第4話 現地到着

5月31日 



 フィンランドに着いたのは、深夜のことだった。

 着陸の際は再び不安に襲われたが、今回は愛美ちゃんからのチキンクリスプもなく、ぼくはこの不安に対し、孤独な戦いを強いられた。

 着陸は問題なく終わり、ぼくは喜びを噛み締めながらフィンランドの大地を踏みしめた。

 久しぶりの機内食は美味かったし、初めてのシャンパンも少し苦かったけどジュースみたいで美味かった。

 最後の難関である入国審査も、入国管理官にパスポートを渡し、渡航の目的を答えただけで、問題なく終わった。

「いやー、着いたね」と、愛美ちゃん。

 ぼくはうなずいた。「大地って素晴らしい」

 愛美ちゃんは笑った。「じゃ、とりあえず朝までここで過ごそうか」

「ここで? 電車は?」

「あるけど、空港好きだし。一晩だけ。良いでしょ?」

 ぼくはうなずいた。

 見れば、到着ゲートのそばにはスーパーマーケットやカフェがあった。

 カフェで時間を潰すのも良いだろう。

「あそこは?」と、カフェを指差し、愛美ちゃんを振り返ると、彼女はにっこり微笑んだ。

「良いんじゃない?」愛美ちゃんは振り返った。そこには、金髪の女性がいた。小さな顔にハニーブラウンの瞳、虹彩にかかる琥珀色の輪。身長はぼくと同じくらいで、愛美ちゃんと同じくらいほっそりとしたボディスタイル。一方で、胸の膨らみは愛美ちゃんとは雲泥の差だった。頭の後ろでショートのポニーテールにまとめられたサラサラの金髪を見て気がついた。フィンランドへの飛行機に乗っていたPCの人だ。「どう?」

 PCの人はうなずいた。「良いわ」日本語だった。彼女は、その琥珀色の瞳でぼくを見据えた。「はじめまして。ウルシュラです。専門はIT。よろしくね」これまた流暢な日本語だった。

「あ、うん。よろしく。声かけてくれれば良かったのに」

「初対面の人とは、モニター越しじゃないと話せないの。一眠りすれば記憶と認識がアップデートされるから明日からまた話しましょう。明日になれば初対面じゃなくなる」

 ぼくはうなずいた。表情に乏しく、変な話し方をする人だけれど、ウルシュラさんの日本語が流暢なのは疑いようもない事実だった。「今夜は?」

 ウルシュラさんは、無表情でフリーズし、三秒後ぼくを見た。演算処理が終わったらしい。「チャットでなら」

 ぼくはうなずいた。変人だ。でも美人だ。愛美ちゃんとのロマンスをとっくに諦めたぼくにとって、これはきらきらとした雫とともに天から降り注いできた幸運。ぼくはPixelを取り出し、口を閉ざしてしまったウルシュラさんにFacebookのアカウントを教えた。

 ぼくたちは、チキンサンドウィッチとベジタブルサンドウィッチとローストビーフサンドウィッチ、エスプレッソと水、そして、当然のようにビールを注文し、窓際のテーブルに着いた。

 愛美ちゃんは、がぶっ、と、ローストビーフのサンドウィッチにかぶりついた。

 ウルシュラさんは、ビールを啜り、PCをカタカタやり始めた。

 ぼくは、窓の外を見た。

 窓の外は、満点の星空と、空港の明かりが輝いていた。

 こんな夜も良いよな……、そう思いながら、ぼくは、小さなカップに入ったエスプレッソを啜った。

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