カタリナさんの休日の過ごしかた 03

 カタリナが受けたのは、ヴィセミルの東にある炭鉱に出没したという「歩きキノコ」の討伐依頼だった。 


 歩きキノコとはその名の通り「歩くキノコ」のモンスターだ。


 キノコから足のような部位が生えていて見た目は可愛らしく、女性冒険者には歩きキノコ好きが結構いるらしい。


 しかし、見た目が可愛いとはいえ、人に害為すモンスターであることに変わりはない。


 歩きキノコは毒性の胞子を周囲に撒き散らすことがあり、森で運悪く遭遇してしまった木こりが亡くなるという事故がたまに起きている。


 でも、はっきり言って意外だった。


 歩くキノコ討伐依頼は「ランクD」の、危険度が低い依頼だったからだ。


 この依頼は俺たち「笑うドラゴン」が受けるような内容で、最上級AAクラスの冒険者であるカタリナが受けるようなものではない。


 ランクが低い依頼を受けたのは、何か理由があるのか?


「気分よ」


 尋ねてみたところ、さらっと答えられた。なんだか嘘くさかったので読心スキルで心の声を聞いてみたら、


(これくらいが丁度いいのよ)


 と言っていた。


 なんだろう。もしかして雑魚狩りをして「わたしTUEEEE!」を楽しみたいとでもいうのだろうか。


 だとするとちょっとSっ気がすぎやしませんかね。


 高笑いをしながら、歩くキノコをバッサバッサとなで斬りしていくカタリナ。


 ……いや、メチャクチャ想像できるけどさ。


「なんだかすごく失礼な想像をされている気がする」


「大丈夫。気のせいだ」


 ヴィセミルを出発して炭鉱に向かっている最中、何かを感じたのかカタリナがじっとりした視線を俺に投げつけてきた。


 な、なんだよ。もしかしてお前も読心スキルを持ってんのか!?


 一応、心の中で「お前が心の中でデレまくってるのはわかってんだよ! このツンデレ辛辣乙女が!」と叫んでみたけど、「何よ。そんなに見ないでよ。バカが感染るでしょ」と辛辣対応された。


 よし、確認終了。今日も平常通りだな。


「今回はガーランドがいないけど、前衛は任せていいのか?」


「もちろんよ。あなたに守ってもらうなんて、想像しだけて怪我しそうだもの」


 ぷいっとそっぽを向くカタリナ。


(だって、ピュイくんに守ってもらったりしたら、頭の中がはわわ〜ってなっちゃいそうだもんっ! 守って欲しいけどさっ!)


 ああ、そういう願望ありなのね。


 てか語彙力どこいった?


 でも悪いなカタリナ。「前衛は任せていいか」と聞いておきながら、前衛を張るつもりなんてこれっぽっちもないんだ。


 だって俺、筋金入りの運動音痴の貧弱者だし。


 まぁ、仮に俺がガーランドみたいな屈強な戦士だったとしても、毎回お前の胸中デレ地獄を味わうことになるから盾になったりしないけどな!


「おお、あんたたちが依頼を受けてくれた冒険者か!」


 到着した炭鉱の入り口の前に立っていた男が、俺たちを見るなり、待っていましたと言わんばかりに駆け寄ってきた。


 ふくよかな体型をしていて優しい顔立ちをしているからか、なんだか人が良さそうに思える。炭鉱夫というわけではなさそうなので、ここの管理者だろうか。


 そう思って、じっと彼の顔を見ていると心の声が聞こえてきた。 


(ったく、来るの遅せぇんだよ冒険者。高い金払ってんだからさっさと来いよな)


 あ、なるほど。顔には出さないタイプですか。


「遅くなってすみません。馬を使おうかと思ったんですが、ちょっと今回の報酬的に難しくて」


「え? あ、いや……そう、なんですね」


「もし早急な解決を希望でしたら、次からギルドの者に言ってください」


「わ、わかりました。そうさせていただきますよ。あはは」


 男は気まずそうに笑う。


 悪いけど、早く来てほしけりゃ追加料金を払えってんだ。こっちも慈善活動でやってるわけじゃないんだ。


 少々嫌味をぶつけて溜飲を下げたところで本題に入ることにした。


「では、ひとまず状況を教えていただけますか?」


「あ、はい。わたしはここを領主さまから任されている者なのですが、昨日、中で作業をしていた鉱夫から『突然キノコが大量に出てきた』と報告を受けたんです。それで、実際に中に入って確認してみたところ、歩いているキノコを見かけて、すぐにお宅のギルドに相談した、というわけです」


 なるほど。間違いなく歩きキノコだな。


 男は困ったような表情で尋ねてくる。


「作業が止まって本当に参ってるんですよ。鉱夫がモンスターの巣でも突っついたんですかね……」


「ん〜、どうでしょう。前例から考えると、鉱内に放置している木材から発生したんだと思いますけど、なんとも言えませんね」


 歩きキノコは暗くてジメジメしたところに巣……というか、苗床を作って生まれるタイプのモンスターだ。


 炭鉱の中に現れたという話はたまに聞くが、人間が持ち込んだ木材を苗床にして生まれたケースがほとんどだ。


 今回も同じだと思うので、苗床も排除したほうが良さそうだな。


「モンスターの苗床を見つけたらこちらで処理しますんで、安心してください。とりあえず、入り口を開けてもらえますか?」


 俺が尋ねると、男はギョッと目を見張った。


「……え? ひょっとして、あななたちふたりだけで中に?」


「ええ、そのつもりですけど、何か問題が?」


「鉱夫も全員避難しているし、中に入ったらふたりきりになってしまうので、何かあってもサポートはできませんが……大丈夫ですか?」


「な、な、中で、ふ、ふ、ふたりっきり!?」


 盛大に反応したのは、俺の後ろにいたカタリナだった。


「……? どうした?」


「えっ? あ、いや、なんでもないわ(こっ、これってもしかして、前にモニカちゃんが言ってた『中で男性とアレしないと出られないダンジョン』ってやつじゃない!? わ、わ、わたし、中でピュイくんと……アレしちゃうのっ!?)」


 んなわけあるかいっ!


 中でこれから俺とモンスターを狩らないと出られないのは事実だけど、お前、絶対違うこと想像してるだろ。


 というか、モニカのやつ、何わけのわからないことを吹き込んでんだ!


「ど、どうしました?」


 依頼主が瞠若するカタリナを見て尋ねてきた。 


「あ〜……ええっと、なんでもないです。とにかく、中には俺たちだけで入りますので」


「そうですか。念の為、モンスターが外に出ないように入り口に鍵をかけさせてもらいますけど、わたしはここで待機しているので戻ってきたら声をかけてください」


「わかりました」


 鍵をかけられるのは少し怖いが、仕方ないだろう。モンスターが外に出てしまったら大騒ぎになるからな。


「かまわないよな? カタリナ?」


「ええ、もちろん問題ないわ。(やっぱり、ピュイくんとアレしないと出られないんだわ。わたし、ここでピュイくんと大人の階段を登っちゃうのねっ! ああっ! いつもみたいに勝負下着つけてくればよかったっ! わたしのバカバカっ!)」


 うん、本当にバカだな。違う意味で。


 というかお前、いつも勝負下着なのかよ。どんだけ「いつでもオッケー感」出してんだ。


 でも……こういうやつに限って、妙に過激な下着をつけてたりするんだよな。


 キワどい感じのセクシーなやつ。


 ……なんだか興奮するな、それ。


「ちょっと、何赤くなってるのよ?」


「え? あ、いや、別に」


 やべぇ。ついカタリナの勝負下着を想像しちまった。


 これからモンスターとやり合うってのに、気を抜きすぎだろ。


 俺は、入り口の鍵を開けている男の背中を見ながら、自分の頬を叩いて気合を入れる。


「……よし、行こうか」


「そうね」


 カタリナの表情が、戦闘モードに変わった。

 

 それを見て、感心してしまう。


 さっきまで頭の中がお花畑だったのに、すぐ切り替えられるのが一流の冒険者である証拠だろう。


 前衛を任せたカタリナを先頭に、ゆっくりと炭鉱の中に入っていく。


 炭鉱は、ふたりが並んで通れるくらいの道がずっと奥まで続いていた。


 ところどころ高い位置に松明が掲げられていて、中は意外と明るかった。


 しかし、この狭い空間で戦闘になったら、少し動きにくいかもしれない。


 ひょっとすると、カタリナでも苦戦してしまうか?


「何をしてるの?」


 前を行くカタリナが足を止め、こちらを見ていた。


「さっさと行くわよ」


「あ、悪い」


 カタリナにそんな心配をする必要はないか。なにせこいつは、『聖騎士』の称号を与えられた唯一の冒険者なのだ。


「……きゃっ」


 と思った瞬間、躓いてカタリナが派手にころんだ。


 慌てて立ち上がり、キッと俺をにらみつける。


「こ、これは暗くて足元がよく見えなかったから!」


「あ、そうですか」


 何も言ってねぇっつの。


(……う〜、余計なことを考えるな、わたし。ここでピュイくんとアレしたりしないから……)


 ……


 …………


 おいおい、ちょっと待て。


 お前、まだその妙な妄想引きずってんのか? 


 中に入るとき、「さっさと行くわよ(キリッ)」みたいなセリフ吐いてたじゃないか。


 流石は一流の冒険者だって感心してしまった俺の気持ちを返せよ。


 というかカタリナさん、俺たちだけで本当に大丈夫ですよね!?

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