第12話

 物が増えすぎるのも置き場所に困るし移動も大変だ。ということで段々増えそうになっていったプランターの整理をすることにした。薬草の種類が多ければ多いほど色んな効能がある薬を作ることはできるけれど、でも私は未だに居候の身、無駄に物を増やすわけにもいかない。

 そう思って空いたプランターを庭師の人のところへ少しずつ運ぶ。どうやらダリルが準備してくれていたプランターは別の中庭で使わなくなったものだったようだ。私の頼みで無駄に買い揃えたわけではなかったことにそっと息を吐き出しつつ、元の仕舞い込んでいた場所へと運び込んだ。途中ラナが手伝うと言ってくれたけれど、綺麗にしたとはいえきっと運んでいる最中に泥がついてしまう。彼女のメイド服を汚すわけにはいかないとやんわり断れば、代わりに美味しいお菓子を準備して待っていますと満面の笑みで言われてしまった。どうやらラナは甘いものが大好物のようだ。

「やぁお嬢ちゃん、それで終いか?」

「はい。お邪魔しました」

「いいっていいって。言ってくれれば俺たちも手伝ったものの」

「お仕事のお邪魔をするわけにはいきませんから」

「細けぇことは気にしなくていいんだよ」

 庭師の方々は大らかな人が多く、こうして気軽に声をかけてくれる。前に私が手伝ったときも文句を言うこともなければ、逆に色んなものを頂いてしまったなと改めて思う。令嬢を騙すために庭師の仕事をしていたのだけれど、彼らは飴やクッキーなどよくくれていたのだ。最初こそは私を小さな子どもと勘違いしているのか、とは思ったけれど。にこにこと笑顔で渡してくるものだから断るのも気が引けて、結局そのままもらってラナと二人で分けたときもあった。

「よし、これで最後」

 最後の一つを運び終えて汗を軍手で拭う。ラナがいたら悲鳴を上げてしまいそうな所作よね、と思いつつ私にとっては当たり前のことだったため気にせず流れる汗を拭いた。あとは中庭に戻って、綺麗に整えるだけだと歩き出したと同時に物陰から一人の人物が現れ互いに動きを止めた。

「これは……ロザリア様」

「こんにちは、オニキス様」

「私にそのような『様』など付けなくて結構です。オニキス、とお呼びください」

「ではオニキスさん」

 つい先日あのやり取りがあったわりには、彼は私との会話に別に気負ってはいない。自然体で表情もリラックスしている。これが本来の彼なのねと思いつつ、「実は」と話を切り出した彼に首を傾げた。

「昨日、訓練中に怪我をしてしまいロザリア様の薬を使わせて頂きました。かなりの効き目で、とても助かりました。ありがとうございます」

「いいえ、お役に立てたようでよかったです」

 当り障りのない会話にお互い軽く頭を下げつつ、これで終わりだろうかと歩き出せばなぜか彼も一緒に歩き出す。何をしていたのかを聞かれプランターの移動をしていたのだと正直に告げると、声をかけてくれれば手伝ったという言葉に僅かに首を傾げた。もしかしたらダリルに何か言われたのかもしれない。そこまでする必要はないとやんわりと断れば力仕事には慣れているからとまた返ってくる。

「私を疎ましく思っていたのでは」

 歯に衣着せぬまま正直に口にすれば、彼は一度動きを止めすぐに「申し訳ありません」と頭を下げてきた。

「ロザリア様のことをよく知らず口にするべきではありませんでした」

「そんなことありません。至極真っ当なことを言ったまでですから」

「……私から、一つよろしいでしょうか」

「なんでしょう」

 同じような言葉をつい先日聞いばかりだ、今度は一体なんだろうかと立ち止まりオニキスに視線を向ける。

「……ご自愛ください」

「はい?」

「騎士は人を守るためのものです。だというのに護衛対象が危険を顧みず身を挺するなど、やるせません」

「ああ……」

 確かに守ろうとしていた人物にそれとは真逆なことをされてしまったら堪ったものではない。単純に彼らの労力と苦労が増えるのだ。騎士たちの前であんなことをするべきではないな、と頷くと彼は苦笑して「なるほど」と小さくつぶやいた。

 一体何に対して納得したのか、首を傾げても彼は苦笑しか返さない。ただダリルが言っていたことがよくわかったと言うだけだった。ダリルは一体彼に何を言ったのだろうか。

「……傷薬が足りなくなったらいつでも言ってください。すぐに作りますから」

「すぐに作れるものなんでしょうか?」

「ええ、ダリルがそれだけ中庭を整えてくれていたので」

 精霊たちがいるので、という言葉を口にするにはまだ早い。彼の上司である騎士団長はダリルから知らされているとはいえ、今は隠せれるものなら隠していたほうがいいだろう。緑の少ないミニエラ国でどうやって薬草に対しての知識を蓄えることができたのかという質問に、本で学びましたと適当に返した。こちらも本ではなく精霊たちに学んだため正直に口にすることができない。

「あー! スワード様! またロザリア様に何かしようと?!」

 大きな声と共にバタバタと駆け寄ってくる足音。振り向くと同時に私の腕は息切れをしているラナの手に取られた。

「……違う。中庭まで送ろうとしていただけだ」

「ロザリア様! 何もされなかったでしょうか?!」

「ええ、本当にお喋りをしていただけよ。ですよね? オニキスさん」

「そうです」

「……ロザリア様が、そうおっしゃるのであれば……いいですけど」

 納得してはいないけれど渋々といった様子でラナはそっと私の腕を放した。というか彼は私を送るために一緒に歩いていたのだとようやく気付いた。別に屋敷内に危険はないけれど、令嬢の件があったため何もないとも言い切れない。

「ありがとうございます」

「いいえ。それでは」

 頭を下げれば彼も会釈し、そしてこの場を去っていく。骨の髄まで騎士なのだろう、律儀な人間だ。オニキスの姿が完全に見えなくなってから「本当に何もされなかったんでしょうか?」と鬼気迫る顔でラナが言ってくるものだから、本当に何もされなかったと肩を軽く上げるしかない。殺意も剣先も向けられず、ただ雑談をしていたに過ぎないのだから。

「ところでラナ、美味しいお菓子は準備したの?」

「はいもちろんです! ロザリア様が食べたいときにいつでもお召し上がりください!」

「汚れを落としてくるから先にいつもの中庭で待っていてもらってもいい?」

「はい!」

 準備するために走っていくラナの背中を見送りつつ、私も一度自分の中庭に入りマチュリーに汚れを洗い流してもらう。少し濡れた服はルーニが風を起こして乾かしてくれて、ランとファルはというと相変わらず楽しそうに中庭を満喫していた。

「ルーニ、ここお願いね」

 中庭から出るときはいつもルーニにこの場を任せてある。一番付き合いが長いせいか、私にはルーニが一番しっかりしているように見えるのだ。マチュリーはマイペースだしランは無邪気、ファルは美しい蝶なのだけれど頭に血が上りやすい。ここで仲良くなったポムは穏やかな老人、というイメージだ。

 中庭を出る前に一度精霊たちの様子を見て、大丈夫だと判断して自室へ向かう。汚れは洗い流してもらったとはいえ汗は掻いてしまっているので着替える必要がある。濡れタオルでサッと拭いて似たような服に着替え、急いでラナが待っている中庭へ向かえば彼女はしっかりと準備を済ませていた。

「お待ちしておりました、ロザリア様」

「ありがとう、ラナ」

「いいえ! これも私の仕事ですので。さっ、食べましょう!」

 ラナと一緒に席に着いて、テーブルに広げられたお菓子に目を向ける。焼き菓子にシフォンケーキ、いい香りのする紅茶。いつもより品数が多いとこぼせば私が食べるだろうとシェフが張り切って作ってくれたそうだ。まぁ、半分以上はラナのお腹の中に入ってしまうのだけれど。

「ラナ、これもどうぞ」

「そ、それはロザリア様のものです! いただくわけには……!」

「ちょっとお腹いっぱいなの。代わりに食べてくれる?」

「くっ……そうおっしゃるのであれば、喜んで……!」

 自分の身体にサッと視線を走らせたラナだけれど、でも目の前の誘惑に勝てなかったようだ。私の分のケーキも口に運び、嬉しそうに顔を綻ばせながら噛み締めるように咀嚼している。いつも思うことだけれど、こうしてお菓子を食べているときのラナは可愛らしい。ついついもっと食べてほしいと自分のを譲りたくなってしまう。

「あ、あの、ロザリア様……私の顔を見て、楽しいですか?」

「え? ああ、ごめんなさい。見過ぎてしまったわね」

「いいえいいんです! た、ただ……とても穏やかに微笑まれているので、つい嬉しくて……」

「微笑ま……?」

 そんな自覚がまったくなかったため、思わず自分の頬に触れる。確かに口角が上がっている。いつの間に、と思っている私の隣でラナは相変わらずお菓子を食べつつもにこにことした笑顔を浮かべていた。

 そうか、私は笑っていたのか。精霊ではなく人に対して。

「そう、ね……ラナが美味しそうに食べているところを見て、可愛らしいなと思っていたの」

「……へっ?! あ、そ、そうなんですか?! あ、そうなんで……えっ?!」

「そんなに驚くこと?」

「いえ、えっと……ロザリア様は、そうですね、はっきりと物事を言うお方でしたね」

 顔を少し赤くしつつはにかみながらクッキーに手を伸ばすラナに、取りやすいようにとお皿を寄せてあげる。お礼を言われて口にクッキーを運んだラナは「それでしたら」と話を続けた。

「ダリル様でしたら、どういうところが好ましいですか?」

「ダリル?」

「はい!」

 それはラナのことが可愛いと思うように、ダリルに対してもそう思うところはあるのかという質問なのだろうか。改めて言われるとどうなのだろうと顎に手を当てて考える。そもそもダリルとラナは性別が違うため、同じところに「可愛い」が当てはまるとは思えない。食事を一緒に取るけれど、だからと言って食べている姿のダリルが可愛く見えたことなどない。

 そもそも男性に可愛いと言って失礼ではないのだろうか、という考えも過ぎったけれど。たった一つだけ、なぜか頭の中にポンと浮かんだ。

「……ダリルの笑顔は、そうね、そう思うかも」

「笑顔ですか! 素晴らしいで、す……? え、ダリル様って、笑うでしょうか?」

「……普段あまり笑う印象はないわね」

「そう、ですよね」

 確かに遠目で見るダリルはあまり笑っているイメージはない。セレネと一緒にいるときは確かに朗らかな表情をしていたけれど、笑っているというよりもリラックスしていると言ったほうがいいか。ラナの指摘になぜ私は彼の笑顔が頭に思い浮かんだのだろうと首を傾げた。

「楽しそうだな」

 いつもどこからともなくやってくるため、突然聞こえてきた声には驚かなくなった。いつも通りに視線を向けた私に対し、ラナはいつまでも同じように身体を跳ねさせるという同じ反応をする。

「菓子か。シェフも張り切って作ったんだな」

「ええ、ありがたいことに。でもあまり入らなくて……」

「無理はしなくていい。食べたいものを食べればいいさ。ところで、何の話をしてたんだ?」

 別に私たちの会話が聞こえていたわけではなく、純粋にそう思ったのだろう。素直に口にしていいかラナの様子を見てみようと思ったのだけれど、ラナはラナでダリルの表情を見て固まっている。どうしたのか、と口にする前にポカンと口を開けていたラナはキュッと閉め何か納得したかのように何度も頷いていた。

「ラナに、貴方のどこか好ましいかって聞かれてたの」

「ほう……? 興味深い話だな。それで?」

「男性に言う言葉ではないけれど、ダリルの笑った顔が可愛らしいと」

 そう言った瞬間、ダリルの顔にわずかに染まりサッと小さく私から視線を逸らした。口元を手で覆い隠し何やら唸っている。と、そこでラナに視線を向ければ彼女も彼女で引き締めようとしている口が耐え切れずプルプルと動いている。一体今はどういう状況なのだろうか。

「やっぱり男性に可愛いだなんて、言うべきじゃないわよね……」

「いや、別に、なんと言うか……君の破壊力は凄まじいな」

「はぁ……?」

「ラナ。今のことは口外するな」

「もちろんでございます! ようございましたねダリル様!」

「君もよかったな。同じようなことを言われたんだろう?」

「はい!」

 二人だけ分かり合っている状況に、ひたすら首を傾げるしかない。ただダリルもラナも、嬉しそうににこにこと笑っているのだからそれでいいかもしれない。

 取りあえず紅茶でも、と口に含めばさっきよりも甘味が広がっているような気がする。いつも精霊たちと一緒にいるけれど、最近ではこういう時間も悪くはないのではないかと思うようになっていた。

 もしかしたら、精霊たちと同じように人を愛することもできるようになるのかもしれない。そういう思いと共に明日はいよいよ約束の一ヶ月後だった。

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