ep1[5/7]

「じゃあ、またザコをイジメて稼いでくるから」背を向けたまま「あ、そう言えばYが騒いでだよ。俺のマンドレまだかいなって」。時間は二:二四、

「つまんない事に首を突っ込むなよ、とあ」。顧客に関しては秘匿されている。知ってる筈がない、

「あいつ、その内痛い目を見るだろうね」「どうして?」「派手にやり過ぎたんだ。いずれ良くないものを招き入れるよ、馬鹿だね」


 エントランスをパスして部屋に向かう。ダブポイントは4004号室、木製のドアをノック。

「はーい」という柔らかい声、元営業マンのそれ「よお、今日も間に合ったな」ドアを開けたのY本人だ「入って入って、みんな待ってんねんで」

 ドアを越える。瞬間にハニカム・バブルに似たムズムズとした感覚が全身を走る。身体アバターがダブポイントに入った合図だ。ここから先はバレエゲームの世界でも、ユビキタス・ネットワークの中でもない。

 複合現実ダブルーム

 現実と仮想を重ねたオーバー・ダブ空間―—、という意味だ。ではブツの受け渡し場所として使われるので、転じてダブというイルミナシオンの隠語が生まれた。

 僕らは投射された幻想に過ぎないけれど、アバターは複合現実の中で「座標系」という肉体を持っている。見える人には会話する事も触れる事も出来るという幽霊のように、Yは自身のニウロウェアを介して僕らに接触する事が出来た。Yは徐ろに右手を伸ばして僕の肩に手を置き、

「おお、マジで触れるやん。エグいやろ? まぁ入って」

「いえ、商品は入り口で受け渡しします」

「今日はパーティをやってんねん。お前ら優秀だし俺が顔売ったるわ。いいから来て来て」

 どうする? ナイトプールにダイレクトで尋ねると、いんじゃね? と返しきた。

 現実世界の、メガストラクチャーの何処かにある高層マンションだった。メゾネットタイプで、玄関を進むと吹き抜けがあり、階段の下には大きなリビングあった。パーティーらしく、フロアにはエレクトロニックなダンスミュージックが響いている。DJを招いているようだ。

 参加者たち。その数は確認出来るだけでも一四人はいた。パーティーウェアやハイブランドに身を包んでいる。他のフロアにも同じくらいの人がいるだろう。

「今日はまだまだ来んねん」、Yは陽気に言うと、リビングを見下ろす縁に立ち、「綺麗やろ? 本物の、東京の夜景は。やっと手に入れた。長かったでホンマ」

 正面の巨大な高透過ガラスの向こう側。のメガストラクチャーの摩天楼がそこにあった。

 あ、そうやった。マンドレ貰おうか。はい。

 インベントリを開いて選択。開いた右手に、丁寧に作り込まれた人型根茎の3Dグラフィックスが表示された。こうやって直に見せる事で信用して貰う、という古びたルールだ。

 うん、指定通りの容量や。Yはマンドレイクを受領した。

 イルミナシオンはトークンとして高度に偽装されている。ダブルームを噛ませるのは、ここがプライベート・メタバースにカテゴライズされるのでイルミナシオンを顧客へ譲渡したという記録が残らないためだ。

 ブーゲンビリヤによってトランザクションの記録は保護され、公開される事はない。それでも社会的地位を持ったノーブル達は用心を重ねる。巧妙なのはだ。顧客がイルミナシオンを使用服用すると、顧客の持つバレエゲーム上のアカウントでは「ミュール運び屋からアイテムを譲渡され、消費した」、というトランザクションが発生する。けれど、ここでイルミナシオンの巧妙な仕掛けが発動する。

 チェーンのリオーグ再編成だ。

 これにより、「イルミナシオンはミュール運び屋からユニオンのフロント組織へと譲渡された」という偽りのブラクトチェーンが組まれるので、従って、利用者の手元からイルミナシオンは消失する。

 その、効能だけを残して。

「下に、自分らのいい商売相手になりそうな人が仰山おる。まだイルミナシオンを知らない奴らばかりや。実を言うと、今日は自分らが来る事を知ってたからわざわざ集まって貰ったんよ。感謝せえよ? 儲けたいんやろ? 自分らを売り込むチャンスやで」

 金に汚いクソ野郎として有名なYは、一方で気に入った相手にはとことん甘い。僕らがそちら側で良かったと思う。Yに続いて階段を降り、リビングの男女達と対面する。Yと同世代の若手実業家からシニア世代まで、それがみんな金持ち連中だという事はすぐに分かった。

 対面の瞬間、彼らには少なからず響めきが走った。僕らはブギーとナイトプールなのでその出立ちはドレスコードに軽々と引っ掛かる。比喩ではなく、ゲームからそのまま飛び出してきた服装だ。場違いなモード・ストリートファッション——興味の視線を流す人や、訝しげな表情に変わった人。反応は人それぞれだ。

 Yは丁寧な口調で呼びかける。僕らに、こっちにおいで、と手招きして、「この二人が、今日のを届けてくれたミュール運び屋です」

 ほら、挨拶しいや。

「ブギーです」「ナイトプールっす」

 僕らはアバターを通して挨拶した。何とも不気味な感覚だった。

「明るいところで見たらお前バチくそイケメンやん。リアルでもこんな感じなん?」

「いえ、ナイトプールがこんな感じです」

 ブギーがブルース・リーならこいつナイトプールはサモ・ハン・キンポーだ。けれどその中身リアルは、付き合いの長い僕から見ても顔面偏差値が旧帝大クラスのイケメンだった。

「うす。リアルは俺イケメンっす」ナイトプールは戯けるように言った。

「じゃあブギー君はどうなん?」「僕すか? ゲームがうまいだけのガチ陰キャっすよ。実はパリピ嫌いなんでさっきから吐きそうです。ここでもいいすか?」

「あはは。アホや」

 ブギー。結局はアバターに過ぎない。スキンなんていつでも再作成が出来るし、この世界のに大した意味はない。

 だからと言って、質問された内容に対して全てをひけらかしてしまうのは御法度だ。ノーウェアやミュール運び屋の内情は秘密のベールに包んでおく必要があるし、個人に対しての質問でも、答えられる事は精々、

「それで、自分らってホンマのとこはいくつなの?」

「僕が一六で」「俺は一七っす。高校二年生なんで」

 これくらいだ。

 そか、俺も若い頃は大変やったけど自分らも大概やな。そや、チップがまだやったな。マンドレイクを三◯メガづつあげるわ。自分らは未成年やけど、これは法の対象外だし心配せんでええで? 自分らの商品を自分らが知らないのはあんまり関心出来んからな。せやからこれ、取っておきな。


 その足でノーウェアのアジトに向かった。報酬を受け取るためだ。ノーウェアはミラーワールド内に再現された世田谷区の成城エリアにオフィスを構えている。数週間前に渋谷区から移転して来たばかりなので、新オフィスに行くのは二回目だ。

 土地と建物はユビキタス内のトークンとして販売されている。外観は少し広い二階建ての一軒家。名目上は一プレイヤーのプライベートスペース。

 中に入るとニュートンが僕らを出迎えた。ウェーブの掛かった黒いミドルヘアに透明フレームのメガネがトレードマーク、

「ご苦労様。流石だね。ああそうだ、代表室でGMが君らを待ってるから直ぐに向かう事。いいね?」

 はい。階段を上がって代表室のドアを叩く。「おう、入れ」。合図に入室する。

「来たねーお前ら。我らがノーウェアの稼ぎ頭、ブギーくんにナイプーくん。調子どう? まぁ適当に座ってよ」

 正面のデスクにはGM・ゼネラルマネージャーの21号がいた。メンバーからはゴウさんの愛称で呼ばれている、砕けた性格の長身細マッチョイケメンだ。僕は壁側に設置されたソファに座り、ナイトプールは一人サイズのローテーブルの上に座った。「お前がそこに座んのかよ」。ゴウさんのツッコミは「それは椅子じゃない」ではなかった。

「ついさっき月間の賞金ランキングが出たよ」デスクの上にミュール運び屋成績表リザルトが表示され「ウチノーウェアではトップの成績ってのはさることながら、ユニオン内でも六位に着けてる。そして週間じゃあ」週間ウィークでソートされる「さっきの仕事を合わせて首位に立ってるぞ。遂にやったな。ハルやクドウもお前らを無視出来ない。やるねぇ、流石は一条さん家の子らだねぇ」

 素直に褒められている。満更でもなかった。

「てなわけでさ、色付けとくから、これからも頼むよ――」

 この現状。飴と鞭と言うが、僕らかすればヌルゲーの無知だ。

 という事で今日のゲーム仕事は終了。僕らは早々にユビキタスから落ちる事にした。ビビットピンクの部屋に戻るとケイスケはベッドの上で寝転んでいた。

「にゃーん」

「ただいまー。悪さはしてなかったね。えらいえらい」

 僕はこちらの世界が好きだ。いつでもケイスケは僕の事を待っていてくれる。どこにも消えて無くならずに、この目が痛くなる毒々しい部屋で、僕の帰りだけを待っている。

 白くて温かいシーツとふかふかのマットレス。横になる度に、こっちが現実だったらいいのになと思う。

「わお」

 ケイスケは僕の胸の上に乗っかった。遊んで欲しそうにゴロゴロと鳴き声を上げている。

「またねケイスケ。次はもっと遊ぼうね」

 頭を撫でたところで、僕の意識は手放された。

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