第27話 パーティの予定

17時12分



 ぼくたちは、デリバリーのお寿司や和食が来るまで、料理をして、ナタリーちゃんを歓迎した。

 お寿司を作ったり、和食を作ったり。

 デリバリーの寿司が来る頃には、ナタリーちゃんはお腹いっぱいになっているんじゃないかと心配したが、彼女はナタリアや愛美や他のメンバーと同じくらいたくさん食べる子だった。

 冷蔵庫からドリンクを取るついでに中身を確認すれば、半年は籠城出来るんじゃないかという食料は、すでに底を尽きかけていた。

 明日あたり買い出ししないとな……。

 ぼくは、そんなことを思いながら、ツナマヨ軍艦を頬張った。

 ぼくはぼくで、ここに来てからたくさん食べるようになっていた。

 今朝のオフィスではないが、太らないようにと毎朝の運動を少しばかり以上にハードにしているうちに体力も筋肉も付き、肺活量も増えていた。

 そうして気が付いたのは、ヘルシンキの空気は美味しいということと、お腹いっぱい食べたあとは眠くなってなにもやる気が起きないということだ。

 今日は仕事を終えたので、たくさん食べるとしよう。

 運動は、また明日にすれば良いし、あるいはこのあと時間を見つけて散歩がてら食料の調達に乗り出しても良い。

 二週間以上生活をともにしたことで、みんなの好物もわかってきた。

 愛美は、マクドナルドのフライドポテトが主食だったが、それに対する依存症を患っているだけで、食べ物なら何でも好きというタイプだった。

 卵は月曜日にしか食べないというウルシュラだったが、ジャンクフードやチキンの類、そしてレッドブルやビールは毎日口にしていた。

 ヴィーラはワインとささみ肉と野菜や果物、たまにステーキ。

 ナタリアは和食や魚。

 ペトリはウォッカとビールとイタリアン。

 ぼくは、ツナマヨ、牛丼、蕎麦、ハンバーガー、豆腐、ブロッコリー、フライドチキンが好きだけれど、基本はなんでも食べれる。

 ナタリーちゃんは、ヴィーラやウルシュラにもみくちゃにされる度に、なぜかぼくと愛美の間にやって来る。

 だからといって、特に好かれているというわけでもなく、彼女はただ、むっつりとした顔で寿司を食べ、緑茶を啜るだけだった。

 それはまるで、会社帰りに美味しいものでも食べてストレスを解消しようとしている中年男性のようだったが、ちっちゃなナタリーちゃんがやる分には可愛げがあった。

 聞くところによると、ナタリーちゃんは九歳で、ウクライナの学園の高等部に通っているらしい。

 天才だらけのオフィスの中で、少しばかりの孤独を感じていたぼくは、てっきり仲間がやってきたと思っていたので、なんだか裏切られた気分だった。

 ナタリーちゃんは、ツナマヨ軍艦を頬張った。

「美味しい?」ぼくは聞いた。

 ナタリーちゃんはうなずいた。「うん」

「ぼくもツナマヨが好きなんだ」

 ナタリーちゃんはうなずいた。

 続いて彼女が箸を伸ばしたのはサーモンの握りだった。

「あ、待った」愛美は、少し慌てたような顔をした。「それは……」

 ナタリーちゃんは目を固く瞑り、身をのけぞらせた。「〜〜〜〜!」

 ぼくは笑った。「わさびか」

 ナタリーちゃんは、潤んだ琥珀色の瞳でぼくを睨みつけた。

 ぼくは笑った。「ごめんね、辛かったね」ぼくはナタリーちゃんの頭を撫でた。

 ナタリーちゃんは、その瞳をさらに鋭く尖らせた。「こどもあつかいしないで」

「可愛いっ!」愛美はナタリーちゃんを抱きしめた。

「も〜っ!」ナタリーちゃんは、愛美の腕の中でじたばたしたが、愛美の情熱がこもった力強いハグは大型犬も逃れられなさそうなほど強力だった。

 そんな二人を見て、ナタリアは、複雑そうな顔をしていた。

 ウルシュラとペトリはニヤニヤを通り越してニタニタと意地の悪そうな顔をしている。

 ペトリはなぜかナタリアに対してその顔を向けていた。

 ヴィーラは、ナタリーちゃんの頭やほっぺをツンツンしていた。

 自分も九歳だったらな……、とか思ってるぼくは、そろそろ本気で彼女を作ったほうが良いかも知れない。

 ヴィーラは、ぼくをちらっと見た。

 ぼくは、ヴィーラに向けて微笑みかけ、うなずいた。

 ヴィーラは、ニコッと微笑んだ。「冷蔵庫の中が空っぽね。スーパーに行くけど、誰か一緒に来る?」

「あ、ぼく行く」

 ヴィーラはうなずいた。



18時12分



 買い物を終えたぼくと愛美は、冷蔵庫に食料を詰め込んだ。

 ヴィーラ体力はないようだけれど、食料を持ち運ぶ訓練は受けているようで、重たいパスタや米を、軽々と持ち運んでいた。

 食料を冷蔵庫に入れ終え、オフィスのテーブルに戻る。

 愛美とウルシュラは作業中。

 このメンバーで一番働いているのは二人だった。

 ナタリーちゃんは、ソファの上でスヤスヤ眠っていた。

 ナタリアとペトリは、テラスでタバコを吸っている。

 ヴィーラは、ソファでいつも通りスマホをいじっていた。

 ぼくは、テーブルで残業でもしようかと思い、Chromebookを開いた。

 その時だった。

 チャイムが鳴ったのは。

 この二週間半で、オフィスに人が訪れることはまったくなかった。

 こんな時間に誰だろう。

 ぼくは、テーブルを立ち、玄関に向かった。

 ドアの向こうにいるのは、無表情の、大柄な男性だった。

「もいもい」彼は言った。

「もいもい」ぼくは言った。「こんにちは」

 彼はうなずいた。「私は下の階に住んでいるんだが、今朝、なんだかドシドシとうるさくてね。部屋でタップダンスでもやっているのかな?」

「いえ、そんなことは……」その時、気が付いた。今朝のドシドシとは、おそらく、愛美のトレッドミルや、その後の護身術の訓練のことだろう。「ごめんなさい。少しエクササイズを」

「そうか。日中は外に出ているから、お昼から夕方にかけてやってくれないか? 朝にやられると、こちらも参ってしまう」

 ぼくはうなずいた。「申し訳ございません」

 男性はうなずいた。「良いんだ。若いのに良い家に住んでるね」

「いえ、ここは友人の部屋で、一夏だけ貸してもらっているんです」

「そうか。マイクとは、たまに一緒にお酒を飲む仲なんだ。彼の友人なら、きみたちも信頼出来る」

 その時、後ろから愛美がやってきた。「こんにちは〜。マイクのお知り合いですか?」

 男性は、愛美に向かってうなずいた。「あぁ、下に住んでいる。すまないが、今朝のドシドシっていう音はなんだったんだ?」

 愛美は、照れたように笑った。「すみません。トレッドミルの上で走ってたんです」

 男性はニッコリと微笑んだ。「そうか。まだ目が覚めていなかったもので、少し驚いたよ」

「すみません」

「良いんだ。お昼から夕方にかけてなら留守にしているから、その時間にやってもらっても良いかな?」

「そうします。良かったら、お茶でもいかがですか?」

「ありがとう。また今度お邪魔しても良いかな?」

「もちろんです」

「ありがとう。それでは、また」

「ええ、また」男性が階段を降りるのを見送ってから、愛美はドアを締めた。「出てくれてありがと。お客さんの応対はナタリアとウルシュラに任せてるから、今後はよろしくね」

「わかった」

「それと、プロジェクトのことはネット上以外では話さないでね」

「わかった。え、じゃあ、ヘルシンキでなにしてるのって言われたらなんて言えば良い?」

「旅行中で、アパートに住んでるって」

「わかった」ぼくはうなずいた。「マイクって?」

「この部屋の持ち主。そっか、一志はまだ、ご近所さんにご挨拶してなかったね」

「このフロアはね。お隣さんとは、たまに挨拶する」

 愛美はうなずいた。「社員旅行の前に、パーティでもしよっか」

「みんな呼ぶの?」

「うん」愛美は、テーブルに着いた。「みんな。明日ご近所さんを呼んでパーティするから掃除しよ。一志とヴィーラは、もう一度買い出しに行ってきて。あたしは寿司と刺身と和食を振る舞う。ナタリアとペトリは、スカンジナヴィア諸国とイタリアンとフレンチの料理を。ウルシュラは、一志とヴィーラと一緒にPCとかをヴィーラの部屋に運んで頂戴。その後で、アーティストやクリエイターにコンタクトを取って。ヘルシンキだけじゃなく、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、エストニア、ラトビア、リトアニア、ベラルーシ、ロシア、ウクライナ、近隣諸国及びヨーロッパ諸国にいるクリエイターにもコンタクトを」

「招待するのね」ウルシュラは、早速テーブルの上を片付けていた。

 愛美はうなずいた。「仕事の話は無しで、あくまで交流を深めるためにね。ペトリも知り合いを呼んで。たった今から明後日の朝まで、ここはパーティ会場になる。仕事は、うちらはヴィーラの部屋で。一志とペトリは自分の部屋でやってね」と、テキパキと指示を出す愛美。彼女のフットワークは驚くほど軽かった。

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