カタリナさんの大切なもの 05

 年齢は5歳くらい……だろうか。


 つい目を止めてしまったのは、11年前に飛び出した故郷に残してきた妹にそっくりだったからだ。


 くりっとした目に三編みのおさげ髪。サイズが大きいぼろぼろの服。


 多分、着ているのは大人の服を流用したものだろう。北地区の子供は、ちゃんと体に合った服を着るので貧しい南地区の子か。


「すまんカタリナ、ちょっと待っててくれ」


「え? あ、ちょっとピュイくん?」


 カタリナを待たせて、少女の元へ走る。


「……どうした? 迷子にでもなったか?」


「っ!?」


 少女がビクリと身をすくませた。


 怖がられないように屈んで目線をあわせてから声をかけたが、怯えさせてしまったか。


「あ〜、いや、急に声をかけて悪いな。でも、そんな警戒するなよ。別にお前を連れ去ろうとか考えてるわけじゃない。両親とはぐれちまったのか?」


「……」


 しかし、少女は何も答えてくれない。


 参ったな。


 こんなことならモニカでも連れて来ればよかったか。


 あいつ、妙に子供に人気があるからな。


 多分、子供と同レベルの思考をしているからだと思うけど。


「その娘、迷子なの?」


 背後から声がした。カタリナだ。


「多分な。見知らぬ俺にビビってるみたいで、何も話してくれないけど」


「見知ってても、見た目が怖いから何も話さないでしょうね」


 手厳しいな! 


 ていうか、辛辣っていうより、ただの悪口だろそれ!


 こう見えても俺はガーランドの子供とかに人気あるんだぞ。おやつあげたりしてるから。


「カタリナって子供は得意か?」


「得意? どういう意味?」


「いや、なんつーか、子供相手が得意なら、こういう時に緊張をほぐして話を聞けたりするのかなって」


「バカにしないでくれる? わたしはカタリナ・フォン・クレールよ?」


 自信満々に胸を張るカタリナ。


 なんだか不安だが、そこまで自信があるなら任せてみるか。


 すっと前に出たカタリナは、少女を見下ろしながら言い放つ。


「そこのあなた、わたしに事情を話しなさい(こ、これでいいかしら?)」


「うん、やめろバカ」


 全然よくねぇよ。


 なんてことしてくれてんだ。さらに怯えちゃったじゃねぇか。


 少女はなんだか今にも走って逃げて行きそうな雰囲気だ。


 ここで逃げられたら、更に迷子になってしまいそうだ。


 なんとかして俺たちは怖くないってことを分かってもらわないと。


 でも、言葉で説明しても分かってもらえなさそうだし、冗談を言っても笑ってくれないだろうし──


「……あ、そうだ」


 ふとひらめいた俺は、少女の前に座ってポケットの中から銅貨を1枚取り出した。


「いいか嬢ちゃん? この銅貨がどっちの手に入っているか当てたら、良いものを見せてやるよ」


「……? いい、もの?」


 ぽつり、と少女が答えた。


 よし、少し興味を引けた。


「そうだ。すごく綺麗で、可愛いやつ」


「……うん、わかった」


 少女はこくりと頷くと、じっと俺の手を見る。


 俺は銅貨を右の手のひらで握って、両手を交差させるようにゆっくりと動かした。


 何の種も仕掛けもない、ただの子供だましだ。


 左手に銅貨が移動した……なんてことはない。


「さぁ、どっちだ?」


 俺は握りしめた両手を差し出す。


 少女はしばらく悩んで、右手をちょんと触った。


「おお、正解」


 右手を開いて、銅貨を見せる。


 瞬間──


「……わぁっ!」


 手のひらの銅貨が青白く輝き、小さな妖精が飛び出した。


 その妖精は、色々な花びらを振りまきながら少女の周りを飛び回る。


「あはっ! 妖精さん、待って!」


 少女は嬉しそうに妖精を追いかけ、その場でくるくると回りだす。


 捕まえようとする少女の手から逃れるように飛び回った妖精は、やがて空へと消えていった。


「……あ〜、消えちゃった」


「消えちゃったな」


「ねぇ、今の、オジサンがやったの?」


「オジ……」


 なんてこと言いやがる。俺はまだ25歳だぞ。


「あ、ああ、そうだよ。今のは俺の魔術だ」


「すごいっ!」


 キラキラとした羨望の眼差しを向ける少女。


 あれは昔から得意としている、手品のようなものだ。


 実際に妖精を召喚魔術で呼び寄せたというわけじゃなく、銅貨の中に含まれている銅成分と魔力を反応させて生み出した幻影だ。


 まぁ、この手品を使うと銅貨が1枚なくなっちまうのが少々痛いが、これを見て喜ばない子供はいない。


 この手品は、冒険者になる前に師事していた魔術師に教えてもらったものだ。あれから何年も使っていなかったけど……うん、まだ使えてよかった。


「今の……」


「ん?」


 ふと気づくと、カタリナが驚いた顔で俺の手をじっと見ていた。


「ああ、ただの手品だよ。子供だましだけど、中々いいだろ?」


「……ええ、すごく良いわね(……すごく、懐かしい)」


「……?」


 懐かしい? 


 カタリナも前に見たことがあるのか?


 まぁ、俺が考えた手品ってわけじゃなくて、師匠に教えてもらっただけだからな。ありきなりな手品なのかもしれない。


「ねぇねぇ! もう1回やって!」


 少女が俺のシャツを引っ張ってきた。


「いいぜ。でも、その前に事情を説明してくれないか?」


「ジジョウ?」


「そ。なんでこんなところにひとりでいるんだ?」


「……あ、そうだ。ええとね、ママとパパがはぐれちゃって」


「ママとパパがはぐれた?」


「そう」


 こくりと頷く少女。


 まぁ、はぐれたのは少女のほうだろうが、子供からしたら両親がはぐれたって感じなんだろうな。


 俺の手品ですっかり気をよくした少女は、俺に事情を説明してくれた。


 彼女の名前はパム。南地区に住んでいて、今日は家族3人で祭りに来た。


 初めての王冠祭りで「お菓子がもらえる」と興奮して走り出し、両親とはぐれてしまったらしい。


 話の途中で「パパはよくおならをする」とか、「ママはよく怒る」とかあっちこっちに寄り道をしていたけど、多分、そういうことだ。


「なるほどな。じゃあ、パムちゃん。一緒にママとパパを探そうか」


「ちょ、ちょっとピュイくん」


 慌ててカタリナが止めに入ってきた。


「人探しなら、街の衛兵に任せたほうがいいんじゃない? 彼らの専門だし」


「そうだけど、今日は祭りの警備に忙しいと思うぜ。それに、あいつらは面倒なことをやりたがらないからな」


 祭りの中での人探しなんて、面倒極まりない。


 やつらは「やっておく」と言っておきながら放置するのは目に見えている。


 下手をすると小銭を稼ぐために奴隷商に売られるかもしれない。そういう話は聞いたことがあるし、実際に何度も見てきた。


 だからパムの両親は俺が探してやるしかない。


「悪いカタリナ。ちょっと待っててくれないか? この子の親を見つけたら、レモンのはちみつ漬けを腹いっぱいおごってやるからさ」


「……何を言ってるの」


 カタリナは冷ややかな目で言う。


「わたしも手伝うに決まってるでしょ」


「え」


 意外な提案にギョッとしてしまった。


 俺の反応に慌てたのか、カタリナがまくしたてるように続ける。


「な、何よ。こう見えても、子供は得意なんだからね?(うぅ……すごく苦手だけど、困っている子供を放ってはおけないしな)」


 やはり子供が苦手だったらしい。


 さっきのやりとりでそうなんじゃないかとは思ってたけどさ。


 でも、苦手なのに手伝ってくれるなんて、いいヤツすぎるだろ。


 後で本当にレモンのはちみつ漬けを腹いっぱい食わせてやりたくなった。


「よし、じゃあみんなで探しに行くか」


「うん!」


 パムは元気よく返事をすると、俺とカタリナの間に入って手をつないだ。


 右手を俺に、左手をカタリナに。


「……っ」


 流石にこのシチュエーションは恥ずかしい。


 これじゃあ、なんだか──本物の家族みたいじゃないか。


「ち、ちょっと……っ」


 迷惑そうに顔をしかめるカタリナ。だが──


(な、な、なによこれっ!? なんだかパムちゃんが、わたしとピュイくんの子供みたいじゃない! 控えめに言って……最高のシチュエーションよっ! パムちゃんグッジョブっ!)


 ……うん、そういう反応になっちゃうよね。


 まぁ、ちょっと恥ずかしいけど、カタリナが喜んでくれるならこのままでいいか。

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