第34話

食堂の奥には大きな木の扉があった。

そこに倉庫があるという。内側からは分からないが、この倉庫こそが第二の官巫院サンガラマの入り口らしい。


その入り口は人のためには開かれていない。

ただモノのために開かれた搬入口。

それが第二の入り口の正体であった。


シャーキが扉を叩く。


瞬間、扉は軋む音も立てずに開いていく。


私は倉庫の中を見て、唖然とした。


全てが金貨数枚に相当する財宝の数々。

西方風のグラスや食器、東方の絹織物。


私はここ一番の衝撃を受けた。


「これを托鉢無しで受け取ったと、、、?」

私はシャーキに尋ねた。


「ええ、全て献納品でございます。当院は北方最大の権威たる祭殿を持っていますので」

私はここの官巫院の規模を舐めてかかっていた。

いくら多神教に帰依しない身であったとしても、これほどの権威なら耳にも入れておくべきだった。


アムリタはつまらなそうにお宝を一瞥する。

「ふーん。これで全部ねえ、、、」


シャーキのこめかみに皺が入るのが見えた。


「これでもまだ一部ですよ。私どもの倉庫は5つ、そのうちの2つはこの下部、修道院に管理が任されているのです。もう一方はお見せできませ...」

「別にいいわよ。興味ないし」

(そんなに悪態つくなよ。後が怖いだろ......)


「まあまあ」

サーティーが仲裁に入った。(良い子だなあ)

「私達の事情が分かった所で、一旦客間にお戻りになって貰いましょう」

「これから何かあるのか?」

雨乞あまご...」「祈祷の時間にございます」


シャーキがサーティーの言葉を遮った。


「はあ、」

私は良い機会だと思い、シャーキに一つ尋ねた。

「最後に一つだけ質問させてもらえるか?」

「もちろん」

「シャーキ、サーティーが虐められている。巫女長なんだろう。彼女たちを止めてくれないか?」


シャーキは答えあぐねている。

サーティーは哀しそうな顔をする。


「私はここに残ります。サーティー、先に祭殿へ行っておいて下さい」

「...わかりました。それでは、ごきげんよう」


サーティーはその憂いを湛えた顔を崩さないまま、一礼して部屋から出ていった。


「私からあの巫女にしてやれることは、もうほとんど無いのです」

冷たい顔。

シャーキのその凛々しい眉に込められた力は私の感じることのできるところにあった。


「だからなんだって言うんだ。イジメを放って置くつもりか?」

「部外者の貴方にそこまで言われる筋合いはありません。第一、あの瞳を見れば、あの巫女の恐ろしさなんて見て取れるというのに」

「瞳?」

私はその透き通った蒼の瞳を思い出した。アムリタの森の碧とは違う、空の蒼。

「あの蒼い瞳がどうかしたのか?」

「凶兆なのよ」

「え?」

「蒼玉は多神教を信じる者にとって凶兆の象徴なの。卿にとっては吉兆だったのかも知れないけど」

(たしかに、僧院での仲間は蒼玉を大事にする者も多かったな。)


「あのサーティーの母親は生前、ここで巫女をしていました。それはそれは、敬虔な巫女でした。原始経典の教えに従い、一切の肉を食べなかったと記憶しております。しかし、一度だけ間違いを犯してしまったのです。西方からの旅人と不純こいに堕ち、その腹に子を宿してしまったのです」

「それが、サーティーというわけね」

「娘が生まれて間もなく、彼女はブラハマンの命によって処刑されました。人望も厚く、優しいお方でしたので、処刑の日には皆、えんえんと泣いていた次第です。そして私達は心に誓いました。彼女を堕とした西方人を決して許しはしまいと。そしてその娘も許すまいと」

「そんな、、サーティーに罪は無いだろう?」

「話はまだ終わっていません。それにこれは昔話です。私がまだ小さかった頃のお話です。サーティーが幼年期に受けた仕打ちはそれは酷いものでしたが、ここで触れることではありません。そうしたことをしていた奥方は皆、既にご逝去なされています」

「サーティーの問題点はもっと根本的な部分にあったのです。母親の代から築かれたカルマ、それを抑えることが、奥方の仕打ちの目的だったのです」


カルマ


耳障りな言葉だった。

胸騒ぎがした。

(良くない言葉だ。)


「まさか、卿様、業をお知りでなくて?」


(そう繰り返さないでくれ。)



倉庫のものがカタカタと音を立て始める。


「私達は長らく、この現象をどう説明しようか、悩んでいました」


外では雷が鳴る。シャーキは続ける。


「近隣地域、いや近年はこの地域インダスターン全域に迷惑がかかるまでにそれは成長してしまいました」


恐ろしく嫌な予感。未来は刻一刻と現実に近づいていく。


「あの巫女を止めるものは、今やどこにもないのです」


大地が唸る。山が唸る。

空が唸る。雨が唸る。風が唸る。



近日のスコールの正体、それを暗示する言葉。


「さあ、卿様。貴方様のお力添えでどうかサーティーを救ってやって下さい」


その高圧的な態度はどこからどう見ても、人にモノを頼むときの態度ではなかった。

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