17歳のインターンシップ
Arkwright
OP
第1話 はじまり
5月1日 東京
ぼくは、市立図書館にいた。
体育館ほどの広さのある、三階建ての空間に、数百万冊の蔵書が収まっている。
ぼくは、外国語コーナーにいた。
高校の授業で、外国の本を読んで感想を書けという課題が出たのだ。
今手に取っている本は、インターナショナルスクールに通う日本人の友達から教えてもらったものだった。
あまり有名ではないが、それなりに笑える小説とのことだった。
実際、読んでみれば、確かに彼の言う通りクスっと笑えた。
だが、英語で読むのと日本語で読むのでは、文章の理解度も変わってくる。
そこで、日本語訳がないかとネットで調べてみれば、見つかった。
ぼくは、さっそくその本を探すため、歩き始めた。
しかし、この図書館が広すぎるだけかもしれないが、外国語の本がやたらと多い。
友人の彼が一緒にいたなら、この蔵書の中からいくつの面白い本を紹介してくれるだろう。
日本語コーナーで、翻訳された小説を読むと、はじめの一ページから笑えた。
5月7日 成田空港
ぼくは、成田空港のスターバックスにいた。
今日は、インターナショナルスクールに通う友人の彼と待ち合わせをしていた。
彼は、外国にある提携校に短期留学するために、今日、珍しく関東地方にやってきた。
一人でいることを好む彼は、望み通り一人で東京観光を楽しんだ足で、ここまでやってくる流れになっていた。
ぼくはぼくで、空港という場所が好きだったので、朝からここに来て、コーヒーを飲みながら、読書感想文を書いていた。
気がつけば、昼になっていた。
お腹が空いた。
スタバで食事をするのも良いけれど、コスパで考えればここは食事に向かない。
もちろん、スタバの食事が高いのには高いなりの理由があるのだろうけれど、手の平サイズのサンドウィッチ一つに五百円というのは、ぼくには高いように思えた。
コスパで言えば、コンビニで買ったほうが安く済むのだけれど、ぼくが向かったのは、フードコートだった。
うどん屋さんでうどんと天ぷらとおにぎりを買い、席に着く。
磯辺揚げにかじりついていると、スマホが光った。
友人からだった。
空港に着いたらしい。
ぼくは、フードコーナーにいることをメッセンジャーで伝えた。
数分経って、彼はやってきた。
短く切り揃えられたダークブラウンの髪、ハニーブラウンの目には淡褐色の輪っかがかかっている。
身長はぼくと同じで174cm。
肩幅は少しがっしりしていて、背筋はピンと伸びている。
その姿勢の良さはバレエでもやっているかのようだ。
焦げ茶色のブーツ、濃紺のデニム、灰色のTシャツ、裾の長いフェルトコート。
いずれも、体にフィットしたサイズ感で野暮ったい感じはなかった。
服に無頓着な彼は、いつも似たような服を着ているのだ。
彼は、ぼくを見つけると、柔らかな笑顔を浮かべた。
彼は、大盛りのうどんと五つのおにぎりを手に、ぼくの隣にやってきた。
「相変わらず元気そうだね」彼は言った。
「君も元気そうだ」ぼくは言った。
彼は微笑んだ。「おかげさまで」
「こないだは助かったよ。外国の本なんて読まないから」
「英語得意だろ?」
「勉強はね」
「読めた?」
ぼくはうなずいた。「楽しかった。あれってシリーズ出てるんだね」
「六作目が一番好きだね。お土産買ってこようか」
「ありがと。他にも面白い本あったら教えて」
「もちろん」
ぼくはおにぎりをかじった。「思ったんだけど、日本語に翻訳されてないだけで、世界中には面白い本がたくさんあるんだろうね」
彼は微笑んだ。「あるよ。本も映画も音楽も」
「君はたくさん知ってるんだろうな」
「そうでもないよ。中学の頃と比べれば、友達も増えたけど、教えてくれることってあんまりないから。友達と会ってやることって言ったら、お酒飲んでこないだこんなことあったとか、そんな話しかしないから。あとは山の中でキャンプしたり」
ぼくは鼻を鳴らした。「リア充か。変わったな」
彼は笑った。「みんな一人が好きな人たちだから、気が合うんだ。いつも一緒にいるわけじゃないし、一緒にいてもそれぞれがやりたいことをやるんだ。本読んだり楽器演奏したり。だから、やってることは一人でいるのと一緒なんだけど、みんなと一緒にいるのも悪くないなって思える」
「良いね」ぼくもどちらかと言えば、一人でいる時間が好きだ。クラスメイトの中には、よく話す相手とかはいるけれど、友達っていう感じはしない。あちらはどうかわからないが、ぼくとしては、一人でいるといじめられたり、からかわれたりすることもあるので、そういったことを避けるために一緒にいるだけだった。中学のとき、彼と仲良くなったのは、彼が一人でいることを好むタイプだったからで、ぼくもそういうタイプだったからだ。それが、思いの外、彼と一緒にいる時はリラックス出来るので、未だに付き合いは続いていた。「ぼくもそっちに移ろうかな」
「来なよ」
「寮あるんだっけ」
彼はうなずいた。「大学みたいな感じで、必履修科目以外は自由に受講するクラスを選べるんだ」
「ぼくの学校は未だにオンライン学習だから、それはあんまり魅力に感じないな」
「オンラインも選べるよ」
「良いね」
「ぼくがこれから向かうのはノルウェーなんだけど」
「良いなぁ」
「ぼくの通ってる学校って世界中に校舎があるから、寮に空きさえあれば、いつでも好きな場所に移れるんだ。授業料もかからないし、一月百二十ユーロの寮費と交通費だけあればどこにでも行ける」
「寮ってどんな感じ?」
「一番安い部屋だと、三畳くらいの寝室に、バスルーム付き。キッチンは共同と部屋付きを選べるんだ。バルコニーも付いてるし、窓も大きいから閉塞感ないし、結構良いよ」
ぼくはうなずいた。「良いね。でも、しばらくは無理かな」
彼は方をすくめた。「来年からでもきなよ」
ぼくはうなずいた。
彼は、音を立ててうどんをすすり、おにぎりを頬張った。
もぐもぐと食べる彼は、宙を見ながら何かを考えていた。
「そう言えば、ぼくの幼馴染がね、なんか似たようなこと言ってた」
「転校したいって?」
彼は首を横に振った。「違う。世界中の本を翻訳するとかなんとか。いや、違う。その子、フリーランスで翻訳の仕事してるんだけど、この間ドイツの友達から小説を見てほしいって言われたんだ。その小説は趣味でやってるみたいなんだけど、その子、小説を読んでいるうちに、世界中の小説家志望から小説を預かって世界中のネットとか賞に応募すれば、夢を叶えられる人が増えるんじゃないかなって言ってた」
「楽しそうだね」
「紹介しようか?」
「なんで?」
「オンライン授業なら、自由に使える時間も多いだろ?」
「登校するよりはね」
「世界中のどこでも授業受けられるし」
「なんの話してんの?」
「その子、夏休みのプロジェクトのために人を集めてるんだって」
「自由研究みたいな?」
「優秀な子なんだ。飛び級で大学の授業も受けてる。ただの自由研究にも、予算が与えられる。メンバーは七人くらい」
「気が合いそう?」
「その子は賢いし、相手に合わせるの得意だし、相手を思いやれる子だから平気だよ」
ぼくはうなずいた。「女子?」
彼は、ニヤリと笑い、うなずいた。「可愛いよ。ボーイッシュ」
「スポーツ系? 文化系?」
「どっちも」
「にぎやか系? おとなしめ?」
「優しい系」
「彼氏は?」
「最後に会った時はいないって言ってた。先週」
ぼくはうなずいた。「良いね」
「じゃ、連絡しとくね。彼女に教えるのは、Facebookで良い?」
「ああ」
彼は、iPhoneを取り出し、ぼくを見た。「最後に彼女いたのいつ?」
「なんで?」
「いや、よっぽど飢えてるんだなって」
ぼくは笑った。「去年の十一月」
彼は首を横に振りながら口笛を吹いた。「それはそれは。良い男がプロジェクトに参加したがってるって言ってやらなくちゃね」
「おう、頼むわ」今日中にFacebookのプロフィールを更新しておこう。ぼくは前髪をかき上げて、Pixelで写真を取った。
「チャラいのは苦手な子だよ」彼は、iPhoneに視線を落としながら言った。「男らしくて、優しいのが好きだって」
「どうすりゃ良いかな」
「そのままで大丈夫っしょ。自分らしく行きなよ。ぼくだってムキムキのアメフトタイプってわけじゃないけど、気がついたらルクセンブルク人の彼女が出来てた。自然体が一番だ」
「自慢かよ」
彼は小さく笑った。「違うって」
「くそが」
彼は笑った。「落ち着けよ」彼は、iPhoneの画面をこちらに向けてきた。写真の中の彼は、ヨーロッパの美女とキスをしていた。
俺は彼の肩を殴った。
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