カタリナさんの大切なもの 07

 パムは慌てて駆け寄ってきた母親に抱きついた──かと思いきや、突然立ち止まり、腰に手を当てて「むん」と胸を張った。


「もう、ママってば、だめでしょ? ちゃんと手をつないでなきゃ」


 そして、第一声がそれである。


 俺はたまらず笑ってしまったが、母親にはそんな余裕はなかったらしい。


 泣きそうだった表情が、一気に怒りの色に染まる。


「な、何を言ってるのよ! パムがお菓子につられて勝手に走っていっちゃったんでしょ!」


「……あれっ? そうだったっけ?」


「ホントにもう! 心配したんだから!」


 母親がパムをぎゅっと抱きしめる。


 状況がよくつかめないのか、パムは一瞬キョトンとしてから嬉しそうに「えへへ」と笑った。


 それを見て、再び笑みがこぼれてしまう俺。


 ママに会えて本当に良かったなパム。


 ま、あとでこっぴどく叱られると思うけど。


「あの、もしかして、パムを保護していただいたのでしょうか?」


 父親が俺たちに声をかけてきた。


 継ぎ接ぎのシャツから見える腕は筋張っていて日焼けをしている。多分、西地区の市場かどこかで荷降ろしの仕事をやっているのだろう。


「まぁ……保護っていうか、迷子になっているみたいだったんで、一緒に探してただけですけど」


「そうだったのですね。本当にありがとうございます。何かお礼をしたいのですが……すみません、行進で子供たちに配るお菓子くらいしかなくて」


「いえいえ。そんなつもりでパムちゃんに声をかけたわけじゃないので、お気になさらず」


「本当にすみません」


 父親が深々と頭を下げる。


 なんだかすごく人が良さそうな父親だと思った。


 パムたちと同じ南地区に住んでいる賭けポーカー仲間が何人かいるが、こんなに出来た人間じゃない。


 口を開けば不平不満ばかりで、自身の境遇の呪い、社会を憎み、いつも周囲に毒を吐きまくっている。


 南地区に住む人間は心も貧しいヤツらばかりだと思っていたけど、偏見だったのかもしれないな。


 母親が厳しそうなのも、パムを思ってのことだろうし。


 うん、すごく良い家族じゃないか。


「じゃあな、パム」


 母親に抱きかかえられたパムに声をかけた。


「もう迷子になるんじゃないぞ」


「うん、オジサンも気をつけてね。バイバイ」


「……」 


 俺は迷子になんてならないし、そもそもオジサンじゃねぇ! 


 俺はピチピチのお兄さんだ!


「おねぇちゃんも、バイバイ!」


「……え? う、うん、バイバイ」


 不意に声をかけられ、しばらく反応に苦慮していたカタリナだったが、小さく手を振り返した。


 母親と父親はもう一度俺たちに礼を言って、人混みの中に消えていった。


 彼らが消えた雑踏をしばらく眺める。


 もうすぐ「王冠行進」がはじまるのか、ルイデ像広場には多くの王冠をつけた人で溢れかえっていた。


「意外だったわ」


 ぽつりと聞こえたのはカタリナ声。


 隣を見ると、彼女もぼんやりと群衆を眺めていた。


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 

 少しだけ考えて、パムの父親のことを言っているのだと気づく。


「だな。南地区に住んでるヤツって、もっと粗暴な連中だと──」


「そういうことじゃないわよ」


 カタリナがちらりと俺を横目で見る。


「ピュイくんが子供に対してあんなに真剣だなんて、知らなかった」


 ああ、そっちか。


「出来なかった『親孝行』みたいなもんだよ」


「え? 親孝行?」


「俺って魔術師になりたくて故郷の村を飛び出したクチだからさ。親孝行的なものはなにもやってないんだよ。パムを助けたのは彼女が困っていたからだけど、両親も同じくらい困ってるだろうなって思ったからだ」


 そう説明して思い出す。 


 故郷を飛び出したのは、もう何年前だろう。


 フリオニールと別れたのが8年前だから、少なくとも10年は経っているか。


 国王に仕える「宮廷魔術師」に憧れていた俺は、現れたフリオニールに無理やり弟子入りして村を飛び出した。


 彼女の元を離れているのに、いまだに故郷に帰れていないのは後ろめたさがあったからだ。


 魔術師になるために村を出たのに宮廷魔術師になれず、かといって優れた冒険者にもなれていない。


 そんなヤツを歓迎してくれるわけがない。


「なるほど。親不孝者のピュイくんは、子供を助けてその罪悪感をごまかしてるってわけね」


「……言い方」


 もっとオブラートに包んでもバチは当たらんだろ。


 ったく、この辛辣乙女は。


「でも、ピュイくんのおかげでパムも彼女のご両親も救われたと思うわ。誰だって、ひとりになったり、大切な人がいなくなるのは怖いはずだもの」


「お前もそうなのか?」


「前はそうだったけど……今はどうかしらね(今は家族みたいなひとたちがいるから)」


 家族みたいなひと? なんだそりゃ?


 ヴィセミルで親戚にでも再会できたのか?


 そんな話は初耳だが、まぁ、それでカタリナの寂しさがなくなったのなら良いことじゃないか。


 こいつも大変な子供時代を過ごしてそうだしな。


「それで、どうする? もう少しレモンのはちみつ漬け、食うか?」


 俺は少しだけレモンが残った小瓶をカタリナに見せた。


「……うん、食べたい」


 カタリナは小さくコクリとうなずく。


 素直な反応だな、おい。


 前々から思ってたけど、食べ物に対しては本当に素直なんだな。


 でも、食べたいというのなら、食べさせてやろうではないか。


 そう思って再びレモンのはちみつ漬けが売られていた屋台に行ったのだが、生憎、売り切れてしまっていた。


 流石は子供に人気のある食べ物だ。


「あ〜、売り切れちゃってたか。残念……」


 俺の隣で聞き覚えのある声がした。


 そちらを見ると、呆然と屋台を見ているモニカの姿があった。


 いや、彼女だけではなく──ガーランドとサティの姿も。


「……なんでお前らがいるんだよ」


 この雑踏の中でばったり会うなんて、どんな奇跡だ。


 俺の声に気づいたガーランドがこちらを見た。


「ん? ……おお、ピュイではないか。鎧の修繕はどうしたのだ?」


「とっくにリーファに依頼したよ。店にいるときにリーファに王冠祭りがあるって聞いてさ。カタリナが初めてだっていうから、足を伸ばしてみたんだ」


「なるほど。それはいい心だけだぞピュイ。初めてというのなら、無理やりにでも参加させないとダメだ」


 ニヤリと笑みを浮かべるガーランド。


 なんだかメチャクチャ王冠祭りに思い入れがあって、「毎年参加してます!」みたいな発言だけど、お前も参加できてないだろ。笑うドラゴンの依頼で街を離れてるから俺も参加できてなかったわけだし。

 

 今度は俺が尋ねた。


「それで? そっちは?」


「依頼を終わらせて街に戻ってきたところだ。どうやらサティも王冠祭りを知らなかったようでな。だったら今日は屋台で晩飯を買って食べるかと足を運んでみたのだ」


「へぇ、サティも初めてだったのか」


「……そう、なんです」


 サティが恥ずかしそうにはにかむ。


 サティは東の国出身だし知らなくて当然か。でも、街を離れることが多い冒険者には、そういう人間が多いのかもしれないな。


「あっ! ちょっとまってください!」


 甲高いモニカの声が響く。


「ピュイさんたちが持ってるそれ、レモンのはちみつ漬けじゃないですか!? ズルいですよ! わたしも食べたかったのに!」


 どうやらモニカは、俺たちが持っていた小瓶に気づいたらしい。


「ん? 食いたいのか? じゃあ、俺の残りをやるよ。あんまり無いけど」


「え?」


 小瓶を差し出すと、スッとモニカの表情から感情が消えた。


「……いえ。いいです。ピュイさんの食べかけなんて、なんだか変な病気が移りそうですし」


「喧嘩売ってんのかお前」


 ひとを病原菌みたいに言うな。


 無理やり食わせたろか。


「しかし、なんだかんだ言って、こうやって集まってしまうとは、本当に俺たちは腐れ縁なのだな」


 ガーランドがしみじみと言う。


「腐れ縁ってなんだよ。もっといい感じの表現はできねぇのか」


「じゃ、じゃあ、家族……とかどうですかね?」


 恥ずかしそうにサティが言う。


 はっとして彼女を見た瞬間、サティは仮面で半分を隠している顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。


「すっ、すみませんっ! 変なことを言ってしまいました……」


「いやいや。全然変じゃないぞ。家族か。いい表現じゃないか」


「うむ、そうだな」


 ガーランドも満足げに頷く。


 命を預け合う運命共同体の俺たちは、ある意味家族以上の存在なのかもしれない。


 お互いがお互いを補完しあい──助け合う。


「……ん?」


 俺ははたと気づく。


 さっきカタリナが心の中で言っていた「家族のようなもの」って、もしかして──俺たちのことなのか?


 カタリナはパーティを家族のように思ってくれているのではないか。


 だからこそ彼女は、他のメンバーを助け、俺の個人実績を肩代わりするために休日にひとりで依頼を受けていたんじゃないだろうか。


「な、なによ?」


 俺の視線に気づいたカタリナが目を瞬かせた。俺は頭を振る。


「別に。ただ、妙にしっくりきたなと思ってさ」


「なによそれ。意味がわかんない(というか、そんなに見つめないでよ。照れちゃうじゃない、バカ)」


 照れたいののはこっちだバカ。


 塩対応で辛辣なくせに心の中でデレまくったり、俺たちのことを家族だなんだと勝手に思ったり。


 本当にこいつは──可愛いすぎるだろ。


「ちょっと、変なことを言うのはやめてくださいよ、ピュイさん!」


 突然、モニカが俺の名を呼んだ。


 まさか心の声が聞こえたのか、と焦ったが全然違っていた。


「わたしたちが家族って、年齢的に言ったらピュイさんはわたしのお兄さん、ってことですよね? ちょっと、なんていうか……キモすぎですよそれ!」


「よし。お前、次の依頼の報酬減らす」


「ぎゃっ!? なんですかそれ! リーダーの権限を悪用したパワハラですよパワハラ! ちょっと、なんとか言ってくださいよ! カタリナお姉ちゃん!」


「お、おねぇ……っ!?」


 モニカがすがりつくようにカタリナの腕にしがみついた。


 それを見て、ガーランドとサティが笑う。


「わははは、たしかにカタリナはモニカのお姉さんっぽいな」


「ふふ、そうですね」


「あ、あなたたちまで何を言ってるのよ!(わたしはお姉さんとかじゃなくて、ピュイくんの恋人がいいのっ!)」


 顔を真っ赤にしながら、しれっとデレるカタリナ。


 ちょっと気をつけてくださいよ、カタリナさん。あんまり興奮すると、その胸中デレが、ぽろっと口に出ちゃいますよ?


 腕にしがみついて「早く晩ごはんを買いに行こうよ、お姉ちゃん」とねだるモニカと「ちょっとやめてよ」と言いながらも、まんざらでもなさそうなカタリナ。


 ガーランドは「あまりはしゃぐと迷子になるぞ」と呆れ顔だし、サティはみんなを見て楽しそうにクスクスと笑っている。


 そんなパーティメンバーを見て、俺はしみじみと思った。



 うん、なんていうか──本当に家族みたいじゃないか。

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