ep1[2/7]

 バレエゲームへようこそ。

 ここはミラーワールドをVRMMOにそっくりそのまま作り変えたやりたい放題の無法地帯だ。

 ゲーム内はシームレスにユビキタス・ネットワークと接続されている。ブラクトチェーンが張り巡らされた世界ここじゃプレイ・トゥ・アーンPlay to Eranなんて当たり前。

 分かってる。君らが欲しいのは新円ニューエンなんて安い感動じゃないね。

 イルミナシオンが欲しいんだろ? それでミュール運び屋を襲ったんでしょ?

 だけど残念だ。狙った相手が悪すぎた、

「ねぇ、雑魚」

 仰向けで伸び切ったハイエナのつらに大通りから差しこむピンクネオンが反射している。それを子供が水溜りで遊ぶように足の裏で打ち抜いた。

 死体蹴り。

 アバターの内部モデルを介して再現されるぐにゃりとした鈍い感覚が絶妙に不気味で心地良い。

『匂いだけ残して去る腕利き』

 ダイレクトにナイトプールの独り言が入り、続いてリズミカルな短文が続く。お気に入りフェイバリットのリリックらしかった。

「何それ?」

『あ? MONJU。知らねーの?』

「知らないし、それ間違ってるね」、ハイエナの死骸に右手を翳してインベントリを開くとウォール状の3Dホログラフィックスが出現する。

 アイコンをフリック。所持金と目星しいアイテムを回収。バレエゲーム内のアイテムは全てトークンNFTとして存在している。これはボーナスだ。

『お前、ほんとゲームん中だけイキリ倒すのな』

 僕は裏路地から大通りに出た。電子世界に再現された都道413号が出迎える「本当の腕利きはさ、」

 腰のホルスターから拳銃——D2Eウッズマンを引き抜いて、くるりと背後に振り返る。

 ハイエナの残りは三体。先行するフードを被った男、さながらUKドリルのラッパーみたいな黒いバラクラバがチベタン・ダンスシースナイフを片手に襲い掛かってきた。

「おっせ」

 右手で構え、引き金トリガー。銃声。脳天を撃ち抜く。天に駆け上がりそうな下半身の勢いのまま素転ぶ。

 死角にいたもう一人が接近、ナイフで突く。

「だからさ遅いよ」

 サイドステップで自分の正中線ウィーク・ポイントをズラしつつ、伸び切った右腕の下を潜る形で肋骨へのサイドキックを叩き込む。骨を砕いた感触。胸を押さえて怯んだところに容赦無く弾丸をブチ込んだ。

「さて、」

 最後のハイエナは見るからに怯えていた。数秒の惨劇が物語るのは——死。

 僕はD2Eウッズマンをホルスターにしまい、構えを取る、

「さあ、かかって来いよ」

 スタイルは截拳道ジークンドー。子供の頃にネットフリックスで見たブルース・リーの姿が脳裏に焼き付いている。

 ——戦いの全ては速さに収束する。ナイフの刺突、よりも高速の——拳。

 刃先が僕に触れるよりも速く、カービング・ステップからのストレート・リードがハイエナの顎を打ち砕いた。

 肉体連動とアライメントの完全な一致。追撃、素早く体を切って胸部への左フックを入れ、鈍く沈む。フットワーク足捌きで背後に回り込み、頸椎への掌打。三連撃、

「匂いすら、残さない」

 ハイエナは吹き飛ばされるように車道に身を投げ出し、自動運転の四トン・トラックに衝突して視界から消え去った。

「どーせ財布ウォレットには一銭も入れて無いんでしょ? 貧乏人が。ゲームなんかやってないで働けバーカ」

 ——積荷は幻覚系サイケデリックスイルミナシオン、マンドレイクを四ギガバイト。依頼主クライアントは常連の資産家Yだ。あいつ、わざわざ俺たちを指名したらしいぜ。

「キャバクラかよ。金さえあれば何でも出来ると思ってる勘違い成金風情が」

 スカイスクレイパー。

 高透過ガラスに射し込んだ高層ビル群のネオンライト。ダンススタジオ、もしくは『燃えよドラゴン』の鏡の間を彷彿とさせる壁一面の全身鏡。僕はそこにアバターを反射させ踊るように新調したスキンファッションの具合を確かめていた。

「お得意様に憎まれ口を叩くのはやめろ。今回についてはノーウェアも了承済みだ。まぁ良い方向に考えろよ。無事にやり遂げたら俺ら月間ランキングで首位に立てるぞ?」ソファにぐったりと身を預ける巨漢。ピザのダンボールかポテトチップスのアルミ袋が良く似合う。フーディにバギーパンツ、丁度口元が見えるくらいまで伸ばしたアジョールブルーのモッシュヘア。ぐあと欠伸をして、左右反転の中で嫌味っぽく笑う。

「良く似合ってるよ、カイト

「クソデブが。こっちゲームの中でリアルネームを出すんじゃねぇよ」このだらしない我儘ボディには蜂蜜の壺ハニーポットがより相応しい「ま、は賞金王のじゃない方にしかなれないけどさ」

「言っとけひょろガキ」

 ソファから跳ね起きると頭の後ろで腕を交差させて部屋の出口に向かう。身長一九四センチメートル、体重は推定一四◯キログラム。対して、俊敏な動き。

「もしもインターセプトされたらぶっ飛ばされるくらいじゃ済まないよ。時価総額四◯◯万はいってる」

「ああー」

「知ってる? もユビキタスの中でやるんだってさ。ジャック・アウト切断出来ないようにブロックダウンされて、専用の部屋に拉致されるんだって。そこでゆっくりと時間をかけながらニウロウェアごと脳ミソを焼かれるんだよぉ?」

 はん。と鼻で笑い、

「ブーゲンビリヤがいるんだ。そんな古臭いSFみてーな事は起きねぇよ」

 部屋を出て、メガストラクチャーからかぜまちラインを乗り継いで外苑前駅に移動した。

 ユニオンが指定したダブポイントは渋谷エリア内一般フィールドの一角、近くに小さな公園のある三階建て雑居ビル——その突き当たりの部屋だ。そこに最速で到達するには、

「このPVPエリアを突っ切るのが最短路だ」

 地下鉄外苑前駅で降りたのは、それより先が今シーズン中は電車での高速移動ファストトラベル禁止区域に設定されていたからだ。

 東京メトロの地下通路への入り口、その屋根に登った僕らは、前方二◯メートルの位置で聳え立つ半透明なオレンジ色のドームを眺めていた。

 一般フィールドとPVPエリアの境界線を可視化したオブジェクト。正式名称はハニカム・バブル。表面が蜂の巣状のマス目になっている事が由来だ。

「ハニーハントだね」、ナイトプールは膝立ちからすくりと立ち上がり「ハイエナに構ってる場合じゃねぇぞ」

「え? もしかしてびびってん?」「まさか」

 インベントリを立ち上げ、積荷を確認。人型根球、マンドレイク―—イルミナシオン。

「タイマーを見ろ」HMDにはチカチカと点滅するデジタル数字が浮かんでいた。カウントダウンだ。制限時間は三◯分。これを一度でも超過すると、一定期間、優良配達人運び屋リストから排除されてしまう。

 ―—掟の第一三条。ミュール運び屋は己の行為に責任を持ち、その結果を自らに負え。だ。

 対する僕らは二◯分を超過した事がない超優良配達人運び屋

 ―—残り時間、二六:七四。

 そのままアップルミュージックを起動してステーションを選択した。

 必要なのは、反復横跳びのような機敏性、

 ―—フットワークジューク

 ダンスミュージックの中でもよりアグレッシブなフットワークジュークが、この一年間あまりのミュール運び屋業で得た最適解だった。

 再生の瞬間に音が爆発する。BGMやSEと言ったゲーム内音声を塗りつぶすように、ニウロウェアごと脳味噌をシェイクするキックの重低音。耳というインターフェイスを介さず脳内で跳ね回るクラップとリムショット、

『―—ブギー。ダンスでお楽しみ中のとこ悪い。ヘマしちまったらしい』

 ハイエナの遺骸からアイテムを漁り終えた僕はダンスミュージックに身を任せて踊りくれていた。そこに水を差す、ナイトプールからのダイレクト。

『おい』

「んだよ」

クリーナー掃除屋だ。ユニオンめ、しっかり仕事しろよ』

「場所は?」

『青山通り、246と413の交差点だ』

「は? 手前じゃん。デブはこれだから」

『いいからさっさと来い』

「はいはい」

 脳内で暴れ回るフットワークジュークの高速ステップにBPMを同期させて僕はネオンの街へ走り出した。

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