ハーフ円卓会議 3

 こうして酔っ払いに囲まれる形になってしまったギルヴィスは、逃げ場を求めて視線を彷徨わせる。

 前方二名と左の一名は駄目だ。そうとなれば、いやそうでなくても、頼れる相手はただ一人。

 ギルヴィスが、ばっと顔を向けたのは、右隣に座る赤の王の方だった。手酌で注いだ酒を飲みつつ場を見守っていた赤の王だったが、ギルヴィスの縋るような視線を受けて、にっこりと笑みを深める。

「お三方とも、そこまでにされては如何か。あまりギルヴィス王を困らせるものではないだろう」

 ギルヴィスの手に押し付けられていたグラスをそっと取り上げ、やんわりと三人を嗜めた赤の王に、ギルヴィスは内心で拍手喝采を贈る。

(ああ、流石はロステアール王、なんてお優しいのだろう。やっぱり、この人はとても素晴らしいお方だ……!)

 その一方で、窘められた男二人は大いに不服そうな顔をする。

「なんだつまらん。大人の階段を昇る手助けするのも先達の役目ってもんだろう、ロステアール王」

「そうだそうだ! ロステアール王はそうやってギルヴィス王を助けたつもりなのかもしんねぇけど、結果的に損させてるんだからな! 酒と女性のいない人生なんて地獄だぜ!」

「貴殿らの主張はまあ判らないでもないが、この場においては詭弁だぞ? いくらギルヴィス王が可愛いからといって、からかうのはほどほどに」

 男二人から飛ぶブーイングをいつもの笑顔で流し、さりげない反撃まで入れる赤の王を見ていると、安心も相まってかギルヴィスは段々冷静さを取り戻し、混乱しっぱなしだった頭を整理することができた。そして、そこでようやく彼は、あって然るべき疑問を抱く。

「……あの、皆さんは、一体何をされているのですか?」

 唐突な質問に、きょとんとした顔でギルヴィスを見たのは橙の王だった。

「お前さん、これが酒盛り以外の何に見えるんだ?」

 ご尤もである。

 部屋中を埋める酒臭に、皿にどさりと積まれた多種多様なつまみの数々。床に転がされたり並べられたりと無法地帯を形成する酒瓶たち。どこからどう見ても、酒盛り以外の何物でもない。

 しかしギルヴィスの知る酒宴は、こうも無作法なものではなかったように思う。彼は、参加したことのある数少ない宴の席の経験から、酒宴というものは立食会に近しいものであるという認識を持っていた。

 いや、というか、酒宴がどうこうと言った話ではない。そもそもこれは酒宴ではなく、

「……会議、なのでは……」

 この会の名は、確かにハーフ円卓会議であったはずだ。断じて、こんな臭いだけで酔ってしまいそうな宴会に呼ばれた覚えはない。

 呆然としたような呟きには、黄の王が答えた。

「会議か。会議なぁ。まあ、話ならちゃんとしてるぜ。例えばそこの出奔王だけど、この間まーた性懲りもなく出奔したんだとさ。そんで案の定、あのイケメン宰相にしこたま怒られた、とかな」

「ははは、まあ、あの男は私に構うのが好きなのだ。私が出奔すればその機会も増えるから、それはそれで楽しんでいるだろうよ」

「男に構うのが好きとか、あんたのとこの宰相、ほんっとに趣味悪いよなぁ」

 心底理解できないといった風の黄の王は、二十六歳という若さで赤の王よりも王歴の長い優秀な男だが、女好きで有名な王でもある。女性は等しくこの世で最も素晴らしい存在だと公言して憚らない彼にとって、赤の国の宰相が理解できないのは仕方ないだろう。

「折角とっても美しい顔をしているというのに、ロンター宰相のその病気は残念極まりないわぁ。それさえなければ、妾、褥に侍らせてあげても良いと思うくらいなのに」

 美しさを至上とする薄紅の女王は、顔は良いのに自国の王のこととなると残念になってしまう赤の国の宰相を思い出し、麗しい溜息を吐いた。それから黄の王が、そんであれなんだろう、と顰めていた顔ににんまりと笑みを形作ってみせる。

「ロンター公爵の秘蔵っ子の、グレイ? だっけか? あの子にも怒鳴られたんだって?」

「おや、耳が良いなクラリオ王。グランデルの何処かに優秀な耳をお持ちのようだ」

「色んなとお友達なだけだよ。ま、あんたなら判ってんだろうが、ほいほい重要な情報吐くようなグランデル国民なんて存在しねぇよ。あんたのとこの国民は、こっちが引くくらい、あんたに対して忠実だ」

「無論、承知しているとも。臣下も民も、皆私を信じてついて来てくれている。本当に、私は恵まれた王だ。だが、それは貴殿の国も同じだろう? クラリオ王」

「いやぁ、あんたのとこほどじゃあないけどな」

 そう言って笑い合う声を聞いていたギルヴィスだったが、二人のやり取りに抱いた疑問をぶつけようと、口を開く。

「あの、……クラリオ王は出奔出奔と仰いますが、ロステアール王のことです、何かお考えがあって出国なされたのでしょう」

 尊敬する国王が何の考えもなしに国を開けることないだろう、という主張だったが、黄の王はギルヴィスの顔をまじまじと見た後に、ぶはっと噴き出した。

「そりゃあお前、ちょっとこの男に夢見過ぎってぇ奴だな!」

 ええ……、と目を瞬かせているギルヴィスを、薄紅の女王が憐れむように見る。

「ロステアール王、可愛らしい子供を誑かすのは良くなくてよ?」

「そうそう、そうですよねランファ殿。いたいけな子供を弄ぶのは良くないな~」

 最低だわとでも言いそうな紅一点と、調子良くそれに同調する色男に、件の赤の王はのんびりと首を捻った。

「これは困った。誑かした覚えも弄んだ覚えもないのだがなぁ」

 やり取りを聞いていたギルヴィスは、一周遅れて、赤の王が他の王たちにけちょんけちょんに言われていることを理解した。そして、そのあんまりな言葉たちを否定しようと、慌てて口を開く。自分のせいで尊敬する王が誤解を受けるなど、あってはならない事態だ。

「た、誑かされてなどいません!」

「そうか、なら坊主は弄ばれてしまったか……」

「弄ばれてもいません! ライオテッド王! クラリオ王! ランファ王! そのような誤解はロステアール王に失礼だと思います!」

 我慢ならないとギルヴィスが吠えると、四者四様に王達は笑った。冗談だ、半分はな! と大きな手でギルヴィスの肩を叩く橙の王といい、本当に真面目ねぇと扇子で口元を隠している薄紅の王といい、面白いなぁギルヴィス王はと笑っている黄の王といい、子供を弄んでいるのはロステアール以外の三者の方だった。

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