第6話 ランチ

9時3分



 ぼくと愛美ちゃんは、中央駅の地下にあるスーパーマーケットに来ていた。

 初日は顔合わせのパーティということで、その買い出しだった。

 ステーキ肉を人数分、ハーブと岩塩と胡椒、他にも調味料やら何やら。

 多才な愛美ちゃんは、寿司も握れるらしいので、その材料も買った。

 現地調達を信条とする愛美ちゃんは、この後で服を買いに行きたいと言ったが、ぼくの両腕はすでに悲鳴を上げていたので、一度アパートに食材を置いてくることにした。

 酒は、ナタリーさんが買ってきてくれるらしい。

 ナタリーさんは大人びた顔をしているので、日頃からそういった役割を任されているらしい。

「デリバリーにしても良かったんじゃないかな」ぼくは言った。バーベル並みに重たい食材を持って六階まで上がり、次はデパートに服の買い出し。愚痴の一つでも言いたくなろうというものだ。

「デリバリーは高いから。必要性を感じないサービスにお金は払いたくないの」

「ここでもウーバーイーツ使えるんじゃないかな」

「自分のお金で頼む分には止めないよ」と、愛美ちゃん。彼女は、新しい服を買いに行くということで、明るい顔をしていた。「何にしよっかなー、ドレスとかどう思う?」

「そのままの君が一番綺麗だよ」

「はっ、ぷーくすくす」愛美ちゃんは鼻を鳴らした。

 ぼくは笑った。「何さ」

「女性を褒めるの慣れてないんだなって」

「そう? 結構さり気なく言ったと思うけど」

「セリフがテンプレすぎる」

 ぼくは笑った。「そうかい」

「もうちょっと上手にお喋り出来ないと一生童貞のままだよ」

「どっ!」ぼくは飛び跳ねた。「どどどどどどどどどどどど童貞じゃねーし」

 愛美ちゃんは笑った。

 ぼくも吹き出した。

「こういうこと。女にとってビッチって言われるのは、男にとっては童貞って言われるのと同じ」

「女にとっては守りが弱いと言われるのが屈辱で、男にとっては攻めが弱いと言われるのが屈辱ってことですね」

「攻めが強い女って好かれるし、守りが強い男って渋くてかっこいい感じあるよね」

「ドSは嫌いだな。特に自分で言っちゃう人」

「ファッションドSね」愛美ちゃんはウンウンとうなずいた。「それってたいてい頭が弱いか人を苛つかせるのが得意なだけだったりするんだよね」

 ぼくはうなずいた。「渋くてかっこいい?」

「うん」

「わかんないな。ぼくってどんな感じ?」

「自分が人からどう思われてるか気にしちゃう男子って自信なさそうであんまり好きじゃないなー」

「そっすか。別に良いけど」

 愛美ちゃんは、ニヤニヤとぼくを見上げた。「久志くんからは、あたしに興味津々だって聞いたけど」

 あの野郎……。「はじめはそうだったさ。でも、あれを見ちゃうとね」

「あれって?」

「大食い。食い過ぎだよ。大食いキャラは好きだけど、三次元だとちょっとね」

「オタク?」

「アニメ好き。ラノベが原作だと神」

「あたしもたまに読む」

「意外」

「でも、女キャラにやたらと生地の少ない服着させるのは嫌い」

「わかる」

「わかるんだ」

「狙いすぎてるのはちょっとね」

「わかる」

「ラノベ売ってるかな」

「見てみよっか。市場のリサーチだね」

 そうして、意外な共通の趣味を見つけたぼくたちは、デパートに行って服を調達した。

 ぼくの服も買わせてもらったので、帰りの足取りは軽かった。



12時



 お昼ごはんは、今晩のパーティに出す料理の考案も兼ねていた。

 愛美ちゃんは寿司だけでなく、色々な国や地域の料理を作ることが出来た。

 ウルシュラさんは、自分はゲルマン系だからソーセージを焼くのとポテトを茹でるのとビールを飲むのが専門だと言って、午前と変わらない位置で午前と同じようにカタカタやっていた。

 ぼくはというと、肉を焼くとか卵を焼くとか炊き込みご飯くらいしか出来ない。

 目玉焼きをひっくり返すことに手こずっているとき、ぼくは一体全体ここに何をしに来たのかと考えてしまった。

 仕事をしに来たはずが、未だにそれらしいものを任せてもらえていない。

 まあ、同僚との親睦を深めるためにやっているのだから、それほどズレたことをしているわけでもないのだけれど。

 話によれば、ヘルシンキ在住のペトリくんは別件で忙しいために集合時間ギリギリまで来ないつもりらしい。

 ナタリーさんは飛行機の中、ヴィーラさんはタリンからのクルーズを控えているのだとか。

 ぼくたちは、寿司と目玉焼きとビールというなんとも言えないランチを、楕円形のテーブルで摂りはじめた。

「ウルシュラさんは何やってるの?」ぼくは、相変わらずPCのモニターから目を離さないウルシュラさんに訪ねた。

「仕事」と、寿司を左手の箸でつかみ、右手でカタカタしながら、ウルシュラさんは言った。

 彼女の箸使いは見事なものだった。

 チェコ人でありながら、わさび混じりの醤油を好むところも素晴らしい。

「仕事は仕事だろうけど」

「料理手伝わなかったから拗ねてるの?」と、ウルシュラさん。

「違うよ。ただ、話題を振っただけ。ぼくたちの仕事にも関係するんだろうし」

 ウルシュラさんは瓶ビールを啜った。

 ピルスナーウルケルという、チェコのビールらしい。

 どうでも良いが、ぼくも愛美ちゃんも、ついでにウルシュラさんや他のメンバーも、みんな十七歳で、日本の法律上はもちろん、フィンランドの法律でも飲酒はアウトだった。

 それでも、愛美ちゃんもウルシュラさんもその点に関して気にしている様子はなかったので、ぼくも気にしないようにした。

 こういった冒険は、地元はおろか日本国内でやるのにも抵抗はあるが、一万キロ近く離れた場所でなら、罪悪感のようなものも薄れた。

「サイト作りよ」と、ウルシュラさんは二本目のビールの栓を開けた。「アプリとセキュリティも同時並行でやってる」

「あたしも手伝えるけどね」

「自分でやった方が早い」と、ウルシュラさん。「外注は好きじゃないの。ちゃんと自分の要望通りになってるか気にするストレスと、なっていない場合のタイムロスを考えると、精神衛生上良くないし」

「アーティストだね」

 ウルシュラさんはぼくを見た。「そうね。わかってるね、ヒトシ」

「うん」テキトーな相槌として言っただけだったが、ウルシュラさんの気を引くことに成功したらしい。「完成品を見るのが楽しみ」

「あんたは、なにをやるの?」と、ウルシュラさんはぼくの作った目玉焼きに醤油を垂らした。

「ぼくは、とりあえずみんなのサポートだね」

「サポート?」ウルシュラさんは、愛美ちゃんと顔を見合わせた。「ナタリーがいるから平気じゃない?」

「うん。あとは、SNSでクライアントを探してもらったり、他は考え中ね」

「そっか」ウルシュラさんは、うなずきながら目玉焼きを頬張った。「美味い」

「ありがと」ぼくは言った。「リモートの授業もあるから、フルタイムでは働けないけど、よろしく頼むよ」

 愛美ちゃんは、ウルシュラさんを見た。「うちらも宿題あるじゃない? イーブンでしょ」

「もう終わらせた」

「はや」宿題は初日に終わらせるものだと、昔読んだラノベや漫画の登場人物たちは言っていたけれど、そんな猛者が現実にいるなんて思いもしなかった。夏休みが三ヶ月もあるのなら、それに応じて夏休みの宿題も馬鹿にならないはずなのに。さすが、あの有名な学園の生徒は違う。

「実はあたしも」

「出来る女は違いますね」

「へへん」

 ぼくはビールを啜った。苦味と、独特な香り。もしも、他のみんなが酒を浴びるように飲むタイプでも、ぼくは酔っ払いの輪に混じれない。そんなことを思ったが、特に疎外感はなかった。「そう言えば、学園って長期休暇が多いんだね。季節ごとに一ヶ月で夏休みが三ヶ月なら、年に半分以上が休みだ」

「その分宿題とかが多いけどね」愛ちゃんはアジの寿司を口に運んだ。

「その分、ぱぱっと終わらせれば、今回みたいに自由時間を確保出来る。生徒の自主性を伸ばそうっていう方針なの。わからないことがあればいつでもオンラインで先生に聞けるようになってるし、学園の作ったアプリで調べれば解説とか解法が出るようになってる。授業時間も、一コマ四十分で短め。わたしは三十分でも良いと思うけどね。要点と結論に至るまでの経緯だけ話してくれればわかるし」

 ぼくは、サーモンの寿司を食べながらうなずいた。

 たぶん、この二人は学園の中でも特別優秀な部類なんだろう。

 久志の友人ということは、久志も特別優秀な部類なのかもしれない。

 のほほんとしていて、あまりそうは見えないけれど、人は見かけによらないものだ。

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