第7話 過去追憶 1


「なら変なこと考えない。いい?」


「は、はい……申し訳ございませんでした」


 命が助かったことに大和は安堵する。

 今、復活魔法を止められたら間違いなく死ぬからだ。


「それに二人きりの時は普通に華で言いって何回言わせるつもり?」


「そもそもお前は戦闘員の男とは誰とも仲良くしないだろう?」


「女の子とは仲良くしても害はないけど男はすぐに交際やら身体の関係やらを求めてくるから距離を置いているだけ。でも大和はそうゆう心配いらないからよって何回言わせるのよ」


「俺だって男だ。好意を持つ可能性だってある」


「大和ならいいよ? そもそも大和は私の告白を二度も断ってる時点で私の好意に気付いてるでしょ?」


 華の顔が赤くなった。


 ■■■


 ――数年前。

 ファントムは昔、軍の命令で銀幕隊長を魔人から逃す為の時間稼ぎの殿(しんがり)に選ばれた。魔人は三人だが三人共隊長クラスの魔法と魔術を行使でき魔獣を十匹連れており戦力差が明らかなことから逃げるしかなかった。戦いが連戦じゃなければ銀幕一人でもそこそこいけただろうが連戦により魔力のほとんどを消費していた。逃走の為の時間稼ぎの殿は一番下っ端の役目だと別の上官から言われたファントムは命令に従う。ファントムは命令通り魔人や魔獣と交戦したが魔力切れですぐにやられてしまった。結果だけみれば命令通りとは行かなかったが、多少は時間稼ぎにはなったと考え死を覚悟する。時は残酷でファントムは瀕死状態で敵のアジトに連れて行かれ拷問を受け軍の機密情報を吐けと言われる。軍の機密情報はファントムみたいな下っ端でも国からの推薦で強制的に軍人になった人間ならそこそこに知っている。要は精鋭魔術師と名乗っている以上普通の軍人とは立場が違う。魔人も当然そのことを知っている。


 自白剤を打たれ生爪をはがされ、指を折られてもファントムは吐きたくても吐けなかった。殿(しんがり)がこのような状況になりやすいのは過去の情報から分かっていた。だからファントムは銀幕のS+魔術(式)によって情報漏洩できないようにされていた。魔人も直接魔法で頭の中を覗いてきたがプロテクターが堅く干渉が上手く出来なかった。そのため生き地獄を耐えるしかなかった。この時、ファントムの魔法と魔術は魔人によって魔力回路を禁忌魔法の一つによってボロボロにされ使えなくなっていた。  

 捕まってから一週間程経過した頃、死なない程度に食事と水を与えられていたファントムの元に夜中敵陣に忍び込んだ家族が助けにきた。


 しかし敵にすぐ見つかり応援を呼ばれるも、両親が命を懸けて大和と姉が逃げる時間を作る。

 拷問で心を失い屍状態の大和を姉が必死に抱えて走る。


「大和は生きて」


「ねえ……さん?」


「禁忌組成魔法。媒体は私の生命全て。全てを懸け我願う。禁忌魔力回路を破壊せし術式の呪いの解除と組成」


 その刹那、姉が光の粒子となり大和の身体を優しく包む。光は暖かい温もりを持ち効能としてボロボロの魔力回路と身体を回復をする。いや自らの命の犠牲とする禁忌魔法は回復ではなく蘇生。記憶さえあればその時まで遡り蘇生させることが可能な人の道を外れた禁忌蘇生魔法である。もっと言えば形すらない心すら蘇生可能だ。ただし大量の生命エネルギーを媒体とするので十代もしくは二十代前半までしか使えないが。姉の死と引き換えに復活した大和は魔力感知が出来るようになったので両親を探してみるとすでに死んでいて魔人がこちらに来ているのが分かった。別れを惜しんでいる暇はない。大和は空間魔法を使いながら最速でその場から逃げる。必死に逃げて敵を振り切った頃、あることに気付く。両親が死んで姉が蘇生魔法まで使い犠牲になった、でも涙一つでないことに。それどころか心もそんなに痛まない。さらに魔力感知を利用し周囲を警戒しながら帰国途中事件は起きた。


 銀幕と数名の部下の魔力気配。大和が殿をしっかりできなかったせいなのか洞窟で消耗戦を強いられている。自分を見捨てた上官を助ける気には正直なれないが、見捨てる理由もないので国家戦闘員のファントムとして仲間を助けることにした。立場上個人の感情は後回しにした。


「魔装の力よ。闇の力を開放し目の前の敵を貫き殺せ。暗殺魔術ダークスピア」


 詠唱が成功し、魔法が発動する。


「魔装生成後複製、汝の敵を自動追尾しその命を貫け」


 言葉に覇気はない。


「更に魔装生成後複製、汝の敵を自動追尾しその命を貫け」


 宣言通り、魔法は一転の狂いもなく発動する。


 四十本の槍がそれぞれの魔獣の脳天に突き刺さった。感知に優れた魔獣もこの状況からの背後からの奇襲を予測していなかったのか、反応が遅れ次々串刺し状態になった。助けられた上官たちは大和に見向きもしない。お礼も言わない。ただ真横を通り抜けていくだけ。きっともう仲間とは思ってないのだろう、と大和は思った。元々ファントムの殿が上手く行かなかったせいでこうなったのだ。ファントムに帰る場所も帰りを待つ家族も既にいない。ファントムいや大和の居場所が何処にもないことを知った。帰国しても居場所がないのなら意味がないと考えたファントムは色々と吹っ切れた。


「アイツらの忘れ物か? なら、貰っておくか」


 洞窟の奥には銀幕がいた。本当に怖かったのか身体が震えていたが怪我はなく動けると判断したファントムはそれを無視して走り出す。二十分程、空間魔法を使い移動した頃ある山脈に到着した。川もあり魚もいる、そんな場所。手持ちの素材を利用して魔術で簡易的なテントを作成してそこを拠点として住む。飲料水は川の水、食料は川魚。特に生活に苦労することはなかった。魚を焼く際の火は魔法で簡単に出せる。水は無限にあるので洗濯すら困らなかった。一ヵ月ぐらいしただろうか当時中学生のファントムの前に、銀幕を中心とした小隊が現れる。国の脱走者は殺す仕組みだ。敵の接近感度が高い探知結界に探知されなかった時点でファントムより全員が強いこととわかる。


「お前を処刑する。国を放棄したものは死ぬ運命。それはお前理解しているな?」


 小隊の男が大和に剣を向けて宣告した。


「あぁ」


 しかし、一人の女がそれを制する。


「命令だ。お前たちは下がれ」


 ファントムは何故ここで部下を制するのかが分からなかった。ファントムが知っている銀幕は脱走者を何も言わずに殺して迅速に仕事することを知っていたからだ。軍務に個人の感情を挟まない冷酷な人物というのがファントムの中での銀幕。


「銀幕か。何の真似だ?」


「貴様! 隊長に向かってその口の聞き方はなんだ?」


 さっきとは違う男が殺意を向け睨む。


「下がれと言ったのが聞こえなかったのか?」


 再び、銀幕が片腕で制する。


「あの時は殿を頼み二度命まで助けてもらっておきながら、お礼すら言えずすまなかった」


 銀幕は本当に申し訳ないと言った感じで頭を下げる。周りの男たちは驚いた表情を見せる。ファントムが知る限り銀幕が女王陛下以外に頭を下げる事はめったにない。それは国家戦闘員なら誰もが知っている事実である。


「別に構わない。あれは俺の作戦違反が招いた結果であってそれ以上もそれ以下でもない」


「そうか。話しを戻そう。我々は女王陛下より殺せと命令を受けた」


「だろうな」


「えらい素直だな。私の知るお前はもっと命に執着があったが?」


「家族が死んだ時に心も死んださ」


「そんな状態であのとき私たちを助けてくれたのか?」


 銀幕が少し動揺したのが表情からわかった大和は鼻で笑った。


「だとしたらお前達に何の関係がある。さっさと殺せ。あの時上官であったお前も殿を失敗した俺を恨んでいるのだろう?」


「本当に私が恨んでいると思うか? あの洞窟で私は部下に私を見捨てて逃げろと命じた。魔力が枯渇した私を庇ってジリ貧になっていたからだ。だが誰一人逃げようとしなかった。結局逃げ道がなくなって皆が諦めた時、お前が助けてくれた。そして国に戻り事情を説明すると今度は女が最前線にでるなと隊長会議で言われた。それを機に次は皆が将来結婚してくれと言ってきた。私に良くしてくれる部下や隊長たちは私に好意があるからそうしてくれていたのだと気づかされたよ。だから最後の任務としてファントムにお礼を言う為だけにここに来た。この任が終われば恐らく私は隊長各の誰かと次期に結婚することになるだろう。でも何より悔しいのが部下であるお前に命を捨てろと命じておきながら、命を救ってくれたお礼を言えなかった自分が悔しかった」


「そうか。まだ齢十五にして辛い思いをさせたのか……すまなかった。俺を殺せばそれで全てが終わる。任務失敗と脱落者の罰としては実にいい結末(罰)だ」


 その時、聞いたことある声が通信機を介して聞こえた。

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