第9話
「これで最後ですか?」
「ええ。お願いします」
「いやぁ、村の人たち大喜びしてますよ? ロザリアさんの作る薬がよーく効くみたいで。運んで行ったらもう人が集まる集まる! こっちも稼げてありがたいです」
「それはよかったわ」
薬がある程度量産できるようになって、以前ダリルが言っていた業者に頼んで以前お世話になった村に運んでもらえるようになっていた。もちろんこの屋敷と村との行き来を考えて、売上の約半分は彼に渡している。最初は流石に貰い過ぎだと彼も渋っていたけれど、別に稼ぐのを目的としていないためそれでお願いした。結果彼がさっき言った通りよく稼げているようだ。
「それじゃ、この薬も大事に運ばせて頂きます!」
「気を付けてね」
「はい!」
荷台に積み込んだ彼を見送って私も中庭へ戻ろうとしたときだった。屋敷内の廊下の向こうからから何やらパタパタと走ってくる音が聞こえる。この音からしてセレネかしら、と思っていると予想通りセレネが何やら慌ただしくこっちに走ってきて私を見た瞬間両手を思いきり左右に振っていた。
「ロザリアロザリア! ちょっと大変、大変よ!」
「何が?」
「また来たのよ! ちょっとこっち来て!」
何が来たというのだろうか。興奮のまま私の腕を引っ張るセレネにされるがまま、ズルズルと引き摺られる。すれ違うメイドや執事は生暖かい目をしていたからこれはきっと通常通りのセレネなのだろう。イマイチまだ屋敷内を把握できていない私はもうどこを歩いているのかわからない。ただセレネが向かった先はエントランスのよく見える二階だった。そしてまるで隠れるかのように身を屈めて前進している。
「……見つかったら駄目なの?」
「面倒事になるから隠れていたほうがいいわ」
なるほど、と私もセレネに習って身を屈める。ただ私のほうが身長が高いせいか彼女のように素早く動くのは難しかった。そうして手すりの間から下の様子を眺める。何やら入り口にきらびやかな衣装に身を包んだ女性が見え、そして何かを叫んでいる。
「わたくしが来たのに出迎えもないのかしら?! ダリル様はどこにいらっしゃるのよ!」
「随分と賑やかな女性ね」
「彼女キャロライナ・カリスタ・オパールっていう令嬢なんだけど、ず~っと前からああやってダリルに言い寄っているのよ!」
下に声が聞こえないようにセレネと会話する。下のほうでは甲高い声で令嬢が執事に責め立てていて、その声は屋敷全体に聞こえるのではと思うほどだった。
でもああやって言い寄る女性が出てくるのは当たり前なのではという考えも頭に過ぎる。ダリルはもう貴族として結婚適齢期を少し過ぎてしまっているのだ。本来ならば結婚してお世継ぎがいてもおかしくはない。それに今騒いでいる女性も化粧で誤魔化してはいるけれど、彼女も若干過ぎてしまっているように見える。それほど一途にダリルのことを想っていたのだろうけれど、という私の考えはセレネによって消された。
「この領地ではダリルが一番優良株なのよ。名誉もかっこいい旦那も欲しくて一生遊んで暮らしたい~! ってことでずっと未婚のままなの。呆れるでしょ」
「すごい執念ね」
「ほんと! その通り!」
セレネが隣で大きく頷いている中、どうやら下のほうで動きがあったようだ。追い返そうとしたけれど令嬢の強引さのほうが強く、そのまま中へ押し切られてしまった。恐らく何度もこの屋敷に足を運んでいるのか、部屋に向かう足取りに迷いがない。私は未だに迷っているんだけど、と思いつつ再びセレネに腕を引かれて同じように移動する。
「ロザリア、こっちこっち」
いくつかの部屋を通り抜けたまにバルコニーに出てまた部屋に戻って。一体この屋敷はどういう造りをしているのと思いつつセレネとはぐれないようについていく。途中メイドに「こちらですよ」と謎の案内もされて行き着いた先は、応接間の隣にある部屋だった。
「ここなら話し声が聞こえるわ」
そう言いながらセレネの耳はピッタリとドアに付いている。これは所謂『盗み聞き』というやつだ。こうやってやるのね、と思いつつ私もセレネほどではないけれどドアに近寄ってみる。
「早くダリル様を呼んで来なさいよ!!」
「本当、よく聞こえる」
「でしょでしょ? さーて、あのご令嬢今日は一体何を要求するのかしら」
応接間にいる間静かに待っていることはせず、ずっと文句を言っている令嬢に疲れないのかしらと思いつつ私たちもその体勢で待っているとガチャリとドアが開く音が聞こえた。するとずっと喧しかった声も途端に静かになる。ご機嫌よう、という声が聞こえて礼儀だけはしっかりしているということだけはわかった。
「事前に連絡もなしにやってくるのは関心しないな、オパール令嬢」
「わたくしは貴方の将来妻となる女ですわよ? ここまで通らせるのは当然ではなくて?」
「前にも言ったが、俺は貴方を妻にする気など更々ない。用件が終わったのであればお帰り願おう」
「ちょっと! いつまでもそうやって素知らぬ振りをするつもり? わたくしを十分焦らしたでしょう? もう良いではないの!!」
基本的に話が伝わらない相手なのだとその短いやり取りだけでわかった。ここはダリルが何を言っても彼女は聞かないフリをし、強引に結婚話に持っていくつもりなのだろう。貴族ってこういうところが本当に大変、とまるで他人事のように彼に同情してしまった。
それからやり取りを続けているけれど彼女はダリルの言葉に納得もしないし帰る素振りもみせない。結婚する、その言葉を貰えない限りは帰るつもりもないのだろう。面倒な相手ね、とこぼせばすごいでしょ、とセレネの嫌そうな顔が返ってきた。
「……しつこい女だ」
「あら、無理矢理に帰らせるつもり? いいわ剣でわたくしを斬ってみせないよ。その場合わたくしに傷を負わせた責任を貴方に取ってもらうわ」
「ローマン、追い出せ」
「承知致しました」
「ちょっとッ!! 汚らわしい手で触らないでちょうだい!」
甲高い叫び声は耳を突き抜け脳まで揺さぶる。思わず両耳を塞いでやり過ごしていると、応接間はさっきよりもずっと騒がしい音。抵抗しているのか、執事長のローマンの声色もドンドン厳しいものになってくる。ふっ、と息を吐き出すと私の近くに現れたのは蝶の姿をしているファル。人差し指で応接間のほうを示した。
「ッ?! 熱いっ! 一体何よ?!」
「茶でもかかったか。暴れるからそうなる。それ以上暴れるなら騎士を呼び寄せるぞ」
「っ……! また来るわっ」
バタバタと走り去る音に、ホッと息を吐き出す声。ああいう人間を相手にすると誰だって疲れるに決まっている。目を合わせたセレネが両肩を上げたものだから私も同じような反応をしようとして、耳を寄せていたドアがいきなりガチャリと開いた。私はともかくドアに張り付いていたセレネの身体が大きく傾き、ぱたりと床に横たわる。
「……相変わらず盗み聞きが好きだな、セレネ。ロザリアまで巻き込んで」
「それより倒れているレディを起こすほうが先じゃないの?」
「大丈夫かしら、セレネ」
「ありがとうロザリア、優しいのね」
倒れているセレネの手を掴み引っ張り上げれば彼女の身体は容易く起き上がる。少し目を丸めて「思ったより力強いのね」とこぼれた言葉に「土の入ったプランターって重いのよ」と返す。服についた埃を払っているセレネの隣で視線を感じ、顔を上げてみれば目が合ったダリルが一度軽くファルのほうへ視線を走らせた。
「ありがとう、助かったよ」
一体何に対してのお礼なのかわからないセレネとローマンは首を傾げているだけだったけれど、私は軽く肩を上げた。いつの間に部屋に、と彼は途中まで言いかけたけれど何せファルは普通の蝶ではない。彼もそれにすぐに気付いて口を噤み微笑みを浮かべただけだった。
ルーニもファルも、他の精霊たちも。普段はわかりやすいように実体があるかのような姿をしているけれど、彼らは自由に姿形を変えられる。ランの場合大地に戻ることもできればオーラの姿のままでいられることもできる。よって、例え扉で行く先を遮られていたとしても精霊たちにとってそれはまったく関係ないのだ。
「さっきのご令嬢、凄まじかったわね」
「……ロザリアにあんな面倒事知られたくはなかったんだがな。まぁ、よくあることだ」
「そうなの?」
「ダリルにとってはよくあることね」
セレネとコソコソと話していると、そんな私たちをみたダリルが目を見張り「いつの間にそんな仲良くなったんだ」とこぼす。一体どのラインで仲良くなった、と言えるのか私にはイマイチわからないのだけれど、セレネがものすごくいい顔で「そうでしょ!」と言っているからきっとそうなのだろう。よくわからないけれど。
それよりもと話を元に戻す。あんなことがよくあると言うことならば、その度に彼は仕事の邪魔をされているということだ。唯でさえ忙しいというのに。最近は少しずつ休める時間も増えたようだけれどでも見聞きした限りまだまだ彼は多忙だ、だというのにお構いなしにあの対応をしなければならないなんて。まさに時間の無駄。
「私にいい考えがあるんだけど」
「いい考え……?」
「ええ」
私も今まで聞いたり見たりしていただけで実際にやったことはない。けれど口で何度言ってもわからないと言うのであれば、態度でわからせてやればいいだけの話だ。
「彼女が社交界にいられないようにすればいいのよ」
「……ロザリア、あなた急に恐ろしいことを言い出すわね。そんな、社交界から追い出すなんてとても難しいことよ? それこそ傷害とか問題起こさない限り……」
「……ロザリア、まさか」
それはとても簡単だ。ダリルと私の仲がそういうものだと思わせればいい。そんな相手がいるとは知らなかった彼女は、さっきのやり取りを聞いた限り逆上しダリルではなく私に危害を加えようとするだろう。ただ私は貴族ではないしパーティーへの参加は難しいけれど、だからと言って他に手がないわけでもない。
そう、彼女はこの屋敷内をよく知っているということはそれなりの頻度で来ているということ。それをうまく利用すればいい。
「大丈夫よ、きっと」
私の言葉にセレネとローマンは戸惑いの色を浮かべ、ダリルは心配げな視線を送ってきた。みんながそんな顔をするようなことは何もない。
なぜなら私には精霊たちがついているのだから。
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