第15話

「卿、話せる秘密と、話してはいけない秘密っていうものがあるの」


血のベッタリとついた顔が私に語りかける。


「その秘密を話してしまうと、卿はどうしようもなくなってしまうの」


アムリタの妖艶な唇が動いている。


「さあ、聞きたいなんて言わないでよね」



私は何もできなかったし、何もしなかった。

ただそこにいるアムリタを見つめることが、私にできる精一杯だった。


アムリタは腰を上げた。

そのまま部屋から出ていこうとする。


私の声が震える。

「俺に何ができるんだ」

「私が帰るべき場所を探し当ててくれたら、それでいいのよ」

まだ震えている。

「もう、すぐにでもこの街を出る必要に迫られているんだな」

「そうね、一刻も早く出なくちゃいけないわ。さっきも言ったでしょう」


「俺はお前みたいに人を殺せない。これでも僧の身なんだ...」

「卿が殺す必要はないわ。そういうことは私の方が得意に決まっているもの...」


緑の乙女の儚い横顔を見る。


「...いいさ。俺の決心は揺るがない。行こう、お前の帰る場所へ」




私達はそれぞれ準備をすることになった。

アムリタの言うところによると、は人目につくところや神聖な場所では襲いかかることは無いとのことらしい。


私は一先ず僧院に戻ることにした。

私は服にもなるような、大きな布に水筒と關刀なぎなたを包んで入れる。

それを背負い込んで、陽潜の部屋を尋ねる。



「老師!ご無事でしたか...?今しがたアーシャ様から伝言が来たところでして、かなり心配していたところです。...すみません、使いの者に老師を探すよう頼んでしまいました」

「すまない、心配を掛けたな。そんなことで謝らなくてもいいよ」

「...失礼ですが、そのお荷物は?」


「少し留守にすることになる」

「そんな!やはりあの妖魔の女にしてやられたのですか?」

私は彼のオーバーな表現に少し笑った。

「『妖魔の女』なんて、、そんな言葉をどこで覚えたのかな?私の一番弟子くん?」

「...失礼しました、以後言葉選びには気をつけます。でも、あの女はいけません。悪い気を持っています」


私は返す返事が頭に出て来なかった。確かに個の目で見たのである。アムリタのけがれに触れるその手を。


「私がなんと言おうと行かれるのですね」

陽潜は涙も流れるような潤んだ目で私に言った。目を見れば、彼から私がどれほどまでに信頼されてきたかが見て取れた。


「すまないね。ちょっとした仕事なんだ。済んだらすぐ戻ってくるさ」

「...二つだけ、約束をお願いできますか?」


「何だ?言ってみなさい」


「決して人を殺め《あや》めないでください。それと、ご自身をようなことも...」


「そんなことはわかっているよ。君のように私を思ってくれる弟子が付いてくれて本当に良かった」




私達はアーシャの宿屋の前で集合した。

少し早く着いてしまったようだ。アムリタはまだ来ていない。


「大丈夫だった、礼明リーミン?」

アーシャが声を掛けてくれた。

「ああ」

私はアーシャの顔を見てから建物の3階部分を見上げた。

大きな穴が空いている。

アーシャに肩を強く叩かれた。

「気にしないでいいってことよ!事情があったみたいだし。アムリタちゃんは今はお着替え中よ」

「でも」

「あんたには恩があるし。建物の壁も古くなってたから」


燦々という言葉が似つかわしい笑顔で言われれば、私は何も言い返せなくなる。

この街でこんなにも優しい姉貴肌に出会えた。前世からの宿縁というものを一層信じたくもなる。


「卿ー!」


アムリタがやってきた。出会い頭に思いっきり抱きついて来る。さっきまでの哀愁はどこかに忘れて来たようだ。

(おい、胸、僧に対してぐらい自重しろ。)


今朝見たような2枚の布を体に巻いた簡単な服装だった。首には布包を提げている。


「それじゃあ、行こうか」


夕暮れが街を夜に沈める。

仏塔ストゥーパはいつまでも私達を見続けてくれている。


街の門にたどり着いた。




私達は夕陽に背を向けて、その一歩を踏み出した。

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