カタリナさんの大切なもの 06

 パムと一緒に、とりあえず広場を周ることにした。


 広場の外周には、ルイデ像を中心に丸い円を描くように屋台がずらりと並んでいて、多くの人が行列を作っている。


 屋台から流れてくるのは、食欲をそそられるいい香り。


 そんな中を歩くのだから、腹が減るのは仕方がないことだろう。


 パムのお腹がグウと鳴いた。


「……あっ」


 彼女は俺の顔を見て「エヘヘ」と恥ずかしそうに笑った。


 つられて笑顔がにじみ出てしまう。


 なんだこのメチャクチャ可愛い生き物は。


「なんか食べるか?」


「えっ!? いいの?」


「まぁ、ひとつくらいなら」


 そう言った途端、カタリナからじっと睨まれた。


「な、なんだよ?」


「別に(ピュイくんって、年令問わず女性に優しいのね)」


 な、なんだお前、もしかして子供に妬いてんのか!?


 流石に対抗意識を持つ相手を間違ってるだろ。


 そんなカタリナの嫉妬にまみれた視線に見送られながら、俺は屋台に向かう。


 ざっと見たところ、子供が食べられそうなものはない。


 どうしようかと思案する俺の目に写ったのは──レモンのはちみつ漬けだった。


 カタリナも食べたいと言っていたし、これが良いな。


 すぐさま屋台に行き、3人分のはちみつ漬けを買った。


 カタリナの瓶には少し多めに入れてもらった。


「お待たせ」


 はちみつ漬けが入った小さい瓶をパムに手渡す。


 それを見たパムは、それはそれは嬉しそうに破顔した。


「うわぁっ! レモンのはちみつ漬けだっ! これっ……いいの!?」


「もちろん」


「あっ、ありがとうっ!」


 両手で大事に抱きかかえるように瓶を受け取るパム。


 それを微笑ましく眺めたあと、カタリナにも瓶を差し出した。


「……え?」


 カタリナは目をぱちぱちと瞬かせる。


「お前の分だよ」


「あ、ありがとう」


 どういう表情をすればいいかわからなくなったのか、カタリナはなんだか恥ずかしそうな、ちょっと拗ねているような顔をした。


(わたしの分も買ってきてくれるなんて優しい。ピュイくん、大好き)


 あやうく悶絶しかけてしまった。


 なんだよその反応。パムも可愛いけど、お前も可愛いな。クソ。


 緩んだ口元を隠すために、パムに話しかけることにした。


「ママとパパを探すのは、腹ごしらえしてからな?」


「うん」


 パムは俺に見向きもせず、ヒョイヒョイとレモンを頬張っていた。


 両親より食い物か。可愛いんだか薄情なんだかわからんな。


 とりあえず、ルイデ像の前に3人並んでしばらく黙々とレモンを口にはこぶ。


 うん、久しぶり食べたけど、甘酸っぱくて美味い。


「カタリナも昔はこんなふうに家族で祭りとかに行ってたのか?」


 隣に立つカタリナに何気なく尋ねる。


 彼女は遠くを見ながら答えた。


「よく覚えていないわ。あった気もするけど。ピュイくんはどうなの?」


「俺はないな。ヴィセミルみたいなデカい街に住んでたら違ったのかもしれないけど、俺が育ったのは北部の寂れた農村だからな。祭りと言ったら教会の感謝祭とかだけど、俺は大嫌いだった」


「どうして?」


「そりゃあお前、あれだよ。祈ってもなんにもしてくれないヤツに、なんで感謝しなきゃいけないんだって話だ」


「……まぁ、神さまもあなたみたいな人に感謝なんてされたくないでしょうし、双方幸せで良いんじゃないかしら」


 さらっと手厳しいな。


 こいつは本当に、どんな状況でも揺るがない辛辣乙女だ。


 と、思っていたが──


「でも、その意見には同意するわ。わたしもピュイくんと一緒で、感謝祭とか大嫌いだもの」


「え? そうなの?」


「そうよ。だって神さまが本当にいるなら……わたしの両親は殺されずに生きていたはずだもの」


 思わずレモンのはちみつ漬けが入った瓶を落としそうになってしまった。


 カタリナの過去を聞くのははじめてだが、まさかそんな経験をしているとは思わなかった。


 冒険者になる前に師事していた魔術師と世界を旅していたとき、そういう子供はたくさん見てきた。


 ある子供は両親をモンスターに殺され、ある子供は野盗に故郷を焼かれていた。


 そんな子供たちを保護して、孤児院に送り届けることもあった。

 

 両親を殺され、故郷を焼かれ、泣きじゃくる子供を喜ばせるために覚えたのが、さっきの手品だ。

 

 カタリナもあの子供たちと同じ境遇だった……なんて安直には断言できないけど、似た経験をしていることは確かだろう。


 「フォン・クレール」という名前は、「クレール家の子供」という意味だし、もしかすると元々は貴族出身で没落してしまった可能性もある。


 没落した貴族の苦労話は酒の席でたまに耳にする。


 大抵はやっかみが含まれた笑い話に変えられているが、詳しく聞けば聞くほど耳を塞ぎたくなるような悲惨な内容だった。


 極貧生活を強いられているなんてのは、いいほうだ。


 中には娼婦に身を落としたが耐えきれず薬漬けになった者もいるし、奴隷として遠くの国に売られてひっそりと死んだ者もいる。


 その末路は、決まって幸せとは程遠いものだ。


「ちょっと」


 と、カタリナの声。


「話を膨らませなさいよ。わたしがせっかく話題を振ってあげてるのに(もしかして、変な話をしちゃったから引いちゃったのかな? だとしたらゴメン)」


「あ、いや……わ、悪い。なんていうか、昔にカタリナみたいな境遇の子供をたくさん見てきたからさ」


「……うん」


 ぽつり、とカタリナの声。


 なんだよ。話を膨らませろとか言っておきながら、お前がお座なりな返事で終わらせんじゃねぇよ。


 というか「うん」って、どういう意味だ。


 俺の過去を知ってるのかよ。


(ピュイくんが孤児をたくさん見てきたのは知ってるよ。だってピュイくんは、あの女魔術師フリオニールと一緒に旅をしていたんだもんね)


「……え?」


「な、何よ?」


「あ、いや、なんでもない」


 あぶねぇ。つい声に出てしまった。


 俺は必死に昂ぶった気持ちを落ち着かせるために、甘酸っぱいレモンを口に運ぶ。


 まさか、カタリナの口……じゃなく、心の声からフリオニールの名前が出てくるとは思わなかった。


 フリオニールは俺が師事していた、魔術の師匠の名前なのだ。


 俺は冒険者になる前まで、彼女と一緒に世界を旅しながら魔術の訓練を受けていた。


 しかし、8年前に彼女とは別れてから一度も会ってないし、連絡も取ってない。


 フリオニールの名前はガーランドにすら話していないのに、どうしてカタリナが知ってるんだ?


 あいつと顔見知りだった、とか?


 フリオニールはエルフで長命だし、ずっと世界を旅していたと言っていたのでありえない話じゃない。


 でも、俺も一緒にいたことを知ってるのは、おかしすぎる。


「あっ!」


 と、パムが誰かに気づいて突然駆け出した。

 

 とっさに引き留めようとしたが、俺はその手を下げた。


 彼女の視線の先にいたのが、若い夫婦だったからだ。


「ママ! パパ!」


「……パム!?」


 女性がパムに気づいた。


 どこかパムと似ている顔立ちの女性……いや、この場合、パムが彼女に似ているというべきか。


 良かった。


 どうやら、パムの両親を見つけることができたらしい。

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