カタリナさんの休日の過ごしかた 02

 まさかとは思うけど、依頼でも受けるつもりなのだろうか。


 オフ日の過ごし方に口を出しはしないが、依頼を受けているとなれば話は変わる。オフ日に依頼なんて受けたら、疲れが溜まって明日の仕事に影響しかねない。


 しっかり休んで心と体をリフレッシュするのも、冒険者の大事な仕事なのだ。 


 カタリナの弱点を見つけるため……じゃなくて、彼女を詐欺師から守るために傍観するつもりだったが、これはパーティリーダーとして引き止めなければならなくなった。


「おい、カタリナ」


 依頼が張り出される掲示板の前に立つカタリナに声をかけた。


 またどこぞの男が声をかけてきたのかと思ったのだろう。


 こちらを見たカタリナの目は鋭く尖っていたが、すぐに驚愕の色に染まっていく。


「……えっ!? ピュイくん!?」


「お前、こんなところで何をしてんだ?」


「な、何って……あ、あなたこそ何をしているのよ?」


「俺はお前を追っかけてきたんだよ。ほら、服を見たらわかるだろ」


 いつもの魔導衣は着てないし、遠出用のブーツも履いてない。


 地味なチュニックを着てるだけだし、どっからどう見てもただの街のモブ住人だ。


「家でパーティの収支計算書をまとめてたら腹が減ってさ。んで、昼飯でも食おうと思って外に出たら、バッチリ装備をキメたお前を見つけたってわけ」


「まさか、それでこっそりわたしの後をつけてきたの?」


「そのとおり」


 カタリナの目が、スッと細くなる。


「女性の後をつけて来るなんて、ただの変態じゃない」


「ぬ……ぐっ」


 なんだろう。


 ただの言いがかりなのに強く反論できないな〜。おかしいなぁ〜。


「てか、マジで依頼を受けるつもりなのか?」


「そうだけど?」


「そうだけどって、今日はオフ日だろ。オーバーワークは冒険者生命を縮めることになる。休みと決めたときにはしっかり休むのも冒険者の仕事だろ」


 俺の正論にカタリナは無言の視線を投げつけてくる。


 どうだ。反論できまい。


 いつもなら注意する側のカタリナだが、今回ばかりはどんな弁論を振りかざしたところで、正論に勝てるはずがないのだ。


 どれ、心の中ではどんな弁を振りかざしてるんだ?


(そんなこと、言わないでよ……)


「……」


 思わず悶絶した。


 いや、そういうのズルくないか? 正しいことを言ってるはずなのに、なんか俺がいじめているみたいじゃないか。


 それに妙に弱気だな。流石に悪いことをしたと思ってるのか? 


 反省してくれれば、別にいいんだけどさ。


「まぁ、いいや。とにかく帰るぞ」


「いやよ」


 即答するカタリナ嬢。


「わたしはこのまま依頼を受ける」


「お前、俺の話聞いてた?」


「聞いてたわよ。オーバーワークは良くない。でも、それは並の冒険者での話でしょ? 並以上の冒険者のわたしは問題ない。だから依頼は受ける」


「それ、命を落とす前の冒険者が吐くセリフの第1位だと思うぞ」


 自分の実力を過剰評価してるヤツ。まぁ、カタリナは実際に並以上どころか最上級なんだけどさ。


 しかし、どうしてこうも頑なに依頼を受けようとするのか。


 なんだか理由がありそうだな。


「理由を聞かせてくれないか?」


「え?」


「オーバーワークが危険だって分かった上で依頼を受けようとしているってことは、それ相応の理由があるんだろ?」


「それは……」


 カタリナが目を泳がせる。


「ええと、そう、あれよ! いつもパーティで受けている依頼が物足りないから、ストレス発散のために受けてるの! メンタルケアの一環よ! それなら良いでしょ!?」


「……」


「な、何よその目。わたしが嘘をついてるとでも言いたいの?」


「はい、言いたいです」


 だって、目が泳ぎまくってるし。


 心の声を聞くまでもないけど、一応聞いておくか。


(うぅ……そんなこと言っても、本当の理由なんて言えるわけないじゃない……)


 やっぱりか。


 なにか別の理由があるようだけど、一体なんなんだ?


 クソ。読心スキルは便利なスキルだが、会話が出来ないところがもどかしいぜ。


 しかしと、わかりやすく動揺しているカタリナを見て思案する。


 う〜む、どうしよう。


 こうなってしまったカタリナを説得するのはほぼ無理だろうし、理由を聞いても答えるわけがない。


 とはいえ、「じゃあ頑張れよ。お土産は気にするな」と送り出すわけにもいかない。今後オーバーワークさせないために、その理由を突き止めねば。


「わかった、じゃあ、俺も一緒にいく」


「……は?」


「は? じゃねえよ。どうしても依頼を受けるっていうんなら、パーティリーダーとして放っておけないだろ。メンバーの管理もリーダーの大切な仕事だ」


「ちょ、ちょっと待って。行くって……ピュイくんとふたりで!?」


「そうだよ。まぁ、今からメンバー招集してもいいけど、皆に悪いからな」


 サティは「大丈夫ですよ」と言ってくれそうだけど、モニカは悪魔みたいな顔して一週間はグチグチ言いそうだし、ガーランドに至っては、嫁さんにぶっ殺されそうだ。俺が。


「ま、まぁ、あなたが来たいっていうのなら、べ、べ、別にいいけど?(待ってこれってもしかして、休日デートに誘われちゃったの!? うそっ!?)」


 ちげぇよ。これっぽっちも惜しくない、大間違いだよ。


 すぐそっちに勘違いするんじゃねぇ。頭の中が砂糖で出来ているのか。 


 ていうか、おい。こっそり「よっしゃ〜」みたいに嬉しそうに握り拳を作ってんじゃねぇ。隠してるつもりなのかもしれないけど、バレバレなんだよ。


「はぁ。んじゃ、とりあえず準備してくるからここで待っててくれよ」


「……そこは『待っていてください』でしょ。突然現れて何を偉そうに言ってるんだか。時間がもったいないから急ぎなさいよ?(せっかく休日に会えたんだから、できるだけ長い時間、一緒にいたいの。だから……早く戻って来てね。お願い)」


「……」


 うっぎゃぁぁぁぁああぁぁっ!


 ああ、もうなんだよ! お前もうなんなんだよ! 


 あれか? はじめてのデートでトイレに行った彼氏を待つ不安にかられた女子なのか? それとも、片時も恋人のそばを離れたくない、恋に恋する少女なのか?


 ギャップ萌えすぎんだろ! 


 俺を悶絶死させるつもりか!


 俺はぷるぷると震える口元を必死に押さえつけて冒険者ギルドを出る。


 ああ、畜生! なんで休日まであいつのデレ地獄に付き合わなきゃいけないんだよっ!


 マジでパーティリーダーなんて、やるもんじゃねぇっ!

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