第2話 面接
5月19日
ぼくは、家の近所のスターバックスで、PCの画面を見ていた。
これから、彼の友人であるボーイッシュで可愛い文武両道の女の子(つまりは、ぼくのタイプの女の子)とビデオチャットをするのだ。
この日のために、俺は美容院で髪と眉毛を整え、爪を切り、H&Mでカジュアルジャケットを購入していた。
ついでにフリスクもかじっておいた。
準備万端だ。
画面の中の自分を見てみれば、満足げな笑顔を浮かべている。
ぼくはほくそ笑んだ。
おいおい、まだ始まってもいないんだぞ。
PCは、約束の時間丁度に鳴った。
ビデオチャット開始だ。
画面に現れたのは、ショートカットの女の子だった。
端正な顔立ち、丸い輪郭が柔和な雰囲気を醸し出している。
ダークブラウンの瞳に、黒い髪、白い肌は血色が良かった。
頬が引き締まっているのは、スポーツをしているからか、日常的にキスをしているからかもしれない。
目つきも柔らかく、豊かなまつ毛は長くてセクシーだった。
インテリっぽい眼鏡をかけている。
「はじめまして。一志です」
『はじめましてー。愛美です。久志くんから話聞いてるわ。参加したいって言ってくれてありがとね』
「こちらこそ、貴重な機会をいただけて光栄です」
愛美ちゃんは笑った。『硬くならないで。こっちが緊張しちゃうから』
「え、あ、うん」ぼくは、突然下ネタを言い出した愛美ちゃんに戸惑ったが、すぐに、あちらの発言にそのような意図がないことに気がついたので、混乱からはすぐに開放された。「それで、どんなプロジェクト? 翻訳って聞いたけど」
『そうね。英語が得意だって聞いたけど、翻訳をしたことは?』
「ない」
『そっかー、TOEIC、TOEFL、IELTSの点は持ってる?』
「TOEICは600点で、TOEFLとIELTSはない」
『パソコンは使える?』
ぼくはうなずいた。「得意って言っても、授業の点が良いだけなんだ」
『そっか。ネットでなにか活動してる?』
「SNSくらいかな。FacebookとTwitterとInstagramくらい」
愛美ちゃんはうなずいた。
「……これ、面接?」
愛美ちゃんはうなずいた。『ってゆーよりは、定員7名で、席がまだ余ってるから、一志くんは参加出来るんだけど、どういう役割を担ってもらおうかなっていう、その時間』
ぼくは、ここでようやく肩の力を抜いた。「ブラインドタッチは出来るよ。英語は得意だけど、リーディングもライティングもスピーキングも、及第点程度」
『この仕事における及第点は、ネイティブに囲まれて日常生活が出来るレベルよ。明日からアメリカやイギリスやカナダに留学してくださいって言われて、ああ、いいっすよ、って、即答出来るレベル。一志くんのスキルレベルはわからないし、チームのメンバーは日本語もある程度扱えるけど、やっぱり、翻訳を任せることは出来ないかな』
「そっか……」
『うん』愛美ちゃんは、考えるような顔で視線を少し下げ、すぐにぼくを見た。『ちなみに、可能な人は現地に集まってもらうようになってるんだけど、フィンランドには来れる?』
「フィンランド?」ぼくはまた不意を突かれた。真っ先に浮かんだのは金銭面の問題、次に浮かんだのは、初めての海外の地で、七人での共同生活をするということに対する不安。「え、どういうこと?」
『今回のこれは、交友関係を広めるためっていう意味もあるの。今のところ、メンバーはうちらの他には二人で、二人とも学園の生徒なんだけど、うちらが学園の外に出ることって少ないの。日常生活って学園の中だけで完結出来るし、ほら、敷地内にスーパーマーケットとかもあるから。だから、学園の外の人と知り合う機会って、何気貴重なんだよね。だから、久志くんからあなたの話聞いた時はあたしたち喜んだわ。フィンランドに行くことになったのは、環境を変えると色々刺激も受けるから頭の回転が良くなるし色んなアイデアも浮かびやすいからっていうのと、夏休みだし夏だしどっか涼しいところで過ごしたいなって思ったからね』
「久志から話は聞いてたけど、君の学校って面白そうだね」
『学校じゃないよ。学園』愛美ちゃんは微笑んだ。『楽しいよ。来年から来たらどうかな。入学金とかもないし、授業料タダだし、必要なのは寮費と生活費くらい。色んな授業があるから飽きないし。で、どうかな、来れる?』
「旅費があれば行けるけど、厳しいかな。パスポートはあるんだけどね」
『予算から全部出るよ。旅費も生活費も。でも、出費は全部記録に残さないといけないから、お小遣いは持ってきたほうが良いかも。サウナ代とか外食費とかくらいなら経費で落ちるけど、デビットカード持ってるのうちだけだから、色々不便かも。もちろん、プロジェクトに参加してくれたら、毎週百二十ユーロの給料が出るから、はじめの一週間分だけあれば十分だよ。部屋はあるけど、キッチンとかお風呂は共同。そこは平気?』
ぼくはうなずいた。メリットばかりの話だった。「じゃあ、ぼくは、どんな仕事をすれば良いかな」
『どんなことが出来そう?』
「そうだな。部屋の掃除とか買い出しとか」
愛美ちゃんはうなずいた。『必要な仕事ね。ネットで作家さんやクリエイターさんたちとコンタクト取ってもらうとか、メールとかDMのチェックとかは?』
「それくらいなら全然出来る」
『サイトを作ろうかと思うの。英語と日本語と、各国の言語で。そこはどう?』
「プログラミングは出来ない」
『あたしもあんまり得意じゃないかな。PythonとRubyとC言語がいくつか扱えるくらいだし。やっぱり専門の人と比べるとどうしてもね』
ぼくは首を傾げた。どうやら、ぼくの言う得意じゃないと、愛美ちゃんの言う得意じゃないは、少しばかり意味が違うらしい。
『アイデアくれるだけで良いよ』愛美ちゃんは続けた。『パソコン詳しい子が一人いるから。このサイトのこんなところが良いなーとか、こんな風にしたら良いんじゃないかなとか。その案が採用されるとも限らないけど、でも、やっぱり学園の外の人間の感性とか意見は重要だから。ベータ版がもう出来上がってるみたいだから、あっちで現物見てアイデア頂戴』
ぼくはうなずきながらも、ぼくの意見やアイデアが特別なものだとは、どうしても思えなかった。
そんなぼくの疑念が顔に出ていたのかもしれない。愛美ちゃんは微笑んだ。『例えば、外国で生まれ育った人と日本で生まれ育った人って全然違うでしょ? 何気ないものでも、特定の人たちにとっては特別だったり目新しかったりするのよ』
「そう言ってもらえたら自信出てきたかも」
『うん。それで良いっ! その意気だっ!』
愛美ちゃんは照れくさそうに笑い、ぼくも笑った。
『一志くんの学校って、オンラインで授業してるって聞いたから、そこが問題ね』
「調節するよ」
『こっちもそれに合わせて仕事振り分けとく。ご両親は大丈夫?』
「話ししたら賛成してくれたよ。話さないといけないことが増えたけど、多分賛成してくれる」
『今日中に聞いておいて。今週末には航空券買うから、返事がオーケーだったらメッセンジャーで教えてね。そしたら、デビットカードの番号教えるから、航空券買って。航空会社はフィンエアーかスカンジナビア航空かターキッシュエアラインズかエティハド航空にするんだけど、フィンエアーにしときたいな。マリメッコのポーチが付いてくるから』
「そうなんだ」
『うん。マリメッコ良いよね。イッタラとかアラビアとかムーミンも可愛いし、楽しい夏休みになりそう。あ、うちんとこ、夏休み六月一日からなの。終わりは八月三十一日』
「三ヶ月か。良いね」
愛美ちゃんは微笑んだ。『楽しくなりそう。じゃ、この後別の人ともミーティングあるから、あと十分しか取れないんだけど、質問ある?』
ぼくはPCの右下を見た。確かに、予定していたミーティングの時間は二十分で、あと十分しかなかった。この十分でフィンランドに行くことになったり三人の出会ったことのない人と共同生活をすることになったり週百二十ユーロの給料をもらえることになったりと、色々なことが起こっていた。今までの人生でもっとも濃い十分間だったと言える。
『仕事でなにか聞きたいことある?』
「仕事っていうか、あっちじゃどんなところで過ごすの?」
『家ってこと?』
「そう」
『ヘルシンキの中央駅のすぐそばにある大通りのアパートを借りれたの。うちと久志くんの幼馴染の六歳年上の先輩が、一八の時に住んでたアパートで、そこ先輩の友達の部屋なんだけど、夏は自由に使って良いって言ってくれたから』
「良いね」ぼくはGoogleで調べながら相槌をした。フィンランドはヨーロッパの上の方にある国で、ロシアのすぐ左側にある、結構大きな国だ。ヘルシンキはその首都。
『でしょー』
「フィンランドに行ったことは?」
『あるよー。ルームメイトが日本とフィンランドとウクライナのクォーターなの。冬休みとか、一緒に行って、ラップランドでオーロラ見たりする』
ぼくはうなずいた。「あっち着いたら、色んなとこ案内して」
『もちろんっ』
「じゃあ、後でメールするね」
『待ってるねー、それじゃ』
「それじゃまた」
ぼくは、静かになったPCの画面を見た。
可愛い子だと聞いていたし、その通りだったが、彼女はただプロジェクトに参加する人材として、ぼくに興味を持っているだけのようだった。
脈無しだ。
まあ、楽しい夏休みが過ごせそうだし、さっさと親に話しちゃおう。
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