のほとんどには、食事のシーンが描かれていたし、そのうちの何割かには食への礼讃がうかがえるような描写も合った。
感性が豊かであるが故に、食へのこだわりや、美味しいものへの欲求などもあるのかも知れない。
「デリバリーなら、ウルシュラが追加で注文した」ナタリアは言った。「Woltで、ヘスバーガーとかマクドナルドも届くわ」
Woltとは、ここヘルシンキが発症のフードデリバリーサービスだった。
調べた所、日本でも始まっているサービスらしい。
逆に、Ubereatsは、ヘルシンキでは利用出来ないとのことだった。
「やっぱりデリバリーは高いわね」ナタリアは言った。「ハンバーガーとかサンドウィッチとか、サラダやフルーツくらいならサラっと作れるから、ちょっと行ってくるね」
「あぁ」
「テーブルの下にもトレイが何枚かあるから、それが無くなるか、ゲストが増えたら連絡して。それまで作ってる」
「わかった。手伝えることがあったら連絡してくれ」
「助かるわ」
言って、ナタリアは階下に降りていった。
19時12分
到着したゲストが百人を越えた。
屋上の入り口には受付があり、事前に参加を告げていたゲストの名簿と、飛び入り参加のゲストの名簿の二つがあった。
受付にいるのは、クリスティナだった。
クリスティナは、カジュアルなファッションで、椅子に腰掛けている。
そこから動けないので、少しばかり退屈な思いをさせてしまうことに、少しばかり以上に申し訳ない気持ちがあったけれど、時給十五ユーロの賃金で雇われたクリスティナは、椅子の上で足を組んで、スマホをいじりながらサンドウィッチをもぐもぐしていたし、時折PCをいじって大学の勉強をしたり、ゲストたちとお話を楽しんでもいた。
愛美は、時折クリスティナの下へ向かっていたが、その後もクリスティナは悠々自適に受付の仕事を続けていた。
愛美はなんらかの確認をしただけのようで、クリスティナの勤務態度についてなにかを注意したわけではないようだ。
今や、パーティのゲストたちは四種類に分けることが出来た。
交流を楽しむ人達、黙々と飲食を楽しむ人達、隅っこでタバコを吸っている人たち、一人っきりで創作を始める人達。
創作を始めた人達は、PCを開いてカタカタやり始めたり、パーティの様子をデッサンし始めたり、写真や動画を撮り始めたり。
屋上のあちこちからは、笑い声や、会話が聞こえてくる。
なんだか良い雰囲気だった。
いつの間にか、トレイを持っている人が増えていた。
彼らのことは、十分ほど前、愛美から伝えられた。
愛美は週二十四時間労働のグループと週四十時間労働のグループに分け、労働環境による生産性や作業効率の比較実験をしていた。
彼らは、それに協力してくれている被験者たちだった。
ぼくは、Pixelで、愛美にメッセージを送った。
『ちょっと休んでも良いかな』
すぐに、愛美から返信が来た。『朝からお疲れ様。人が増えたから、あとは楽しんで良いよ』
『ありがと』
ぼくはトレイを置いて、サンドウィッチを食べた。
少しお腹が空いたのだ。
コーヒーを啜り、もう一切れサンドウィッチを食べる。
大皿に乗っていたパッタイを紙皿によそい、それを食べながら、ビールを飲んだ。
見れば、ペトリも屋上の隅に座り込み、手作りのハンバーガーとビールで一服していた。
「お疲れ」ぼくは言った。
「あぁ、お疲れ」
「何人かに、アレってペトリ? って聞かれた」
ペトリは笑った。「有名人も楽じゃないな」
ぼくは笑った。
「ちょっと休んだら参加するよ。とりあえずシャワー浴びたいな。煙の匂いが染み付いた」
「バーベキュー終わり?」
「食材が無くなった。みんな明日から食えないのかってくらい食うんだよな」
「ケバブ食いたかった」
「テーブルの下に取ってあるから食えよ。ぼくはもう食った」
「ありがと。貰うわ」
「あぁ」ペトリは、ハンバーガーを口に押し込んだ。「ハンバーガーも持ってきてくれ」
ぼくは、バーベキューグリルの隣に置いてあるテーブルを見た。
テーブルにはテーブルクロスがかけられていた。
その下には椅子が置かれており、その上にはトレイが乗っていた。
トレイにはケバブ、ステーキ、ハンバーガーの乗った皿が置かれていた。
ぼくは、紙皿にハンバーガーを三つ載せ、ケバブの串を一本掴んでペトリの所へ戻った。
ペトリは、ハンバーガーにかぶりついた。
ぼくもケバブの串にかじりつく。
串には、肉と野菜が刺さっていた。
気休め程度だけれど、肉だけよりは健康に良い気がする。
「ところで、今夜誰かと話したか?」ペトリは言った。
「いいや」
ペトリはほくそ笑んで、ぼくの肩を叩いた。「もったいないぜ。新しい友達を作るチャンスだ。みんな初対面同士で交友関係を広めに来てるんだから、友達作りを学ぶにはこれ以上の場所はないぞ」
「手伝って欲しいな」
「まずは一人でやってみろ」
「まずは手本を見せてくれ」
ペトリはニヤリと笑った。「良いぞ。行こうか」
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