第20話

「僕らの目指す先は真の生、『ナーリン』にある。そのナーリンへの到達の道もまた、『ナーリン』なんだ。つまりこの4字の概念は人の認識を遥かに超えた、超時間的な概念なのさ」


「お前のさっきから度々たびたび口にする、上様かみさまというのは何者だ?そいつがお前らの親玉なのか?」


イスマイルの顔が引き


「お前!軽々しく、上様かみさまと口にするな!」


私は予想外の反応に、關刀なぎなたを構え直した。草むらも少し動いたことに私は気がつく。

(まだまだ、敵は隠れているのか、、、)


「取り乱して悪かった...謝らせてほしい」


イスマイルの言葉を聞いて、私は關刀を下段に下ろした。


上様かみさまこそが、ナーリンの初めての到達者なんだ。上様は僕ら賤民にナーリンへの道をお与えになられた。僕はこれまでこの道に沿ってきたまでだ。ナーリンを前にしては、どんな人の悪行も許される。それが真の生というものなんだ」


私の心に怒りが湧いた。鎮めようとしても収まってはくれない。


「それは無茶苦茶だ。そんなあるかも分からないもんで、正当化される強盗なんかがあってたまるか」


「そんなことは君の視野が狭いから言えることなんだ。自分が何のために生きているのか、僧なんだったら、答えられるだろう。人のために生きられる人なんかいないんだ。自分のため、全ては自分のためなんだ。道を与えてくれた上様のためでもない、自分のためなんだ」


(ついていけない。)


「それなら俺たちを襲ったのだって、その道が示してくれた通りのことをしたまでということか?」

私は早く話を切り上げたかった。この状況で戦いを始めるのは得策ではない。

こういった議論の場は、白熱したときに一気に片付けてしまうのが良いものだ。喧嘩でも始まってしまえば、後はもうない。


「あの怪物は、、、ナーリンの破壊者だ。僕らから全てを奪ってしまう危険因子。それがあの怪物の正体だ」


(そんなつまらないことを言うためだけに、ここに来たのか、、、)


「お前らがなんと言おうと、俺がアムリタから離れることはない。早く帰ってくれ。無理というのなら、少なくとも俺の視界からは出て行ってくれ」


「ああ、わかったよ。それが君の答えというのならば、仕方がない。僕らの来た目的にも気づいたみたいだしね。ここからはもう君の自己責任ってことになるよ」


イスマイルが来た目的、それはわかりきったことだった。「アムリタから早く離れろ」、そんな警告を私に伝えに来ただけだったのだ。



「最後に一つだけ教えてあげるよ。君たちはこの道を真っすぐ行けばいい。そうすれば、怪物の故郷にはたどり着くだろうね。そして約束しよう。もう我々が君たちを襲うことはない。君のおかげで変わりそうだったものが、まさに今、君のせいでまた元に戻ってしまったんだ」


生意気な笑みを浮かべながらイスマイルは去った。私はアムリタのもとに急いで戻った。


アムリタは私に微笑みかけている。先程の様子の一部始終を見守っていたのだろう。

「ありがとう、卿」

月の光に揺れる彼女の繊麗な顔。

私はなめらかな腰回りに手を回し、アムリタをひしと抱きしめた。


暖かい、森艶の香りが私の嗅覚を支配した。


心中、冥夜の静けさの中で、私はみどりの麗女をただひたすらに見つめ続けていた。

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