第8話 プロジェクトの内容

18時



 ペトリさんは、パーティの開始時間ちょうどにやってきた。

 彼は、190cm近い身長に、それなりに広い肩幅、短く整えられた金髪。

 緑色の輪のかかったハニーブラウンの瞳の下には濃いクマ。

 なんだか少しだけ雰囲気が似ていたし背も高いので、ヴィーラさんのお兄さんかもしれないと思ったけど、名字を聞いたところ違うようだ。

 彼は、黒のデニムと黒のダウンジャケットを着ていた。

 ダウンジャケットをコート掛けに下げると、その下からは黒のセーター。

 足元はグレーのスニーカー。

 フィンランド人と聞いていたけど、北欧の人は黒が好きなのだろうか。

「よろしく。一志だ」

「ペトリだ」

「日本語上手だね」

 ペトリさんは、ほんのちょっとだけ目尻を下げ、口角を上げた。彼の頬がほんのりと桃色に染まる。「ありがとう」

「英語の勉強中なんだ。みんな日本語が上手で助かるよ」

「勉強なら手伝うよ」

「キートス」

 ペトリさんは小さく笑った。

 ぼくとペトリさんは、握手を交わした。

 ペトリくんとともに廊下を進み、部屋に戻ると、すでに、パーティの準備が済んでいた。

 楕円形のテーブルの上には寿司や目玉焼きやステーキ、サラダやフルーツの入ったボウル、ナタリアさんが作った国際色豊かな料理、そして、彼女の持ってきた数々のお酒。

 壁に貼られたスクリーンには雪原の上で揺らめくオーロラが映し出されていた。

 ヴィーラさんはとっくにワインを開けて、ガバガバと飲んでいたが、その穏やかな顔を見る限り、まだ準備運動も終えていないといった感じだった。

 ウルシュラさんとナタリアさんはPCもモニターも片付けてパーティに専念する姿勢を見せていた。

 ペトリさんがテーブルにつくと、愛美ちゃんは、ワイングラスを片手に立ち上がった。「この度は、お忙しい中にいるにも関わらず、足を運んでいただき、ありがとうございます。是非とも、この六人でプロジェクトを成功させていきたいところではありますが、今夜はお互いのことを知り合う場としたいと思います。乾杯!」

 ぼくたちは、テーブルの中央でグラスを当てあった。

 愛美ちゃんは、この場を親睦を深めるためのディナーにしたいと言っていたが、それぞれの自己紹介を終えると、話題は自然とプロジェクトの方に移っていった。

 というのも、ナタリアさん、ペトリさん、ウルシュラさん、ヴィーラさんは、一五歳からの付き合いで、その時から、ほぼ四六時中顔を突き合わせて学園内で様々なプロジェクトを勧めてきたらしい。

 愛美ちゃんも、四人とはそれなりに親しい付き合いをしているようで、つまり、実質、親睦を深めることを目的とするなら、六人それぞれがというよりは、ぼくが五人に対して、そして、五人がぼくに対して理解を深めるということになる。

 つまり、ぼくはすでに出来ている輪に入り込んできた新入りであり、リラックスしてくれと言われても、一人で過ごす時間を楽しむ方法ばかり探求してきたぼくにとっては、中々にハードなシチュエーションで、リラックスなんか出来るはずもなかった。

 それでも、気を使わせてしまうのもアレなので、ぼくは少しだけ勇気を出して踏み込んでみることにした。「みんなは、学園のプロジェクトを手伝っているって言っていたけど、学園じゃ普通のことなの?」

 ペトリさんとヴィーラさんは顔を見合わせ、ナタリアさんはぼくを見た。「普通って?」

「つまり、学園に通う生徒はみんなそうなのか、君たちが特別なのかってこと」

「優秀な子だけよ」ナタリアさんはワインを啜った。「一五歳になったら、それ以前までの学園内での授業成績とか立ち振る舞いとかを総合評価されて、優秀な子には学園からオファーが来る」

「つまり、みんなそうだってこと?」

「そうよ」

 ぼくはワインを飲んだ。「賢いんだね」

 ナタリアさんは肩を竦めた。「そうね。でも、わたしはよくお硬いとか言われるし、ヴィーラとペトリは」

「わたしはよく暗いって言われるわ」ヴィーラさんはワイングラスを一息で空にして、ボトルからワインをドバドバと注いだ。「ただ内気なだけなのに」

「ぼくはお酒を飲み過ぎだって言われる」ペトリさんはリットルグラスのビールを一息で空にした。「多分、高一のとき、地質学の授業中にビールを飲んじゃったからだね」

 ぼくは笑った。

 ペトリくんは、おとなしい顔をして、やることが中々のようだ。

「人が多いところは嫌だって言ったのに、初日の授業だけでもどうしても出席してくれって教授が聞かなかったから。じゃあ、ほろ酔いで良いならって言ったら笑ってたけど、あの人は冗談だと思ったんだね」

「あんたが冗談っ? はっ」ウルシュラさんは鼻を鳴らした。「それこそ冗談ね」

 テーブルのみんなは笑ったので、ぼくも笑った。

 ペトリさんはあまり冗談を言うようなタイプではないということだろうか。

「わたしはよくロボットみたいとか言われる。オタクとも」と、ウルシュラさん。彼女が摂取するビールの量も中々だった。彼女は先程からビールの缶を開けては空にしてフローリングに放り投げて、ということを繰り返している。後で掃除するのだから良いじゃないかということらしい。「好きなことやってるだけなんだからほっといて欲しいわ」

「うちは普通って言われるかなー」と、愛美ちゃん。

 テーブルからブーイングが上がった。

「どこがよ。人間のくせに、エベレスト登った次の週にはK2行ってたじゃん」と、ナタリアさん。「クレイグだってやらないわ」

「話してあげれば?」愛美ちゃんはワインを啜った。「そしたら、『おお、それなら俺はエベレストから帰った足でK2に行ってやるよ』って言いそうじゃない」

「あのバカなら言うわね」と、ナタリアさん。「あんたには出来ないでしょって言ったらやってくれるから、扱いやすくて好きだわ」

「今何やってるの?」愛美ちゃんは聞いた。

「東ポーランドで家建ててる」ウルシュラさんは言った。「良い土地が安く売られてたから、ちょうど良いかなって。湖のそばにコテージ建てておいてって話だけど、多分コテージじゃ済まないわね」

「あそこらへんは風が強いんじゃない?」愛美ちゃんは、ステーキに添えられているアスパラガスを食べた。

「頑丈にしておいてって言っておいた。設計図とかはわたしとペトリが作ったから、ポーランドの建築法にも引っかからない。多分、今は瓶ビールで一服してるんじゃないかな」

 ぼくは小さく手を降った。「待って待って、自分で家を建ててるの?」

 ウルシュラさんはうなずいた。「ムキムキマッチョなオージーでチャレンジャーなの」

「どれくらいで出来るって?」と、愛美ちゃん。

「二ヶ月くらい」

「八月には行けるね」

 ウルシュラさんはうなずいた。

 ぼくは、みんなの話を聞きながら、なんだか同年代なのに、自分はとっても遅れているような気がしたけれど、普通なのはぼくの方で、変わっているのがみんなの方なのだということは、なんとなくわかった。

 それでも、自分のことを普通と言った愛美ちゃんがこれで、クレイグさんとやらは自分で家を建てちゃうのだから、他のみんなは一体今までどんなことをやってきたのか、少しばかり以上に興味を惹かれるところではあった。

 ぼくはステーキを切り分け、口に運んだ。

「それで、あたしたちのプロジェクトなんだけど」愛美ちゃんは唇についたワインを舐め、グラスを置いた。

 テーブルのみんなの視線が愛美ちゃんに集まる。

「世界中の作家から、作品を集めて掲載するっていうものにする。自分で投稿出来るようにもするけど、あたしらが目を通した作品と、未チェックの作品は、こちらで区別出来るようにして欲しい」愛美ちゃんはウルシュラさんを見ながら言った。

 ウルシュラさんはフライトポテトを口にした。「それか、チェック済みの作品だけ投稿するっていうのは?」

「文章は時間がかかる」

 ウルシュラはうなずいた。「それについては後ほど話そ」

「とりあえず構想を全部言っちゃうわ。投稿を受け付けるメディアは、小説、詩、脚本、コラム、イラスト、写真、三分以内の音声、三分以内の映像。映像の画質は720Pを最大にしようとも思ったんだけど、480Pでも良いんじゃないかなって」愛美ちゃんはペトリさんを見た。

「良いと思うよ。ネットフリックスの最低画質と同じだ。そうやって宣伝すれば、ネットフリックスの視聴を検討している人が参考に出来るし、他にも何らかの参考になるっていう人があっちこっちにいるだろ」ペトリさんはビールを飲んだ。「安物の、低画質のタブレットしか持ってない人でも最大の画質で楽しめる」

「あたしもそう思った。三分以内の動画を、一人のユーザーが一日に一作だけ投稿出来るようにする。サイトが有名になれば資金も増やせるから、最終的には三分を九十分にしようと思う」

「映画も投稿出来るね」と、ペトリさん。

 愛美ちゃんはワインを啜った。「次に、作業は全部Chromebookで行ってもらうわ。コーディングも、サイトの制作もアプリの制作も、文章作成や動画や画像の編集、撮影、作曲。出来るよね?」愛美ちゃんはウルシュラさんを見た。

「出来たよ」

 愛美ちゃんはうなずいた。「最近はシェアも増えてきてるし、今年のシェアは前年比の4倍から5倍が予想されるっていうデータもある。興味を持ち始めている人は多いと思うのよね。あたしも中古で自動アップデートも切れた端末を使ったけど、ブラウジングも動画もサクサク動くし、ミドルクラスやハイエンドクラスならメディアの編集も出来ると思う。でも、とりあえずはエントリークラスのPCを後でみんなに配るから、それでやってみて。スマホはPixel4aを使って」

「4? たしかに良いカメラだけど、時代遅れだね」と、ペトリさん。

 ぼくは自分のPixel4を見た。

 時代遅れだってよ。

 愛美ちゃんはうなずいた。「だからこそ安く手に入る。サイトは年齢層や性別や宗教関わらずたくさんの人に見てもらいたいんだけど、同時に、エントリークラスや数世代前の端末で、どの程度のことが出来るのかっていう広告にもしたいのよね」

「つまり、新しいPCの購入を検討しているけど今は手元に金が無いしローンもやだっていう人たち向けね。コロナで職を失ってIT業界への転職を考えている人たちとか」ナタリアさんが言った。「仕事しながら、その成果で宣伝も出来る」

「そう。どの程度出来るかっていう詳細なデータがあれば、色んな人が購入の参考に出来ると思うのよね」

 ナタリアさんはうなずいた。「わたしは自分ので良い?」

「それいくらした?」

「三百ドル」

「百五十ドルでHPの新品が手に入ったから、それを使って」

「わかった」

「ありがとう。あとは、ネット環境はテザリングを使ってもらうわ。家にネット環境のない人もいるでしょ。スマホでオンライン会議も出来るし、PCでも出来るか試してみよ。色々試してみたけど、今のところオフラインでもオフィス使えるし、オンラインでYouTubeでライブ配信も出来るし、問題ないと思う」

「ゲーム配信はどうかな」ペトリさんは言った。「やってみるね」

 愛美ちゃんはうなずいた。「あとは、サイトの顔だけど、ヴィーラ頼むわね」

 すでにワインを三本開けているヴィーラさんは、赤く染まった頬に、しおらしく手を添えた。「恥ずかしいわ……」

「恥ずかしがらないでよ〜」愛美ちゃんは自分のほっぺにしおらしく手を当てて、ヴィーラさんの真似をした。「女優でしょ」愛美ちゃんはぼくを見た。「女優なの。モデルもやってる。YouTubeのドラマに出まくってるしB級映画の主演も何回もやってる」

「すごいね」ヴィーラさんを見ると、彼女は照れたように笑った。目の下の濃いクマも、そう聞けばなんだかかわいい系のメンヘラのようで、チャーミングだった。

 ディナーの場を借りたミーティングは、その後も続いて行き、チーム内でぼくがこなす仕事も決まった。

 気がつけば夜もふけていた。

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