官巫院編

第16話

七年も昔の思い出に身を馳せていた自分がいた。目の前に開かれた讃歌の行は一切進んでいない。私は意識がはっきりしないまま、おもむろに外の方へ寄って行った。賑わう朝の市場の様子に心が和む。今日になって、まだ一切の仕事に手を付けていない自分がいることに気が付きながらも、私はこうして時間に身を任せて生きていくことを選んでしまう。


ふと思い立って讃歌の前に立ち戻る。


『意志の乙女は加羅陀カラッダの地に眠り、その目覚めを待つ。

百年、千年、その無限の時間ときを死へと向かう。

朝陽を迎えた秘石の祭壇に聖者は集い、夕冥の詩を捧ぐ。』


讃歌の一部を読み、再び感慨に浸る。


私は立ち上がった。一度ため息を付いて手を胸の高さまで上げる。




《我が刃よ、来たれ》



手に力を添え、明確に關刀なぎなたの軌道をイメージする。



イメージを現実に重ねる。因果の流れを汲む。



關刀は自ずから私の手中に訪れた。



私は子供のような笑顔を顔いっぱいに浮かべていたことだろう。

アムリタとの約束を私は忘れることなどできない。


この禁じられた『ごう』の力さえ、私という僧は打ち捨てることなどできないのだから。



私は關刀を力任せに振ってみた。

腕はもう痛まない、日々の修練が実りをなしていることの証明である。


關刀を置いてから、もう一度溜息を吐いた。

(今の私は空虚だ。こんな日々の繰り返しでしか無い。)


ナーガルモンの街を見下ろしながら、私はアムリタとの旅の日々を思い出すことにした。

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