ep1[3/7]

 移動系アビリティ、モーション・ブルー縮地法を使った高速移動で建物から建物を飛び越える。パルクールの要領だ。これは大東京を舞台にしたアーバン・スポーツ、

「お待たせプーさん、」交差点の手前にある巨大な石燈籠の上に着地。カエルのように足をハの字に開いて天辺の宝珠に跨った「なるほどねえ」

 交差点の中央で繰り広げられているのは三対一の格闘戦。ナイトプールを取り囲む、黒いジュラバアウターローブにフード付きのタクティカルギア——例によってすっぽりと被り——顔には赤い瞳のガスマスクを装着した人影、

 クリーナー掃除屋

 警視庁サイバー犯罪対策チームが組織した対イルミナシオン取締り部隊だ。個々の練度、連携プレーの点においてはそこらのハイエナとはレベチ。ネオ・ジオカランビットナイフを巧みに使い熟し、近接戦を得意としている連中だ。

「今、そっち行くねっ」

 幸いにも僕はまだ気付かれていなかった。強襲から、まずは一体を確実に仕留める。

ブギー・ブッシュ瞬間移動

 瞬間に、身体が鋭利なアイスピックで突いた氷塊のようにハジけ飛び、その一粒一粒がデジタル数字となって宙に溶ける。指定位置で瞬時に復元される。咄嗟に振り返っていたらしい最後方のクリーナー掃除屋に飛び付き、勢いのまま押し倒してハイマウントを取った。

「どしたの? かかって来いよ」

 相手は万歳みたく伸ばした右腕で頸動脈を掻く様にネオ・ジオカランビットナイフを振った。悪足掻きだ。顎を引いて避け、ナイフを持った腕を取り袈裟固めのように抱え込む。こうして全ての反撃の手段を奪ったところで、ホルスターからD2Eウッズマンを抜き銃口を額に押し当てる。ソードオフ・カスタムの施された短い銃身でゴリッと眉間を捻り、

「コレ よくない? よくない コレ?」

 ガン、という銃声がクリーナー掃除屋の脳天を撃ち抜いた。

「おせーよブギー」「いや速いよ」ゆっくりと立ち上がり、視界に残りのクリーナー掃除屋を認めた。二対二、フェアな状況、

「警官殺しって罪重ーい。こわいこわーい」ひらひらと手を振って挑発する。クリーナー掃除屋が警察チームである事は名言されていない。何故ならイルミナシオンは「存在しないもの」だからだ。法治国家の屁理屈。存在が認めれない物を裁くことは出来ない。

「おらよ」ナイトプールは相対するクリーナー掃除屋へ左ストレートを放つ。顔面を捉える。巨体が生む強烈な一撃はガード柵を押しつぶすブルドーザーだ。追撃は右手に握ったナイフ——サウザンドナイブスバタフライナイフによる胴体への刺突。刃先はタクティカルギアを貫通し、心臓を一突きにした。素早く抜く。ぐったりと地面に倒れ込む。

「形成逆転っす、」ラス一。前と後ろから挟み込む。

「あれ、プルってん?」

 咄嗟にクリーナー掃除屋は交差点の中心から都道413号方面に向かって走り出した。

「逃げる気? オレと追いかっけしようっての?」「ブギー、ほっとけ」「いいや。ボーナスは余さず平らげるよ。プーさんはアイテム漁っておいて。ぶちのめしてくれる、」

 やれやれ、と言うナイトプールのため息が聞こえ、瞬間に過ぎ去って行く。逃走者は道路から路地に入った。モーション・ブルー縮地法を使用した全力疾走。ゴツゴツとした岩肌を彷彿とさせる原宿のビル群を、その屋上を足場にして街の頭上を飛び去って行く。

「オレさ、最速って言われてんだよね」

 追い付くのは造作もない。足に自信のあるプレイヤーでも大抵の場合はブギー・ブッシュ瞬間移動を敬遠しがちだ。何故ならあまりにもピーキーなアビリティで、僕のようには使い熟せないからだ。

「あらよっと」

 再復元位置は、今しがた逃走者が足場にしたばかりの屋上。原宿の街はサイバーな色彩を帯びている。原色でギトギトとしたネオンカラーが隅々まで蔓延っている。空中に身を投げたクリーナー掃除屋はネオンオレンジの空を背負っている。

 バード・ハント。D2Eウッズマンで背中を撃ち抜き、一◯メートル下の地面に叩き落とす。猟犬のように仕留める。

 クリーナー掃除屋はよろめきながら立ち上がるところだった。僕の気配を感じて振り返る、

「——アンタには功夫クンフーが足りないね」

 極至近距離からのワンインチ・パンチ。エネルギーを内部に浸透させる事でノックバック硬直を生む。最後は派手に飾る。身体を捻りつつ空中に飛び上がり、顎に目掛けてバックスピンキックを叩き込んだ。

「毎度あり」

 ——セレクター。

 ありとあらゆるスポーツ、格闘技から武術に至るまでもを網羅した戦闘補助システム。その起源はエリートスポーツ選手や執行機関、軍隊の特殊部隊員を訓練する為に生まれた人体拡張技術にある。それがアバター用に転用されるのは自然な流れだった。

 であるニウロウェアにはサイバースペースの知覚中枢としてもう一つの意識オルタナティブが蠢いている。皮質コラムと座標系、内部モデルの理論からなる千の脳が、ニューロンと結合した数万のナノマシンによってアバターという内部モデルを作り出し、電子世界に再現された、現実同様の座標系を介してこの世界ミラーワールドを知覚させる。

 フルダイブ。所謂それだ。

『ブギー、別のハイエナ集団が出て来たぞ。数は七、』

 クリーナー掃除屋から戦利品を漁り終えた頃合いで、物欲しそうなハイエナどもがたかり始めた。首を上げてぐるりと周囲を確認する。UKドリル達がビルの屋上から僕を見つめている。

「無視して行こう。ダブポイントはすぐそこだし。それにどうせゴミしか持ってねーよ」

『おけ。413で合流しよう』

 見える範囲で数は四。内一体をファストドロウからの銃撃で撃ち殺す。くらりと来てどさりと落ちた。僕は走り出す。路地を出て都道413号に合流、車道を走る自動運転車を足場にした八艘飛びで追手を撹乱する。

「粋だな、ブギー」

 歩道には並走するナイトプールがいた。行手を塞ぐハイエナをタックルで突き飛ばしながら疾走している。僕は車の屋根に座り、風に当たる事にした。まもなく、進行方向にはハニカム・バブルの膜が見えてくる。

「さて、」振り返ると、ハイエナの一人が車のボンネットをロイター板にして飛び込んで来るのが見えた。

「まもとに働けクソニート」

 D2Eウッズマンで撃ち抜く。見事に崩れて墜落して跳ね飛ばされて消えた。

 瞬間に全身を生暖かい不気味な感覚が包んだ。背中、首筋、鼻先をゼリーが撫でる。PVPエリアを出た合図だ。右手に握っていたD2Eウッズマンはホルスターに自動納刀され、未だグリップとトリガーの輪郭を描く指を自分のこめかみに当てる。

「ばーん。残念だったね」その手を中指に変えて、物分かり良く諦めたハイエナ達の背中に突き立てた。

 合流した僕らはダブポイントへ向かった。

 ステンレス製の押し棒を引く。

「あれ、ドア開かないよ?」

 今度は押してみる。けれどドアはピクリとも動かない。まじ? 退いてみ。ナイトプールが力任せにこじ開けようとしたが、やはりドアは壁のままだった。

『二人とも、数十秒前にダブポイントが変更されてるよ。再指定された場所はメガストラクチャー、呉田新地のシャングリ・ラ・タワーだ。そこの、最上層ホテルエリア』

 声の主はオフィサーのニュートンだった。

「どうしてさ?」僕が聞くと、『どうやらクリーナー掃除屋の連中がトラップを仕掛けたらしいんだ。それ、ブタ箱直行のダブポイント。だからロックしたってわけ』「おーこわ。だけど時間は巻き戻せないぜ。カウントは半分を切ってる。少しくらい融通してもらえないのか?」ナイトプールが言った。

『ユニオンの答えは決まっているよ。ノーだ。それに、絶対に到達不可能な地点への変更はしないさ。達成できれば色くらいはつけてくれるだろうね』

 ダブポイントはを行うユニオンから適宜指定される。シンジゲートに相当するユニオンは、ミュール運び屋イルミナシオン掃除屋クリーナーインターセプト横取りされないよう情勢を逐一監視しているのだ。

 時価総額四〇〇万円の積荷にはそれ相応のリスクが伴う。状況は常に流動的。だからミュール運び屋には柔軟性が求められる。それは「イルミナシオンの質を保つため悪貨は良貨を駆逐する」には不可欠な要素でもある。

『今そっちに最短路を送ったよ』

 ルートを確認。原宿駅から新宿駅に移動し、かぜまちラインに乗り換えてメガストラクチャーへ高速移動ファストトラベル。シャングリ・ラ・タワーに直通する新城駅で降り、到着し次第一気に最上層まで駆け上がる——確かに、何もアクシデントがなければ充分間に合う計算だ。

『そこから原宿駅まで、君達なら三○秒も掛からない。違うかい?』「あい、違わないね」

 原宿駅。次いで新宿駅に着いた僕らは、駅のプラットフォームからを見上げた。

 ラピュタ。と言うよりもシュテルンビルトが近い。上層都市——ゲーム内に再現された「東京メガストラクチャー」だ。

 東京メガストラクチャーは大東京の中心部に築かれた高層構造群の総称で、東西を中央区と渋谷区、南北を新宿区と港区に跨がる「ドーム」という半球で囲って、その天井に築かれたもう一つの都市だ。

 さんざめく光の都、ユートピア。

「バルス」

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