ハーフ円卓会議 1

 金の国の若き王、ギルヴィス・ビルガ・フォンガルドはとても焦っていた。ここ最近でこれ以上ないほどに全力疾走する程度には、焦っていた。

 ギルヴィスを知っている者ならば、息を切らせて走る彼の姿に驚いたことだろう。何故ならば、普段の彼は常に落ち着いており、焦りを表に出すようなことは滅多にないからだ。

 つい数か月前に即位したこの幼い王は、十二歳という歳相応に背が低い上、少女と見紛う可憐な容姿も相まってか、王としての威厳をあまり感じさせない。だからこそ、彼は少しでもそれらしくあろうと、極力落ち着いた行動を取るよう心掛けているのだが。

(っ、あ、あと、少し……!)

 今の彼は、その心掛けを忘れたかのように、高級宿場の階段を駆け上がっている。では何故こんなことになっているのかというと、答えは単純である。

 ギルヴィスは、絶賛遅刻中なのだ。

 

 

 

 ハーフ円卓会議、というものを、ギルヴィスはつい最近初めて耳にした。円卓会議といえばリアンジュナイル全土の王が集い、定期報告を交わす場である。即位したばかりのギルヴィスは、新王としての挨拶をするための緊急会議に一度と、定例会議に一度の計二度しか出席したことがない。その初めての定例会議のときに、橙の国の王より伝えられたのが、ハーフ円卓会議の存在だった。

 なんともふざけた名前だが、ハーフの名に相応しく、招かれるのは、赤、橙、黄、薄紅、金、の南方五ヵ国の王だけということだったので、会議の名称自体は妥当であるようだった。

 あのとき橙の王から言われた、お前さんも王として即位したのだから次のハーフ円卓会議に出てみないか、という言葉は、ギルヴィスにとって大変有難い申し出だった。なにせ銀の王から、幼く不出来な王だと散々にこきおろされた後だったから、橙の王の誘いは、一国の王として認められたようで嬉しかったのだ。

 そんなこんなで出席を決めたギルヴィスは、ハーフ円卓会議に向けて周到なくらいに緻密な計画を立てた。それこそ、早く着きすぎてしまうのではないかと逆に心配になるくらい余裕を持って日数を計算したし、各主要ポイントの通過日程から詳細なルートまで、それはもう事細かな工程表を作製した。実際、彼の計画に抜け目はなく、文句のつけようがないほどに完璧だった。

 だがまあ、この世に真に完璧なものは存在しないらしい。

 結論から言うと、ギルヴィスが結構な労力を割いて立てた完璧な計画は、見事に崩れた。

 出発直前に駆け込んで来た臣下から、港でそこそこ大きな事故があったという報告を受けたのだ。なんでも、金の国が所有している中でも最大規模を誇る港で、船舶同士の衝突事故が発生したらしい。詳しく聞けば、積み荷は勿論のこと人的被害も多少、とのことだった。

 急な事態に、しかし王としてのギルヴィスの判断は迅速かつ的確であった。貿易国として名を馳せる金の国にとって、海路は他大陸との交易に必須の場だ。その窓口たる港でそこまでの被害が出たとなると、他国へ向かっている場合ではない。

 こうして、橙の国へ行くはずだった騎獣はその進路を港町へと変更し、ギルヴィスは自ら事態の収拾にあたることになったのだった。

 幸いにして、衝突事故の被害は甚大という程のものではなかったが、現場へ城へと動き回って諸々の処理をしている内に、気づけば出発予定の日から数日が経ってしまっていた。慌てて残りの日数で計算し直してみると、今すぐ出発してもぎりぎり間に合わないのではないか、というくらい差し迫った日程になっていることが判った。

 勿論、遅れるかもしれないという文書はあらかじめ橙の国宛てに出してはいるものの、遅刻しないにこしたことはない。別にギルヴィスも遊んでいて遅れる訳ではないので、各国の王達も目くじらを立てるようなことはないだろう。だが、初出席からそのような失態を犯すのは、流石に印象が悪い。

 兎に角なんとしてでも間に合わせなければ、と思ったところで、ギルヴィスはタイミングよく師団長が休暇だったことを思い出した。ヴァーリア師団長の騎獣は、金の国の中でもトップクラスの速度を誇る。これ幸いと随従を頼めば、休暇中にも関わらず、彼は快く引き受けてくれた。

 こうして、当初の予定よりも大幅に速度の出る騎獣に乗り、可能な限り休息を削ってなお、ギルヴィスが会議の会場である建物に辿り着いたのは、すでに会議開始の時刻を時計一回り以上越えていた頃合いだった。

 これはもう、言い訳のしようもないほどの大遅刻である。

 騎獣が着地するのと同時に地面に飛び降りたギルヴィスが、師団長を振り返って頭を下げる。

「折角の休暇だったというのに、本当にすみません、ヴァーリア! この補填は必ず致しますので!」

「お気になさらないでください。寧ろ、陛下のお役に立てて光栄に思います。私は下でお待ちしておりますので、どうぞお気をつけて」

 申し訳なさそうな顔をするギルヴィスに、師団長は赤い瞳を細めて微笑んだ。

「ありがとうございます。それでは行ってきます!」

 そして冒頭に至る。

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