第三話

カタリナさんの休日の過ごしかた 01

 危険と隣合わせな冒険者家業は、何よりも体調管理が大事だ。


 コンディションが悪ければ大怪我を負う可能性が高まるし、怪我で動けなくなれば儲けがゼロになってしまう。


 それを避けるために大抵の冒険者はパーティを組んで、稼ぎを補完し合うのだけれど、離脱が続くとパーティから除名されてしまうので、やっぱり体が大事なのにかわりはない。 


 つまり何が言いたいのかと言うと、休めるときは全力で休めってことだ。


 昨日、南のダンジョンでゴブリンの討伐依頼を完了させた我がパーティ「笑うドラゴン」は、今日はオフ日になっている。


 各々、体を休めたり趣味を楽しんだり家族サービスしているはずだが、オフの日に仕事がないわけではない。


 武器や防具のメンテナンスにはじまり、ランプ用の油や火打ち石などの消耗品の補充などなど。


 3ヶ月に一回の冒険者ライセンスの更新期日が近づいてきていたときはもっとめんどくさい。国へ提出する報告書や事務手続き、税金の支払いなどが重なってくる。


 去年、金を払って登録した、「冒険者協会」が、そこらへんの事務手続きを肩代わりしてくれるようになったが、それでもめんどくさいことに変わりはない。


 さらに、俺はそこに日々のパーティの管理業務が追加される。


 控えめに言って、地獄だ。


「……だりぃ」 


 ヴィセミルの裏通りに借りている俺の部屋。


 机の上に散らばっている報告書やらなんやらを眺めながら、ついぼやいてしまった。


「……めんどくさい」


 自然と漏れてしまう、本日2回目の愚痴。


 作業が止まっている原因は、ここ1ヶ月のパーティの収支をまとめた書類のせいだ。


 カタリナが加入してから、以前よりも危なげなくモンスターの討伐依頼をこなしているのは事実だが、一方で、各メンバーの儲けはそれほど上がっていない。


 いや、むしろ微妙に減っている。


 その原因はひとつ。パーティのランクが「D」で、下から数えたほうがいいくらいに低いからだ。


 つまり、俺たちは報酬が低い依頼しか受けられないのにメンバーが増えたので、ひとり頭の儲けは下がっている……というわけだ。


 この問題を解決する方法は単純明快だ。


 俺の冒険者ランクを上げればいい。


 パーティで依頼を受ける際は、メンバーの中で一番低いランクが参照される。

 

 なので、笑うドラゴンの中で一番ランクが低いDランクの俺がCランクになれば、全ての問題は解決されるというわけだ。


 じゃあすぐにでも試験を受けてランクを上げればいいじゃないか──と思うが、そう簡単な話でもない。


 試験を受けるにはパーティではなく「個人での依頼実績」を積む必要があるのだ。


 それがいかに難しいかは、考えるまでもないだろう。


 なにせ俺は、ソロでは活動できない回復魔術師なのだ。それも、貧弱で運動音痴の。


 なので、上げたくても上げられないというのが実情なのだが──


「とはいえ、なぁ……」


 このまま報酬が渋い低ランクの依頼をこなしても、一向に状況は改善しない。


 ああ、解決できないこのジレンマ。


「頭が痛ぇ……昼飯でも食いにいって、気分転換するか……」


 昔だったらこういうときにガーランドを呼び出して飯を食いに行っていたのだが、あいつが結婚してからは誘いにくくなった。


 ガーランドは「いつでもウチに飯を食いにこい」とは言ってくれている。


 だが、行けば「子供はいいぞ」とか「早く結婚しろ」とかウザ絡みしてくるし、あいつの嫁さんは俺の天敵なので足が遠のいているのだ。


 部屋を出て外に出る。


 天高く登った太陽の日差しが痛い。まだ早朝だと思っていたが、いつの間にか昼になっていたらしい。そりゃ腹が減るわけだ。


「……あれ?」


 金熊亭にでも行くかと歩いていたとき、大通りに見覚えのある姿があった。


 白い胸当てに黒いマント。銀のポニーテイルを揺らしながら歩いているのは──カタリナだ。


 昼間に街を出歩くのは、別におかしいことではない。


 腹が減れば飯を食いに行くだろうし、装備のメンテナンスのために鍛冶職人や鎧職人の店に行くこともある。


 だが、カタリナは──


「なんであいつ、フル装備なんだ?」


 いつもの白い胸当てをつけて、腰には剣を下げている。


 どっからどう見ても、飯に行くスタイルではない。メンテナンスだったら、装備はばらして手持ちするだろうし。


「どこに行くんだ、あいつ……」


 めっちゃ気になる。とりあえず後をつけてみるか。


 念の為に言っておくと、別にカタリナのプライベートを覗こうと考えているわけではない。


 あいつは世間知らずなところがあるから、詐欺師にでも捕まったら大変だ。


 うん。これはパーティリーダーとしての務め。


 だから決して「カタリナのプライベートを覗いて、胸中デレ地獄の仕返しのための材料を得よう」だなんて不埒な魂胆があるわけではない。絶対に!


 と、そんなことを考えつつ、建物の影に身を隠しながらカタリナの後を追っていると、誰かがカタリナに近づいてきた。


 いかにも高そうなブリオーを着た優男。なぜか花束を持っている。


 優男が恭しくひざまずいて花束を差し出す。


 だが、カタリナは見ているこっちが軽く引いてしまうくらいの冷めた目で優男を見下ろしたまま、何かを話して去っていった。


 顔面蒼白の優男の手から、花束がぽとりと落ちる。


 男の心の声を聞くまでもない。


 うん、なんていうか……お疲れ様。


 だけど気にするなよ。カタリナはお前だけじゃなくて、全員に辛辣なんだ。


「……あいつ、オフの日も辛辣なんだな」


 なんという筋金入りの辛辣乙女。


 俺はうなだれている優男を心の中で慰めてから、カタリナの後を追う。


 しかし、こうしてカタリナを観察してわかったのだが、道行く男のほぼ全員がカタリナを見ている。


 目を引く容姿をしているなぁとは思っていたけど、これじゃあ、変装をしたほうがいいんじゃないか?


 それからカタリナは、ふたりほど近寄ってきた男たちを戦慄の塩対応で一蹴したあと、とある建物の中に入っていった。


 その建物の前で立ちすくむ、俺。


「……マジかよ」


 そこは──俺たちがいつも行っている冒険者ギルド「誇り高き麦畑」だった。

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