ハーフ円卓会議 2

 会議が行われる建物は、橙の国の首都にある高級宿の一つだ。どうして橙の国の王宮でないのかは判らないが、きっと何か意味があるのだろう。

 指定された宿は貸し切りにされているらしく、受付以外に人の姿は見えなかった。おかげで息せき切って走る一国の王、という無様を多くに晒さずに済んだのは、有難い話である。

 なんとか階段を上りきり、会議の場がある最上階まで至ったギルヴィスだったが、その頃にはぜいぜいと肩で息をする有様だった。

 王として剣術や武術の鍛錬を欠かしたことはないが、ギルヴィスが得意としているのはそれよりも魔術や錬金術である。執務以外の空いた時間のことを考えれば、剣を振るったり体術を学ぶよりも研究室にいる時間の方が圧倒的に長かった。増してやまだ幼い身であるのだから、体力が少々不足しているのも致し方ないことだろう。しかし、当の本人はそれで納得するような子ではなかった。

(錬金魔術に割く時間が多いだとか、子供だとか、そんなものは言い訳にすぎない。王である以上、もっと身体を鍛えねば。きっと他国の諸王方ならば、この程度ものともしない筈だ)

 そう心に誓いながら、ギルヴィスは、ようやく辿り着いた部屋の扉を勢いそのままに開け放った。

「申し訳ありません! 大変な遅刻をしてしまい――」

 面目次第もございません、と続くはずの言葉が尻すぼみに消える。

 ギルヴィスの想像するハーフ円卓会議とは、椅子に座した各王が、円卓会議よりは和やかに、けれど国にとって重要な会話を厳かに交わしている場であった。その内容が具体的にどのようなものかまでは考えていなかったが、国益となるものなのであろうと予想していた。

 しかし、

「おお、坊主! ようやっと来たか! こっちはもう始めているぞ!」

 やたらとでかい声と共に、くらくらしそうなほどに濃い酒の臭いがギルヴィスに襲い掛かった。そして広がる光景に、彼は遅刻の罪悪感などすっかり忘れ、ぽかんと口を開けてしまった。

 最高級の部屋に相応しい調度の数々は全て部屋の隅に追いやられ、椅子や机のへったくれもなく広く開けられた空間に、四人の大人が絨毯に直に座り込んでいる。濃い金髪に褐色肌をした色男が手にするグラスを一息に煽り、促された赤銅の髪の男が同じように一息にグラスを空けた。そうすれば続くのは、先程の大声の主である一際大柄な男で、隣に置いた大樽にこれまた大きなグラスを直接突っ込んで中身を掬っては、これまた一気。場における紅一点は流石に付き合わなかったものの、尻に敷くクッションの周囲には既に幾つもの瓶が並べられている。

 未だ入り口で呆然としている幼王を見て、赤髪の男がにこりと微笑む。

「ああ、ギルヴィス王。その様子だと、件の事故は無事に片付いたようだな。何よりだ」

 労いの言葉を掛けた彼に続くように、残りの二人がギルヴィスの方へと顔を向けた。

「よう、ギルヴィス王! なぁにそんなところに突っ立ってんだよ。早く中に入れって」

「あら、やっと主役が来たの? これでようやく妾の目も休まるというものだわ。何せむさ苦しいのが二人もいて、圧倒的に麗しさが足りていないのだもの」

 幻覚でもなんでもなく、間違いなくそこにいるのは赤の国グランデル、橙の国テニタグナータ、黄の国リィンスタット、薄紅の国シェンジェアンを治める各王達だった。

 王たちに手招きされ、驚愕に固まっていたギルヴィスはほぼ無意識に足を動かし、中央にいる彼らに近づく。

 まぁ座れと促されたのは、赤の国王ロステアールと、此度の主催国である橙の国王ライオテッドの間だった。と言っても、示された場所は床なので席らしい席はなく、申し訳程度にクッションが置かれている程度である。未だ混乱しているギルヴィスは、流されるままにそのクッションに尻を落ち着けた。そんな彼に、大男、ライオテッドがずいっとグラスを差し出す。

「よし、取り敢えず一杯だな!」

「え、あの……いえあの、ライオテッド王、私はまだ、酒精を嗜める年齢では」

 ギルガルドで飲酒が認められるのは成人である十五からである。十二のギルヴィスは、あと数年経たねば合法的に酒を口にすることはできない。

 ギルヴィスからすれば当然の返答だったのだが、しかしライオテッドはだからなんだと気にも留めない。

「酒も女も知るのは早い内が良いぞ、坊主! どちらも男にとって欠かせぬものだからな!」

「あの、いえ、しかし、王である私が法を守らねば、国民に示しが」

 固辞してグラスを返そうとするギルヴィスだったが、橙の王はその背をばしばしと叩きながら、グラスを押し戻してきた。そんな橙の王を援護するように、甘い垂れ目が印象的な色男、リィンスタット国王のクラリオがギルヴィスに声を掛ける。

「べーつにちょっと酒飲んだくらい問題ねぇって。俺なんて初めて煙管に手ぇ付けたの、十やそこらの時だったぜ? どうせここにいるメンツ以外の誰が知るわけでもなし、ほら、ぐいっといっちまえ!」

 ほれほれと手にするグラスの氷をからから鳴らして煽り立てるクラリオは、肌の色で判りにくいが、どうやら既にかなり酔っているようだった。

「ギルヴィス王は真面目ねぇ。酔わせて食べてしまおうという訳ではないのだから、そこまで気を張らなくて良いのよ? それともやっぱり、美しくない殿方に注がれたお酒は嫌かしら? それじゃあ、その可愛らしい顔に免じて、特別に妾が注いで差し上げるわ」

 そう言って瓶の口をギルヴィスへ差し出してきた美女は、薄紅の国のランファ女王である。その美しい顔にも既に朱が差しており、黄の王ほどではないが酔いが回っていることが察せられた。

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