第11話 五年前の事件
翌朝、ディアは寝不足でぐったりしていた。
昨日は早くに休ませてもらって、美味しいご飯も食べてせっかく元気を取り戻していたというのに、夜中の騒ぎがあったせいでその後よく眠れなかったのだ。シオンとソロが部屋を変わってくれたし、隣にはリザがいた。それでも見知らぬ誰かの手が触れてきた時の、あの嫌悪感と恐怖はどうしたって拭えなかった。
リザもまた疲れた顔をしていたけれど、彼女はあくまで気丈にふるまっていた。
街の自警団に届け出をしに行くと言うので、シオンが付き添うことを申し出た。その間、ディアはソロと一緒に留守番をすることになった。
朝食を食べ、支度を済ませてリザとシオンは出かけた。
「すみません、面倒ごとに付き合わせてしまって」
「一宿一飯の恩義ってやつですよ。それに昨夜のこともあるしリザさん一人で動かない方がいいと思うんで」
街に着くと、さっそく自警団の詰所に向かう。
昨夜の出来事を伝えると、盗まれたものはないかだの賊の特徴はどうだったかだの色々聞かれて、それから書類を何枚か書いて提出した。
暗闇の中、知り得たことは大柄な男ということのみ。顔も他の特徴もわからないとなると、その賊を特定することは難しいだろうと、窓口の職員は淡々とどこまでも事務的な態度でそう言った。
詰所を出たところで、リザに声を掛ける者があった。
「おやリザさんと、そちらの方はどなたでしたかな?」
昨日リザの家に来ていたクレバールという名の男だった。
「この人は昨日お話したお客様です」
「そうでしたか。しかしまさかこのようなところでお会いするとは。何かあったのですか?」
「ええ少し、でももう用は済みましたから」
そっけなく返して立ち去ろうとするリザだったが、クレバールは喋り続ける。
「よもやまた賊に入られたのではありますまいな」
リザが足を止めて振り返る。クレバールは笑っていた。
シオンが言う。
「クレバールさんと言いましたね。なぜあなたがそのことを?」
「おや、冗談のつもりでしたが当たっていたのですか。やはりあのような場所で、女性の一人暮らしというのは良くありませんね」
「お心遣いありがとうございます。でも私、今はあの家を手放すつもりも、嫁ぐ気もありませんから」
強気に言い放つリザに、クレバールは尚も食い下がる。
「そうそう、今夜モルセゴ様との見合いの席をご用意する予定でね。もちろん来ていただけますね?」
「クレバールさん、私は」
「リザさん、あなた立場をよく考えてください」
クレバールはやれやれと肩をすくめて、リザの前に立つ。
「あなたの家の借金、まだ半分以上も残っているんですよ? 今それを全て、利息もつけてきっちりお返しいただけるというなら私も無茶は言いますまい。でも、それができないのでしょう? ねえリザさん、賢くおなりなさいな」
リザは唇を引き結び、黙って俯いている。そんな彼女の様子を眺めながら、クレバールは続けた。
「今夜、火の時刻に私の店にいらしてください。わかりましたね?」
クレバールの言葉は丁寧で柔らかいものだったが、言っていること自体は殆ど脅しだ。返答は聞くまでもないというように、クレバールは背を向ける。丸い体を左右に揺らしながら去っていくのを見つめ、シオンがぼそっと呟く。
「においますね」
「え?」
隣でリザが聞きとがめて、顔を上げる。
「リザさんすみません、ここでしばらく待っててもらっていいですか?」
言い置いて、シオンはクレバールに気づかれないよう彼の後を追いかけた。
クレバールは少し歩いた先で脇道に入っていく。人通りのない建物の裏には、男が一人壁にもたれかかって立っていた。人相の悪いその男はクレバールが来るのを待っていたようだった。
男と話すクレバールの声に耳を澄ませる。
「全く。おまえさんから失敗したと聞いた時にはどうしようかと思ったけど、これでどうにかなりそうだよ」
「へっへ、すいませんねえ旦那」
「私としてはあの娘があの家を立ち退いてくれればそれで構わないんだが、領主様が娘にご執心ということでね。けどこれがまた頑固な娘でどうにもならないもんだから、ちょっと強引な手を使おうとしたらこれだ」
「何せ女が一人住まいだって聞いてたもんで。ベッドに二人いるのを見た時はそりゃびっくりでさ」
「昼間行った時に、客が来ているとは聞いてたけどね。まさか泊めてただなんて私も知らなかったんだよ」
「それより旦那、あのボロ家に一体何があるんです? 大した価値があるようには見えませんがねえ」
「家に価値なんてないさ。さあさこれ以上の余計な詮索はお断りだよ」
「まいどどうも」
男に何か、恐らく金を握らせてクレバールは裏口らしき扉から建物に入っていった。
シオンは歩きながら考える。
リザにあの家を立ち退いてもらうことが目的なのだと、クレバールは言っていた。
だが同時にあの家自体には価値はないとも。
そうなると狙いは土地ということになるが、街から外れて周辺に何かあるわけでもないあの場所にまた利用価値があるとも思えなかった。
リザの元に戻ると、彼女は自警団の制服を纏った若者と歓談していた。
「お待たせしました、リザさん」
「あ、シオンさん。こちらは自警団の団員の方で」
シオンに気づくと、若者は帽子をとって頭を下げた。
「ルトラと言います。リザさんよりお話は伺っています、旅のお方でリザさんを助けてくださったのだと」
まだ入団したばかりなのだろうか不慣れな雰囲気はあるものの、すがしい様子の青年にシオンは微笑む。
「いやいや俺たちの方こそリザさんに助けてもらいましてね。近くで仲間の具合が悪くなって困ってたところ、彼女が通りかかって声をかけてくれて」
「そうだったんですね。あ、すみません。そろそろおれ休憩時間が終わるので仕事に戻らないとなんですが……」
何か言いたそうにちらちらとリザを見やる青年に、シオンは察して手を上げる。
「あ、リザさんのことなら俺が責任もって送り届けますのでご安心を」
「そ、そうですか。ではあの、宜しくお願いします!」
あわただしく走り去る青年を見送って、リザはシオンを見上げる。
「それでシオンさん、用は済んだんですか?」
「ええ、いや、そうだリザさん。少し聞いても構いませんか?」
「はい」
「あの家にはいつから住んでるんです?」
「ええと、五年ほど前だったかしら? 引っ越してきたんです。前は王都に住んでて、最初は本当に古い小屋が一つあるだけで、今のあの家は職人だった父が建ててくれたものなんです」
「どうしてわざわざ王都から?」
職人なら尚更人の集まる王都の方が仕事が多いだろうに。
そう思ってシオンは問いを重ねた。
「当時ラトメリア王都では物騒な事件が頻発してて、それで引っ越そうってことになったと思います。確か何とかって盗賊団がいて、それが随分ひどい手口で。それで………そうだわ、確かうちの近くに住んでた子が誘拐されたのよ、それでこんな危険なところにはもういられないって……」
「なるほど、盗賊団ですか。そのことについて詳しくわかる人っていますかね?」
「王都でのことなのでどうかわかりませんが、自警団なら何か記録が残ってるかもしれませんね」
シオンとリザは少し前に出てきたばかりの詰所に戻って、窓口で尋ねてみると、まだ年若い職員は一旦奥の部屋に引っ込んで年配の職員を連れてきた。
その職員は昔王都に住んでいたらしく、詳しい事情を知っていた。
「盗賊団はジャオランって名でな、そりゃあひでぇ奴らだったよ」
言って、年配の職員は古びて黄ばんだ紙を何枚か見せてくれた。
それらの紙には盗賊団が起こしたいくつかの強盗事件についての詳細、行方不明の少女の情報について記されていた。ざっと見ただけでも事件の数は十件以上ある。被害は相当なものと思われた。
「入った家の人間は皆殺し、おまけに証拠を残さないためか最後に火まで放つってのが奴らのやり口だった。おまけにそれだけじゃ飽き足らず、今度は奴ら年頃の娘を攫うようになった。恐らくどっかよその国で売り飛ばしたりでもしてたんだろうよ。物騒な事件が続く中、もちろんラトメリア王も黙っちゃいなかった。城の兵達を集めて本格的に盗賊団捕縛に乗り出したんだ」
「捕まったんですか?」
「ああ、見事奴らの根城を探しだしてな。首領を含めた以下三十名の賊は縛り首の刑に処された」
シオンはカウンターの上に広げられた記事を眺めながら唸る。
「一つどうしても解せないんですが、これだけ見ても被害は随分な件数じゃないですか。どうして国王陛下はここまで見過ごしておられたんでしょうか?」
「いや、陛下も別に見過ごしてたわけじゃねえ。ただ最初にその任についたのがなあ……」
年配の職員はそれまで饒舌に喋っていたというのに、急に歯切れが悪くなる。
なんです?とシオンが身を乗り出し、職員は耳を貸せと指を動かした。
「最初に盗賊団捕縛の任についたのが今のこの街のご領主、モルセゴ様でな。これが頼りねぇ男で毎度毎度まんまと逃げられて、そんでとうとうその任から外されちまったってわけだ」
「なるほど、それで地方に飛ばされたと……ところで盗賊団が盗んだお金って相当なものだと思うんですけど」
「それがよ、未だに見つかってねえんだこれが。これだけの大金そうそう使い切れるもんじゃねえだろ? 恐らくどこかに隠したんだろうとは思うんだが」
「因みにその盗賊団の根城ってどのあたりですか?」
「行ったところで無駄だぜ。国の奴らが総出で探して見つからなかったんだからよ」
そう言いつつも職員は地図を広げて、指で示してくれる。
指先にあるのは王都ルアランよりも北にある小さな岩山だ。
「この岩山の西側に洞窟の入り口があってな。中は結構な広さらしいぜ」
礼を言って詰所を後にする。
扉を出たところでシオンは足を止めて、何か考え込み、それから言った。
「リザさんすみません。もう一か所だけ寄り道しても構いませんか?」
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