カタリナさんの休日の過ごしかた 04
「アルコライトで周囲を照らすぞ」
俺の杖から光の玉が放たれ、空中にぷかりと浮かんだ。
アルコライトはランプ代わりに使う灯火魔術だ。召喚した光の玉は一定時間術者を追跡し、周囲数メートルを照らし出す効果がある。
炭鉱に入って10分ほどが経ち、奥に進むにつれて壁に掲げられていた松明の数が減って、薄暗くなってきていた。
炭鉱内の空気も少し湿っていて、いかにも「歩きキノコ」が好きそうな環境。
いつ奴らが出てきてもおかしくない状況だ。
「カタリナ」
俺は前を歩くカタリナの背中にそっと語りかけた。
彼女は一瞬ビクリと肩をすくませ、ギギギ、とぎこちなくこちらを振り向く。
「な、なに?」
「奴らのテリトリーだ。いつ襲われても大丈夫なように準備しとけよ」
「……えっ!?」
ギョッとするカタリナ。
(いっ、いつ襲われてもいい準備!? だっ、だ、だ、誰に!?)
歩きキノコに決まってんだろ。
流石にゲスい俺でもこんなところで女性に襲いかかったりするか。
いや、こんなところじゃなくても襲わないんだけどさ。
こう見えても俺は、愛に従順な紳士なんだぞ。
「おい、なんだかいつもより動きがぎこちない気がするけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。歩きキノコくらい余裕で片付けられるに決まってるでしょ。わたしを誰だと思ってるのよ」
カタリナがぷいと前に向き直して歩き出す。
そりゃあ、いつものカタリナだったら歩きキノコくらい、あくびをしながら殲滅できるだろうけどさ。
「……こりゃ、いつでも魔術が発動できるようにイメージを準備しといたほうが良さそうだな」
魔術の発動には魔力の他に「想像力」が必要になる。どんな効果を発動させるかを頭の中でイメージして、そこに魔力を注ぎ込むのだ。
昔は「詠唱」なんていう言葉や詩を口に出していたらしいが、現代魔術は詠唱を必要とせず、想像力だけで発動させる。
つまり、事前に頭の中で魔術をイメージさせておけば、咄嗟に魔術を発動させることができるのだ。
しかし、と俺はカタリナの背中を見て思う。
何でこいつはこんなにポンコツになってんだ?
妙に変な方向にばかり想像が行ってるし、体の動きもぎこちない。
こいつが変な想像ばかりしてるのはいつものことだけど、流石に今日はひどすぎる。カタリナは頭の中が砂糖でできている隠れ乙女とはいえ、AAクラスの最強冒険者なのだ。
ダンジョンに入る前は俺でもビビるくらいに集中しているし、いつ接敵してもおかしくない状況で、体の動きが固くなったりしない。
体調が良くないのか……と思ったけど、だったら依頼なんて受けるわけがないしな。
とすると、考えられるのは女性特有のアレか。
詳しくないけど、その時期になると妙にイライラしたり、頭の回転が鈍くなるって話をガーランドから聞いたことがある。
「カタリナ、もしかしてお前……アレの日なのか?」
「え? あれ?」
「ほら、女性特有のあれだよ。ええと……いちごの季節っつーか、トマト祭りっつーか、月のものっつーか」
「……ッ!? 違うわよバカ!」
「痛っだあァっ!?」
おもいっきり足を踏んづけられた。
今、激痛とともに俺の足から出ちゃいけない音が聞こえた気がしたので、慌ててイメージしていた回復魔術「キュアヒール」を自分の足にかける。
ふぅ、俺が回復魔術師で本当によかったぜ。
しかし、女性特有のアレじゃないとしたら、なんなんだ?
他にはこれといって思いつかない。
いつも胸中でデレまくっているのだから、むしろふたりっきりの状況に狂喜していつも以上の力を出しそうなものだけど──
と、そんなことを思っていたときだ。
「おい、カタリナ!」
「今度は何よ?」
「右前方! 歩きキノコだ!」
「……えっ!?」
暗闇の中から飛び出してきたのは、2体の巨大なキノコだった。
毒々しい赤色をした傘に、樹木の幹ほどある柄。そしてまるで人の足のように、柄から2本の小さなキノコが生えている。
周囲警戒していたはずなのに、まさかここまで近づかれていたなんて。
咄嗟にカタリナが身構えたが、遅かった。
凄まじい速さで突っ込んできた歩きキノコが、カタリナに衝突する。
「くっ……」
体当たりの衝撃でカタリナの胸当てに亀裂が入った。
キノコとはいえ、歩きキノコの傘は岩のように固い。彼らの毒性胞子も恐ろしいが、猛スピードで相当たりしてくる物理攻撃も厄介なのだ。
「キュアヒール!」
俺は即座に回復魔術を発動させた。杖の先から光が放たれ、カタリナの体に吸い込まれていく。
胸当てで防いでいたのでダメージはないと思うが、念の為だ。
「おい、しっかりしろカタリナっ! 次が来るぞっ!」
「い、言われなくてもわかってるわよっ!」
地面に転がっている最初のキノコ野郎を飛び越えて、次の歩きキノコが襲いかかってきた。
今度のヤツはまっすぐ突進してくるのではなく、跳躍して頭上から攻撃してきた。
カタリナはそれを最小限のステップだけで見事に躱すと、飛んできた歩きキノコの傘が地面に突き刺さると同時に剣を薙ぎ払い、胴体を真っ二つにした。
「……はあっ!」
さらに、のっそりと起き上がった最初の歩きキノコの胴体に剣を突き刺し、天井に向かって斬り上げる。
縦に真っ二つになった歩きキノコが、ドサリと崩れ落ちた。
岩よりも固いと言われている歩きキノコの傘を真っ二つにするなんて、なんちゅう馬鹿力だ。
「……と、カタリナに感心している場合じゃないか」
周囲警戒。別の歩きキノコが襲ってくるかもしれない。
アルコライトで周囲を照らし出したが、動くものは何も見えなかった。
とりあえずは一安心か。
「おい、大丈夫か?」
そっとカタリナのそばに近づく。周囲を警戒していたカタリナも、安全だと確信したのか剣を鞘に戻した。
「うん、平気」
「一応、毒抜きしておくぞ」
「……ありがとう」
頭の中で汚物が浄化されるイメージを作って、魔術を発動させる。
キュアポイズン。毒抜きの魔術だ。
歩きキノコから毒の胞子は出てなさそうだったが、視界が悪くて見落としていた可能性もある。そんな初歩的なミスで命を落とすなんて御免だからな。
キュアポイズンの効果が発動したカタリナの体が、ぽっと青白く輝く。
「というか、どうしたんだカタリナ? いつもより注意散漫だし、動きにキレがない。調子が悪いなら、一旦帰還して他のメンバー連れてくるか?」
「帰還ですって? 誰に向かってそんなことを言ってるのよ。わたしはAAランク冒険者のカタリナ・フォン・クレールよ?」
「しかし、なぁ……」
俺は大きな亀裂が入った彼女の胸当てに視線を落とす。
流石にこのままの状態で進むのは危険な気がする。カタリナがおかしい原因がわかれば対処のしようもあるけど、今のところ見当もつかない。
事情を話してくれればいいのだけど、と不機嫌そうなカタリナを見たときだ。
(うぅ……初めてのふたりっきりの依頼がこんなに緊張するなんて、思ってもみなかったよぅ……)
「……あっ」
「な、なによ?」
「あ、いや、なんでもない」
咄嗟に目をそらす俺。
そういうことか。
よくよく考えてみれば、俺とカタリナがふたりだけで依頼を受けるのははじめての経験だ。
いや、依頼どころか、ふたりだけで行動することすらはじめてだ。
ただでさえこいつは乙女みたいな思考なのだ。喜ぶ前に、緊張するよな。
失敗した。こんなことになるんだったら他のメンバーを連れて来るべきだったが、今更言ったところで遅すぎるか。
仕方がない。
これは、パーティリーダーとして、俺がどうにかしてカタリナの緊張をほぐしてやらなければ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます