カタリナさんの休日の過ごしかた 05

 とはいえ、緊張をほぐす方法ってどうやるんだ?


 前にガーランドが言ってた気がしたけど、なんだったっけ。「緊張するのは自分のことを考えすぎるから」……だっけ?


 その理論に当てはめるとすれば、カタリナは俺とふたりっきりになっている自分を意識しすぎているから、緊張してるってことか。


 つまり、自分自身ではなく俺に意識を向ければ緊張はほぐれるはず。


「よし、カタリナ! 俺のことだけを考えろ!」


「……ひょえっ!?」


 突然悲鳴を上げるカタリナ。


 ん? どうした急に?


(い、い、言われなくても、いつもピュイくんのことばっかり考えてますけどっ!?)


 ……あ。いや、なんかごめん。


 言葉の綾というか、そういう意味じゃないんだ。なんていうか、俺にだけ意識を向けろというか……いや、それも妙なふうに勘ぐられてしまうな。


「え、えーと、なんていうか、相手に意識を集中させると緊張が和らぐって話をガーランドから聞いたからさ」


「き、緊張ですって!?」


 カタリナがびくっと肩をすくませる。


「べ、べべ、別にピュイくんとふたりきりだからって、き、緊張なんて、し、しし、してないからっ!」


 と、言いつつも、わかりやすく目を泳がせるカタリナ。


 声まで上ずらせちゃってまぁ。どうやら緊張のせいでいつもの辛辣オーラの出し方を忘れてしまっているらしい。


「分かってるよ。カタリナが緊張なんてするわけがない。でも、あまり気を張りすぎてもよくないからさ。ほら、適度に気を緩めないと疲れちまうだろ?」


「……そ、それは、まぁ、そうかもしれないわね。わかったわ」


 カタリナはそう言って静かにうつむくと、上目使いで俺を見た。


 彼女の少し困ったような、恥ずかしそうな表情に、ついドキッとしてしまう。


 カタリナの上目遣い……なんつー破壊力だ。


「えーっと……どうだ?」


「変わらないわ(いつもと変わらず、かっこいいです……好き)」


「……」


 悶絶した。


 鼻がピクピクと動いてしまうのを必死に抑えつける俺。


 ダメか。ええと、他に何かあったっけ。


「じゃあ、依頼が終わった後の楽しいことを想像してみろ」


「楽しいこと?」


「依頼を終えてから『酔いどれ金熊亭』で美味しい酒を呑んで……そうだな、お前の好物のレモンのはちみつ漬けを食ってさ」


「はちみつ漬け……」


 ぼんやりと遠くを見るような目をするカタリナ。


 その口の端に、すこしだけ光るものが。


「……じゅる」


「じゅる?」


「あっ……!? こっ、これは、ちがうわ!」


 カタリナが慌てて両手でよだれが垂れかけていた口元を隠す。


「べ、別に、昨日お腹いっぱいに食べたレモンのはちみつ漬けを思い出して、また食べたいな〜とか考えてたわけじゃないから!」


「なにも言ってねぇよ」


 てか、昨日食ったのかよ。


 それなのにまた食べたいとか、どんだけ好きなんだお前。


 レモンのはちみつ漬けを出したのは、完全に藪蛇だったか。


「よし、なら次は深呼吸だ」


 オーソドックスだけど効果はあるはず。駆け出し冒険者の頃は、俺も依頼に出るたびにやってたからな。


「深呼吸で心を落ち着けさせることができるって言うだろ? ほら、大きく息を吸って、ゆっくり息を吐いて!」


「わ、わかった」


 カタリナは真剣な眼差しで頷くと、さっと両手を広げる。


「ひっひっふ〜……ひっひっふ〜……」


「……おい、それは子供を産む時にやる呼吸法だろ」


「こっ、こ、こ、子供を……産む!?(だ、だ、誰の!? もしかして、ここで作るのっ!?)」


 知らねし、作らねぇよっ! 


 そもそも俺は「大きく息を吸ってゆっくり吐け」って言ってるのに、全然違うことやってんじゃねぇ!


 あああ、もぉぉぉう!


 お前なんなんだよ! こっちは必死に助けようとしているのに、なんでそんな致死級の罠を散りばめてんだよ!


 こいつ、わざとやってるんじゃねぇだろうな!?


「……ぐぬぬ、落ち着け、俺」


 ここで怒りをぶちまけても何も解決はしない。


 俺は大きく深呼吸して燃え盛る怒りを鎮める。


 すると、まるで潮が引いていくように、怒りが消えて冷静さを取り戻すことができた。


 あ〜、やっぱり深呼吸って効果あるんだな〜。


「……で? どうだ? 少しは落ち着いたか?」


「全く」


 さらっと答えるカタリナ。


 でしょうね。聞くまでもなかったか。


 さてどうするか。


 ここまでやって無理なら何をすればいいんだ? もうネタは残ってないぞ。


「と、とにかくだな。もう一度、お前の目的を思い出せよ。休みの日にわざわざ依頼を受けてたのは、自分をカッコよく見せたいとか、そういう理由じゃないだろ?」


 カタリナはストレスを発散させるためと言っていた。


 それが本当の理由がどうかは知らないけど。


「ストレス発散するために依頼を受けてんのに、逆にストレスをためたら本末転倒だろ」


「本末転倒……」


 そう言って、カタリナはじっと黙りこんだ。


 しばし静寂が俺たちの間に流れる。


「……確かにそうね。ピュイくんの言う通りだわ。当初の目的を忘れてしまっていた気がする」


 その言葉を皮切りに、カタリナの空気がガラリと変わった。


 パーティでガーランドと共に前線を張っているときの研ぎ澄まされた刃のような雰囲気だ。


 それを感じた俺は、ほっと胸をなでおろす。


 こうなれば、俺がとやかく言う必要はないはず。


 元々、俺がカタリナにアドバイスするなんて、おこがましいにもほどがあるんだけどな。


 彼女は『聖騎士』という称号を持つAAランクの伝説的剣士で、かたや俺は泥臭く小銭を稼いでいるDランクの回復魔術師なのだ。


「……よし、じゃあ、奥に行こうか」


「ええ、そうしましょう」


 それから俺たちは、黙々と炭鉱に現れた歩きキノコを処理していった。


 しばらく狩りながら歩いていると、掘削作業中のツルハシがいくつも捨てられている場所があった。


 まるで作業中にあわてて逃げたような雰囲気だ。


 もしかしてと思って周囲を探索したところ、少し離れたところにキノコがびっしりと生えた木材が放置してあった。


 多分、天井や壁面を支持させるために使う「木積」に歩きキノコの菌が付着して繁殖してしまったのだろう。


 すぐに燃やしてしまおうかと思ったが、ひとまず外に運び出すことにした。


 炭鉱内は足元に可燃性のガスが滞留していることがあるからだ。


 カタリナに力仕事をお願いするのは気が引けたので、周囲警戒をお願いして俺が運んだ。木材はざっと10本ほど。すべて運び出すのに30分ほどかかった。


「これが……歩きキノコの苗床ですか?」


 外で待っていた依頼主にキノコが生えている木材を見せたところ、驚いている様子だった。多分、見た目は普通のキノコと大差ないからだろう。


「そうですね。こいつが成長するとモンスターになりますが、燃やしてしまえば問題はありません」


 ここにモニカがいたら魔術で一発……なのだが、生憎、今日はいないので火種を使って燃やすことにした。


 ランプ用の油をかけて火打ち石で火をつけ、全ての木材が灰になるまで待つ。


 それを見届けて、依頼完了だ。


 依頼主から完了のサインと、報酬金をもらって帰還することにした。


 ちなみに、報酬金の一部はギルドからもらうが、大半は依頼主からもらうのが普通なのだ。


「ピュイくん」


 炭鉱を後にしてしばらくして、カタリナがおもむろに俺の名を呼んだ。


「ええと……一応、お礼を言っておくわ」


 カタリナを見ると、バツが悪そうに唇を尖らせ、明後日の方向を見ていた。


 礼というのは、緊張をほぐそうとしたアレのことだろうか。


「いやいや、俺は何もしてないよ」


 ガーランドに教えてもらった緊張をほぐす方法は全部使えなかったし。


 明日、ガーランドに「意味ないもん教えるんじゃない」と小言をぶつけてやろう。


「で、でも、ピュイくんがいなかったら、大怪我をしていたかもしれないし」


「そんなことないだろ。後半はモンスターに触れさせないくらいに無双してたじゃないか」


「そう、だけど……」


 ま、前半は本当にヤバいと思ってたけど。


「その鎧」


 俺は、亀裂が入ったカタリナの胸当てを指差す。


「修繕するなら前もって言ってくれよ。パーティで費用を出すからさ」


「そ、そんなこと」


「ウチのパーティは『装備の修繕は折半』ってルールなんだ。みんなやってることだし、気にする必要はないぞ」


 装備や消耗品は個人負担というパーティも多いが、その場合、報酬の分配が面倒になる。装備の消耗が激しいガーランドやカタリナの取り分を多くしないと、装備の維持費だけで赤字になってしまうからだ。


 そういうところに頭が回らないパーティリーダーもいて、トラブルになることがあるらしい。分配率がどうのこうのという話で揉めているパーティを、よくギルドで見かける。


「あ、ありがとう」


 ぽつりと浮かんだのは、カタリナの声。


 彼女の顔を見ると、少しだけ頬を赤らめていた。


(ピュイくんって本当に頼りになる。何度もわたしを助けてくれて、本当にありがとう。すごく……嬉しい)


「……っ」


 俺はさっと視線をそらしてしまった。


 口と心の両方でストレートにお礼を言われるなんて、いつものデレ攻撃以上に破壊力がすごい。


 というか、「何度も」ってなんだよ。そんなにお前を助けた記憶はないぞ。


 むしろ助けられているのは、俺のほうだ。


「と、とにかく、早く帰ろうぜ」


「う、うん」


 気まずい空気を引きずりながら、俺たちは逃げるように街に戻った。


 以前、「褒められるのが慣れてないのかぁ?」なんてカタリナをバカにしてたけど──どうやら俺も同じだったらしい。

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