6/15-6/21
第24話 トークショー
6月15日 12時
愛美はソファの上で足を組んだ。彼女が笑顔を向ける先には、Pixelがある。「ーーこんにちは。アルテュセール・エージェンシー、お昼のライブです。初放送である本日は、ゲストに、いいねを求めるゾンビたちの制作陣をお呼びいたしました」
「こんにちは」
「ハーイ」
「どうも」
『ジンダブレ』
ぼくの隣には、Chromebookがあり、画面にはポーランドの若き脚本家、スタニスワフくんが映っていた。
その隣にはヴィーラ、その更に隣には、ペトリ。
「右から、助演男優を努めた一志、脚本を務めたスタニスワフ、主演女優を努めたヴィーラ、撮影総指揮を努めたペトリです」事前に用意していた台本を元に司会を務めるのは愛美だった。「本日は、お忙しい中、集まっていただきありがとうございます」
「こちらこそ」ペトリは、アイミに向けて頭を下げた。「映画のスポンサーになってくれたことには感謝してるよ。ちなみに、撮影は全部Pixelでやったから、君たちからもらった予算は全部ぼくのポケットに入れちゃったぜ」ペトリは、あっかんべーをした。
楕円形のテーブルに着くウルシュラは、カタっ! と、Chromebookを操作した。
すると、観客の笑い声のようなものが、オフィスに響き渡った。
ウルシュラは、こちらを見もせずに、カタカタカタカタ……、と作業を再開した。タイプの音がいつもより静かなのは、撮影に配慮してくれているからかもしれなかった。
ペトリは笑った。「冗談さ」
愛美はお腹を抱えて笑ったあとで、ペトリを見た。「あなたのファンになったのは、そういうユーモアが好きだからなの。いいねを求めるゾンビたちの作中では、そういったユーモアが爆発してたわね」
「ありがとう」ペトリは微笑んだ。「そうなんだ。今回は、スタニスワフが良い脚本を書いてくれてね。彼との出会いは運命だった。彼がぼくの新しいマネージャー」ペトリは、手の平で愛美を示した。「のところに脚本を送ってくれて、アイミが、ぼくのところに脚本を持ってやってきたんだ。彼女が持ってきてくれた脚本はどれもこれも優れていたんだけど、彼の脚本は、はじめの文章から特出していた。想像力を掻き立てられたよ。すぐに、構図とかカメラワークとかが頭に浮かんだ。脚本を読んだ瞬間から、ぼくは映画を頭の中で完成させていたんだ。優れた脚本には、そうさせる力がある。スタニスワフは、まだ14歳だけれど、彼の中には才能がある」
「才能なら、あなたにもあるわよね」
ペトリはお腹を抱えて笑った。「光栄だ。褒めてくれてありがとう」ペトリは、ポケットからキャンディーを取り出し、愛美に投げた。「ご褒美だ」
愛美はキャッチをすると、大げさに喜んだような顔をした。「見て! もらっちゃったわっ!」
ウルシュラは、再びカタっ! と、Chromebookを操作した。
観客の笑い声がオフィスに響き渡る。
「今夜の夕食にするわね」愛美は、観客の笑い声が流れる中、楽しそうな表情でキャンディーをポケットにしまった。「次に、ヴィーラ。あなたは、今回の出演を何故承諾したの?」
ヴィーラはおしとやかにうなずいた。「知っている人もいるかも知れないけど、ペトリの映画には以前も出演したことがあるの。彼は優秀で、才能のある監督よ。それに、彼から面白い脚本が届いたって言われて、いいねを求めるゾンビたちの脚本を見せられたの。現代社会をユーモラスに皮肉っているところが、わたしのセンスに合った」
愛美はうなずいた。「一志。あなたは、映画の出演自体が初めてということだけれど、初出演の作品が、ペトリのもので、主演女優がヴィーラっていうのは、プレッシャーのある立場だったんじゃないかしら」
ぼくは肩を竦めた。「そうだね。とてもエキサイティングな経験だったよ。ただ、ぼくは演技の経験がないものだから、良くも悪くも、必要以上の緊張がなかった。小学生たちの前でちょっと難しい算数の問題を解くようなものさ。どうしよう、十七歳なのにこの問題間違えたら恥ずかしいぞ、みたいなね」
観客の笑い声がオフィスに響き渡った。
「6年生だな」ペトリは言った。
ぼくはニヤリと笑った。「ちょうど生意気な時期だ」
愛美も笑いながら進行を続けた。「ヴィーラとのキスは、世界中の男が羨ましがる体験だと思うけど、それも緊張しなかった?」
「あー……」ぼくは、戸惑った様子を演じ、笑った。再び、観客の笑い声がオフィスに響き渡った。「そうだね。緊張したよ。初めてヴィーラを見たときは、こんな美女がモニターの外にいるわけないって思ったくらいさ」観客の笑い声を聞きながら、ぼくはヴィーラを見た。「一生分の幸運を使い切ったって感じかな。明日からは街を歩けば、一歩ごとにバナナの皮や犬の糞や酔っぱらいのゲロを踏むことになるだろうね」ぼくは、観客の笑い声を聞きながら、自分でも笑った。
愛美やペトリやヴィーラ、画面の中のスタニスワフも笑っている。
こういったトークショーは海外番組でも何度か見たことがあったが、みんな自然にトークをしているように見えて、実際のところ、そのうちの半分以上は台本通りに進行しているのだと知ってからは、出演者の自然な演技に感心するばかりだった。
別に俳優を目指すわけではないけれど、今回の撮影のために、数時間ほど演技の勉強をしてその類の知識を増やして、出演させてもらってからは、映画の舞台裏、スクリーンの向こう側をのぞかせてもらったような気がして、なんだか楽しくなってしまったのだった。
「今回の撮影は、始めての試みがあったのよね」
ペトリはうなずいた。
「撮影は、全編Pixel4aで臨んだとのことだったけれど、どうだった?」
ペトリはビールを啜った。いつもはガバガバと飲んでいるくせに、ライブ配信されているこの場では、お上品ぶっている。
ぼくのファンに醜態は見せられないからね、とかなんとか思ってそうな顔で、ペトリはうなずいた。「そうだ。いつもは最新型のiPhoneでやっているんだけど、今回は、色々な事情が重なって、手元にあったのがPixelだけだったんだ。初めての挑戦で焦り半分、楽しみ半分だった。実際、操作のやり方はiPhoneと変わらない。なにせ、形が同じだからね」
再び、観客の笑い声がオフィスに響いた。
「数世代前のカメラだけど、画質に問題はなかった。楽しく撮影出来たよ。問題は編集だね。やっぱりスマホでの動画編集は少しやりにくかった。画面が小さいからね。いつもはMacBook Proを使っているんだけど、こっちも色々事情があって、手元にあったのが、百五十ドルで買ったHPのChromebookだけだった。ただ、これも正直あんまり苦労したところはなかったんだ。ちょうど新しい編集ツールを使ってみたいと思っていたし、ブラウジングの速度もMacBook Proとあまり変わらなかった。性能自体は問題なかったんだけど、ハードに少し不安を感じて、途中でPixelを使ったんだ。少しやりにくいから、結局Chromebookに戻したんだけど、結局編集の終了まで持ってくれた」
愛美はうなずいた。「最近流行ってるものね」
「セキュリティも良いみたいだし、それはぼくたちクリエイターにとって割と重要なところなんだ。まあ、最近は一テラバイト以内ならポケットや胸の谷間に隠して持ち運べるようにもなったから、良い時代になったよ」ペトリはうなずいた。「新しい挑戦ばかりで、不安もあったけど、結果は大成功だった。これもみんなのおかげだ」
ぼくは自然と微笑んでいた。
「スタニスワフ」愛美は、弟に話しかけるような優しい声色で言った。「あなたが送ってくれた脚本の翻訳は楽しかったわ。まるで、実際に物語の中に入り込んでいるような気持ちになれた。
『ありがとう』スタニスワフはポーランド語で言った。それを翻訳するのは、愛美の役割だった。『執筆の際は、数時間瞑想をするんだ。インド式でね。そうすると、意識が別の次元に移るのさ』
ぼくはペトリとヴィーラを見た。
ペトリは笑顔を浮かべていたが、その目元には困惑のようなものが浮かんでいた。
ヴィーラは、無表情でスタニスワフの話に耳を傾けていたけれど、もしかすると、その顔は今晩の夕食について思いを馳せている顔かもしれない。
『わかるよ。実際にこの物語を体験したって言ったら、頭がおかしいって思われるかも知れない。でも、これがぼくの執筆の方法なんだ』
「サルバドール・ダリは、仮眠をするときは手にペンを持って眠るようにしていたようね。眠りに落ちる寸前に良いアイデアが浮かぶらしい。多分、スタニスワフ、あなたはそれと似たような状態になっていたんじゃないかしら」
『そうかも』
「その年で、偉人と同じやり方にたどり着くなんて、やっぱり才能にあふれているのね」
スタニスワフは照れたように笑った。『ありがと。今回は、有名な映画監督と女優によって、脚本が映像化された。光栄だ』
ペトリは微笑んだ。「どういたしまして」
「次の脚本も期待してるわ」ヴィーラは言った。
その後は、台本なしのアドリブタイムで、ペトリやヴィーラの失言が目立ち始め、ぼくはあわあわする場面が増えた。
それから、十分ほど地獄のような時間を過ごした後、ゲストコーナーが終了した。
愛美はカメラを見た。「今回は、お集まりいただきありがとうございました。次は、セクシーリポーターのナタリーによる、【世界のニュース】のコーナーです」
ウルシュラは、PCを操作した。「CMよ。一分」
ぼくたちは、カメラの外へ向かい、オフィスの一角にナタリアが立った。
ウルシュラのPCを見てみれば、画面の中では、ペトリが作ったプロジェクトの宣伝動画や、聞いたこともない企業の宣伝動画が流れていた。
ナタリアは、パツパツのスーツにインテリ眼鏡をかけていて、ホラー映画に必ず一人はいるセクシー要員のようになっていた。
ペトリは、三脚に固定されているPixel4aの後ろに立った。
Pixelを操作して、正面に立つナタリアと目配せをする。
ペトリは親指を立てた。
ナタリアは、笑顔を浮かべた。
「三、二、一」ウルシュラは、右手で指折り数えながら、左手でPCを操作した。
ナタリアは、メガネに手を添えた。「【世界のニュース】、リポーターのナタリーです。まずはじめのニュースです。先日、イギリス・コーンウォールで開催された第四十七回先進国首脳会議G7サミットについて、議長を務めたイギリスのボリス・ジョンソン首相がコメントを述べました。ーー」ナタリアがセクシーな声でニュースを読み上げる姿を、ぼくたちは楕円形のテーブルについてビールを飲みながら見ていた。この時間は、時事ネタに疎いぼくにとって、非常にためになるものだったので、これからは、特等席に座って、毎日楽しもうと思ったのだった。
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