ep1[4/7]

 崩壊の呪文を唱えた後、かぜまちラインに乗り換えて新城駅に到着した。

 駅直結のシャングリ・ラ・タワー。

 内部は南アフリカのポテンタワーのような空洞、円柱状の設計。格子状に重なる無数のエスカレーターが串刺しイリュージョンの内側を彷彿とさせる。

 登りエスカレーターの手摺りから身を乗り出す。奈落にはかぜまちラインのホームが望める。

「ブギー、来るぜ」

 意識を前方に向ける。十字架の様に重なる頭上のエスカレーターには敵性NPCのアンドロイド兵がいた。

「あぶね」

 車工場の産業用ロボットを彷彿とさせるモーションでエイム。アサルトライフル——サムシング・ニューF2000。銃口は僕に向いていた。手摺りを飛び越えて側面にぶら下がり銃撃を回避、「ヘイト注意がプーさんに向いた、」

 次にアンドロイ兵は腰からレイジーボーン特殊警棒を引き抜き展開すると、手摺りを越えて飛び掛かった。

「やめとけ」

 迎撃は二段蹴りだ。見た目我儘ボディに反して柔軟な肢体から繰り出される右のミドルキックでレイジーボーン特殊警棒ごと右腕を粉砕し、追撃の左ハイキックは首根っこごと頭部をもぎ取る。

 残骸となったアンドロイド兵は廃棄物よろしく奈落の底に落ちて行った。

 シャングリ・ラ・タワーの上層、ホテルエリアは今シーズン中は非戦闘区間に設定されている。だからダブポイントとしてはかなりポピュラーな分類に入る。

 ここは通い慣れた通学路。始業のチャイムが鳴る前の学生の様に走り抜ける。

 ホテルのエントランスに伸びるトンネル状の空中通路は全面がガラス張りで、地上二○○メートルの展望からは東京メガストラクチャーの摩天楼が望めるだけでなく、南国リゾートを彷彿とさせるプールやヤシの木、テラスの様な飲食店などが設置されていた。現実世界では富裕層のみが抱く天空の庭園。これはと言うべきか?

「ブギー、出たぜ」ナイトプールが囁くように言った。「あい、」

 今日もが来たのか。

 視線を夜景から前方一○メートルの位置にある中二階への階段に向けると、上りきった場所にデジタル模様の靄が掛かっていた——ブギー・ブッシュの事後痕跡

 すぐさまステップバックすると数フレーム前までいた場所には土煙が立ち込め、地面のテクスチャはノイズのような波を走らせ——そして立ち込める煙の中に、身の丈ほどある黒色のハンマーを持った人影が佇んでいた。

 そいつはパンク調の黒いオーバーサイズ・フーディを着込む小柄な美少年といった具合で、白銀のウルフマッシュから覗く赤珊瑚の瞳と、西洋人形のようなゴシック調の病みメイクが美しくも不気味だった。次に「にっ」という笑みが口もとから溢れると、甲高い声で僕の名前を呼んだ。

「ブギーちゃん、見いつけた!」

 左手で指差しされる。こいつは僕の事をネットストーカーするプレイヤーキラーで、名前は、

「とあ君のごとーじょおー。ボクの愛しのブギーちゃん、こんばんわぁ」

「とあ。懲りない奴だねほんとに」

「もうその顔覚えちゃったからねぇ。愛しい顔だあ」

 高い声でケラケラと笑う。

「とあ。さっさとそこを退けよ」残り時間は五:三九、「今日は遊んでる時間ヒマ、無いから」

「もぉー何度言ったら覚えてくるれのぉ? くんまでがボクの名前だよ。それと、は代名詞じゃない——」

 瞬間、身体がデジタル数字の靄に包まれた。また、来る―—!

「―—暴の君だ」

 次の瞬間には、目と鼻の先にとあがいた。イタズラっぽく舌を出して、大きく振りかぶったハンマーで横殴りの一閃を打ち込んでくる。

「言ったはずだよとあ」力任せに振る。軌道は遅く、安定しない。「オレにハンマーは当たらない」

ボディ・スナッチャーズスレッジハンマーなのにさぁっ!」

 連動して技が来る。振りかぶった勢いを利用した背面ハイキックだ。同じくハイキックで応え、一瞬の鍔迫り合いとなり、見合う。

「甘いね。鍛え直した方がいい」「やるう。ボク、ますます惚れちゃいそうだよ」「ホモガキは勘弁」

 とあは「あはははっ」と笑いつつ膠着を解くと、背後にバク転し、態勢を立て直した。

「さて、お次はどう……っ?!――」

 とあが言葉を飲む。既に僕が眼前にいたからだ。とあはまだ甘い。背中を見せたのが命取りだったね。一瞬の隙さえあればブギー・ブッシュで飛び込める。これは経験の差だ、

「うそっ」

 隙に、高速のワンインチ・パンチを鳩尾みぞおちに叩き込む。ノックバック硬直、チェインが確定、つまりとあは

 バースト・ステップからのサイドキックで転がし、ブギー・ブッシュでマウント。D2Eウッズマンの銃口をとあの額に押し当てる。

「……っち。なに? やっとボクの事をしてくれる気になったのぉ?」

「減らず口を。一人でイってろ」

 引鉄に指を掛ける。カチリと音が鳴った。

「や、やめてブギーちゃん。まだ死にたくない。ボク、死にたくないよぉ」「演技しても無駄。また一段目から上がってこい」

 銃声と共にD2Eウッズマンがとあを撃ち抜く。身体から強張りが消え、力なく落ちた。僕は立ち上がりつつD2Eウッズマンをホルスターにしまい、倒れ込んでいるとあを見やった。

「おいとあ。いつまで寝てんだよ。早く起きなきゃ全部かっぱらうぞ」

 次の瞬間には、ダウンしたとあの身体に十字架のような赤い光の柱が立ち上がる。ぴくりと指先を動かした。赤い光の死霊魔術師ネクロマンサーによって蘇生され、十字架をバックにしてゆっくりと起き上がる。

「……あーあ。これでまた一◯万新円トんだ。掻き集めんのに四日はかかったんだぞ。シラケるわぁ」

 レッド・ブリーズ。所謂スケープゴートで、消費と引き換えにダウン地点からリスポーンする事が出来る。

 デスすれば所持品の全てを失う。このハードコアなゲーム性を覆してしまうレッド・ブリーズが、しかし易々と手に入る筈がない。

 トークン、即ちNFT―—非代替性トークンノンファンジブル・トークンはネット・クライシス以前のバブルを経て、現在のネット世界では一般化している。バレエゲームをはじめ、ありとあらゆるオンラインゲームではプレイ・トゥ・アーンPlay to Eran―—NFTアイテムの売買などで遊びながら稼げる―—が一般化している。それまで「ゲームで食っていく」という子供の夢想は、一部のプロeスポーツ選手しか達成できなかった。けれど現在は違う。オンラインゲームはより高度に民主化され、ホワイトカラーアゴで使う人という歪な業務体系をより正当化させた。とは言え、電子世界でも走ってばかりいる僕らが存在する皮肉については一考の余地がある。

 携帯端末がスマホと訳されたように、NFT自体をトークンと呼ぶまでになった現在では、ゲーム内アイテムは全てトークンへと様変わりした。

「とあ、もー諦めたほうがいいんじゃないか?」

 ナイトプールは、いつも一部始終を見届けた後にこの言葉をかける。その返答は決まって、

「おいクソデブのプー。キモデブがボクを呼び捨てにすんじゃねぇよ。ぶっ殺しちゃうよぉ?」

 というものだ。

「いい? ボクの事を呼び捨てにしていいのは、ボクよりも速いやつだけだ――」

 デジタル数字が僕の視界を包む。

「―—この世界じゃあ、ブギーちゃんだけだよ」

 少女のような顔。瞳を閉じて唇を近づけていた。

「近い」

 僕はもう一度ワンインチ・パンチを叩き込む。背中を通すように打ったのでとあは絶叫しながら背後に吹き飛んだ。

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