第7話
子供たちの見送りが終わり一段落した午前九時、神山京香は休憩所に設けられたソファーの上に腰を下ろす。
安物だからだろう、座り心地はあまり良くなく鉄の硬い感触が伝わってくる。
これ本当にクッション入ってるのだろうか?
そんな疑問がふとわき、どうでもいいかと直ぐに思考の外に追いやる。
「はぁー」
出るのは深い溜息、最近どうも疲れがたまっているらしい。
例の事件で沈んでいる子供たちを少しでも不安がらせないように空元気を続けていたせいかもしれない。
院長が亡くなったあの事件から1ヶ月の日々が流れた。
テレビではもうあの事件のことはほとんど報道されていない。
ああやっていろんなことが忘れされていくんだろう。
時実早子という人間がいたことも。
月日というのは本当に残酷で人間というのはどこまでも酷いということを私は身をもって経験した。
淡々と過ぎた日々により子供たちも外見上は元気を取り戻していき私自身もあの時ほどの悲しみは胸にもうない。
それが少し悲しくもあった。
院長がどんどんみんなの中から消えていくという現実が。
子供たちの幸せを考えればその方がいいのだろうけど。
「なんだか、やるせないな」
結局、あの事件は時実泰三の蛮行に耐えかねた母、時実早子の犯行ということでかたがついた。
発表当時はそれが信じられなかったけど、ニュースなどでどんどん新しい情報が入るたびにこれが現実なのだと抗えない真相を叩きつけられて結局私たちは一ヶ月もせず院長が犯人だったという結果に納得してしまった。
「ひどいな私」
「何がひどいんですか?」
不意に声をかけられた。
「あっ、鳩山くん」
いつの間に来たのだろうか、鳩山静希は静かに微笑みながら私の前方のソファーに腰掛けていた。
「あって、気づかなかったの?僕が来ていることに」
「ごめんぼーっとしてて」
「疲れてるんじゃない?神山さん働きっぱなしだし」
「かもね」
私のその返答に鳩山くんは少し不満そうな表情をした。
鳩山静希は私がこの院に勤め始めたのと同時期にここへ来た男性職員だった。
「僕は幼少時親に捨てられました。そのことでふさぎこんでしまった僕は施設の中でもなかなか溶け込めずにいました。けれどそんな僕に毎日話しかけた少女がいました彼女の笑顔に僕は救われ今の僕があるんです。今度は僕が彼女の笑顔のように子供たちの支えになりたいと思いここを希望しました」
それが彼の自己紹介での言葉だった。
いきなりそこまで暴露するか?
とも思ったけどそれが彼の人なりなんだろう、熱意のこもったいい挨拶だ、きっといい人だ。
それが彼の第一印象だった。
実際彼は第一印象の通り仕事には真面目で誰よりも率先して子供たちの輪に入ろうとしていた。
しかし努力の分だけ見返りがあるとは限らないように彼が仕事熱心なのと子供達ウケがいいかというのは別問題だった。
むしろその熱意が災いしたのだと思う、彼の苛烈な愛情が子供たちにはどうにも受け入れがたかったのだろう。
彼には悪いけどそれは私からすれば大の大人が子供相手にあたふたする姿は少し微笑ましくもあった。
それ以降彼に対して好感を持った私は積極的に話しかけていき今では彼の相談役みたいな位置に付いていた。
けど今日はどうやら立場が逆のようだ。
「それはいけないな。どうだい?少し休暇を取るなんてのは」
「馬鹿言わないでいまここにそんな余裕無いでしょ。あの子達が今どんな気持ちか。私たちがしっかりしなきゃ」
「あんまり気の張り詰め過ぎもどうかと思うよ。それで体を壊したんじゃ本末転倒だしね。あっそうだ、体の疲れがとれないならせめて心の疲れだけでもとるってのはどう?」
「なにそれ?」
鳩山のよくわからない言葉に京香は眉間に皺を寄せた。
少しイラついてるせいか言葉に刺があった。
どうやら自分は本当に疲れているらしい、京香は改めて自覚した。
「ほら、これなんてどうかな僕は結構和むけど」
そう言いながら鳩山は京香の前に自身の携帯の画面を向けた。
そこには幼い少女が写っていた年齢はせいぜい五、六才だろう。
白いシャツにポニーテールという清楚な格好をした少女がこちらに向かってピースサインをしていた。
「わぁ、可愛い」
素直な感想が漏れた。
「この娘誰です?」
「うん。近所の子でね。人懐っこくて僕になついてくれる数少ない子供さ。お兄ちゃーんなんて言ってくれて。ものすごく嬉しかった」
鳩山ははにかみながら嬉しそうにする。
「へぇーそれで写真を?」
「うん。親御さんに頼んで一枚だけ撮らしてもらったんだ。今じゃ僕の元気の源」
「ふふっ、ホント子供が好きなのね」
「じゃなきゃこの仕事はやってないよ」
「それもそうね。私もそうだった。うん、なんかやる気出てきたぞー!!」
胸の前でガッツポーズを撮り立ち上がる京香。
鳩山は驚き目を見開いた。
「やる気って、僕は休んだほうがいいって話をしたんだけど」
「うんん、やっぱり働かないとこれが私の仕事なんだし、落ち込んでなんかいられないよ。それに私も鳩山くんと同じで子供たちの笑顔が元気の源だからね」
『元気、元気』そんな事を呟きながら彼女は休憩所を後にしていった。
「本当に大丈夫なんだろうか?」
そう呟きながら鳩山は自身の携帯に目をやる。
今年買い換えたばかりの新品、カラーが紺なので傷や汚れが目立ちやすく扱いにはひときわ気をつけている品だ。
まぁ、理由はそれだけではないのだが。
「やっぱり、安易に見せるべきじゃなかったかな?」
鳩山は自らの携帯電話のデータフォルダーを開く。
そこには何百という幼い少女たちの画像が保存されていた。
それらは、彼自身が撮ったものもあるがそのほとんどがネットの画像検索にて保存されたものだった。
鳩山はその画像たちを見て恍惚の笑みを浮かべる。
「本当に可愛いな」
これが誰も知らない鳩山静希の隠された側面。
彼は極度のロリータ・コンプレックスであった。
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