第22話 休日の過ごし方

6月13日 9時3分



 今日は日曜日。

 つまり休日だった。

 昨日も休日だったけど、なんだか気が付いたらいつもの感覚で仕事をしてしまっていた。

 その分の残業代は出るとのことだった。

 ぼくは、オフィスで朝食を摂った後、愛美から短編の脚本を二作ほど預かり、ChromebookとPixelとともに街に出た。

 こうしてみれば、ヘルシンキの街を歩くのは、今回が始めてだということに気が付いた。

 コロナだと言うのに、街にはマスクをしていない人がちらほらと見えた。

 ヨーロッパでは、マスクは医者がするものらしく、マスクをしている方が変な目で見られるのだとか。

 ぼくは、マスクを外した。

 今日は、日本食レストランを巡ることにした。

 お小遣いは持ってきていたし、給料は出ていたし、日々の生活費やリトアニアでの生活費は、全て経費で落ちた。

 つまり、財布に余裕はある。

 ぼくは、Pixelで店を探して、一番遠いところまで走り、そこからお店巡りを始めることにした。



12時



 お腹が膨れてごきげんなぼくは、湖沿いのベンチに腰掛けて、水面を漂う白鳥を眺めていた。

 ぼくは、湖の様子をPixelで撮影した。

 お店を三軒周ったところで、先週の給料が全て消えた。

 そこで、ぼくは今日のお店巡りをやめた。

 貧乏を辛いと思ったことはない。

 実感する機会がなかったからだ。

 今、ぼくは、自由に使えるお金が少ないことで途方に暮れていた。

 デビットカードの残高は十万円近くあったけれど、物価の高いフィンランドでは、そのお金もすぐに無くなってしまうだろう。

 よく、貧乏が辛いと言うセリフを聞くけれど、少なくとも今は、あまり辛いとは感じなかった。

 オフィスに戻れば食料はあるし、部屋にも食料がいくつかある。

 それに、ぼくは今、毎日を楽しんでいた。

 ぼくの活動は、アルメニアの女の子とそのご家族や、クロアチアやオーストラリアの脚本家志望の男性の助けになった。

 世の中には、車やブランド品や高級なディナー、街の中心地に家を持つことに価値を見出す人もいるけれど、ぼくは、クラスメイトが興味を示すバイクや高い服には興味を持てなかった。

 外食なんてマクドナルドで十分だし、将来住む部屋は六畳か、四畳半のワンルームで良い。

 本を読みたければ図書館に行けば良いし、遠出は自転車で足りるし、更に遠くに行きたいならバスや電車を使えば良い。

 そうだ、こんなご時世だし、ネット上の図書館なんか流行るかもしれない。

 夕方、オフィスに戻ってその話をすると、ネット上の図書館はすでに存在するらしい。

 目新しいアイデアを思いつくことは、中々難しいようだ。

 ワンルームに戻ったぼくは、ヴィーラとペトリから教わったやり方で、動画や写真の編集を始めた。



21時12分



 ぼくは、自分のワンルームにいた。

 デスクには、オフィスから持ち帰った瓶ビールが三本と、キノコのクリームスパゲティが乗っている。

 Chromebookの画面には、二時間前から取り掛かっている短編小説。

 13歳のカナダの男の子が描いたものだった。





 深夜、家を飛び出して近くのマクドナルドへ。

 窓の外を舞う雪を見ながら、彼はローマへ行くことを夢見るも、学校があるし、お小遣いもない。

 ビッグマックを食べている彼の前に、一人の女性が座る。

 学校の先生だった。

 主人公は、先生と話をしながら、ローマに行きたい旨を話す。

 先生は、自分も十三の頃、同じように深夜、家を出て、アメリカに向かったことがあると言った。

 おとなしい先生からは想像も出来ないほど、若い頃は冒険心に満ち溢れていた事に、主人公は驚く。

 そして、それは今も変わっていない。

 ただ、大人になれば働かなくてはいけないので、若い頃ほど自由に冒険が出来なくなった。

 先生は、主人公に言う。

 自由になりたいなら、勉強をしなさい。

 自らの志を大事にし、いつも謙虚な姿勢を保ち、関わらざる負えない人の中に好感を持てる人がいれば尊重をし、軽蔑の感情だけしか抱けない相手とは可能な限り関わらず、自分を磨き続け、誰からも認められる人格者になりなさい。

 そうすれば、どんな仕事でも楽しめるようになる。

 そうすれば、ローマへの航空券を買うためのお金なんか簡単に貯められる。

 主人公は、先生のその言葉をメモして、翌日から近所の子供のベビーシッターを始めることにする。

 




 これって多分、私小説なんだろうな……。

 そう思いながら、ぼくは、二本目のビールを開けた。

 最近は、翻訳にも慣れてきた。

 そうするうちに、自分なりのやり方も身についた。

 ぼくの翻訳の手順は、まずはじめに、はじめから最後まで読み上げ、二度目に翻訳をする。

 わからないところや自分の理解に不安があるところは、ひとまずメモを取り、三度目に、調べながら翻訳を行う。

 短編なので、一時間ほどで読むことが出来た。

 二度目は、打ち込みながらでも、かかった時間は四十分ほど。

 三度目は、三十分ほど。

 日付が変わる十数分前、ぼくは愛美に、完成した短編小説を送信した。

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