46 : リタ&ラルフ

<<リタ>>



 またしばらくラルフ様と会えないのか、残念。

 だけどケルンに行ったら、カサンドラ様を喚び戻す話が大きく前進するって話だし!


 それならウジウジ言っててもしょうがない、こんなに長くカサンドラ様と離れちゃった王子と比べりゃ、こんなの全然、我慢できるもん!


 …我慢…うん、それくらい、全然平気!



「わぁ、これがシンシアが作ってくれた衣装ですか!?

 かーわいいー!」


 この服を受け取るためにラルフ様のお屋敷に、久しぶりに呼ばれたんだっけ。

 本当にシンシアはいい仕事する。

 生地や仕立てはその道のプロがやってくれてて、カッコかわいい衣装。

 今までお城で着せてもらってた服より、全然こっちの方が良い。

 特に裾が膝より上だから、めちゃくちゃ動きやすそう。


 ありがとうシンシア…!


 こっちを見てニコニコ笑ってるラルフ様の笑顔が相変わらずお美しい…!


 本当、この美々しい塊の人が、なんで私の事好きなんだろうね!?

 間違いなく世界の七不思議!


「…はぁ、でもラルフ様と長い間会えないのはやっぱり寂しいです」


「そうだね、僕も出来ればケルンに行って欲しくない。その気持ちは燻ってるけど…

 でも行くんだろう?」


 うう、分かってらっしゃる。

 ここで覚悟を決めずして、何が聖女か。

 女神を召喚する方法が見つかるなら、山だって海だって飛んでいきますとも。


「そうですね、呼ばれたからには行きます!

 折角ラルフ様が作ってくれた大チャンスです、これを逃すなんて出来ませんよ!」


 前はラルフ様が北方のなんちゃらって島に行くって、この部屋で聞かされたんだっけ。

 今度は私がケルンに行くから、また長いことこの部屋で会う機会もなくなっちゃうんだ。


 あああ、寂しい。

 でも我儘を言ってる場合じゃない、私は召喚魔法の原理なんてさっぱりわかんないから丸投げだけど!


 カサンドラ様、待っててください!

 王子の元に絶対連れ戻してみせます!


 ――目指せハッピーエンド!

 


「明日からは長旅、やはり馬車に乗り続けるのは身体的にも負担が大きい。

 ゆっくり休むようにね」



「はーい。

 あ、ラルフ様! お土産何が良いですか!?」


「……リタが無事に帰ってくるのが一番のお土産だから、気を遣わなくていいよ」


 しまった、これではただ観光旅行に行く前の会話!

 ラルフ様と話をするのは楽しいけど、今日話すべきはそんなことじゃないよね、私本当に何考えてんだろ。


 …あああ、何も考えずに生きてます、ハイ。


「夕食まで時間があるし、何かしたいことは?

 できる範囲で、君の要望を叶えたいと思っているけれど」


 うーん、いきなりそう聞かれても…

 正直、一緒に話してるこの時間だけで幸せ~って感じるし、時間があるって言っても、あと二時間くらい?

 どこかへ行くにしたって中途半端だよね。


 あれもしたいこれもしたい! って会う直前まで浮かんでくるのに、いざこの場面ですっぽ抜けるなんて、私って馬鹿!


 折角ラルフ様が我儘を聞いてくれると言うのなら…!

 ここしばらく会えないんだし、今しか出来ない事をお願いをしなきゃ。

 何かなー?


 ラルフ様のピアノ、聴きたいなぁ。

 でもでも、折角だからじーっと黙って聞くより何か話が出来る方が…


「あの、何でもいいんですか?」


「とりあえず言ってごらん?」


「私、ラルフ様と円舞曲ワルツ踊りたいです!

 社交ダンス! 久しぶりに踊ってください!」


 社交の場で踊るダンス自体が好きだってわけじゃないけど。

 でも数々の行儀作法を学ぶ中、身体を動かすダンスが一番馴染みやすかったし!

 何よりラルフ様にくっつける!


 我ながらナイスアイデア!


「円舞曲…今から楽団員を呼び寄せよるから、少し待ってくれるかな?」


「いえ! 本格的な演奏要らないです!

 何なら、音楽なしでも全然オッケーなんで」


 ただの思いつきに人を動かさないでください!


 ん? これだけじゃ駄目だ。

 今度は衣装係あたりに声をかけてしまう!


「もちろん、ドレス着たいわけでもないです!

 学園では毎週のように習ってました。

 今は練習してないし、ちゃんと覚えてるか心配で」


 ただ踊りたいだけなんです。

 ぶっちゃけ手を繋ぎたいだけ、分かって下さいラルフ様!


 伝われ伝われ、と念じたら納得してくれた…のかな?


「それじゃあ、ここで一曲踊ろうか」


 わーい!

 ばんざーい!


 …ん? ラルフ様何してるんだろう?

 …綺麗な箱? ゼンマイ?


 あ、オルゴールだ!


「わぁ、このオルゴール素敵ですね!」


 オルゴール特有の、高く響く音って大好き!

 前にラルフ様からもらったオルゴールも、あまりにも聴き過ぎて壊れかけちゃったくらいだもん。

 

 それにしても、大きなソファがデンと部屋の中央にあって、それでもなおかつ余裕で踊れるスペースがある部屋とは…


 この部屋に私の一家全員が余裕で住めるね、間違いない。



 ラルフ様の手を握ると、身体がふわっと軽くなる。

 誰かに支えてもらうとか、学園入るまで考えたことなかったなぁ。

 踊ってくれる相手に身体を預けるって本当に苦手だったけど、今では慣れたもんね。


 オルゴールの3拍子の音に合わせて、1、2、3。

 大丈夫、ちゃんと覚えてる。


「本当に二年前とは見違えるね。

 最初は何で君が社交ダンスなんて選択しているんだろうと不思議だったけれど」


「そりゃあ、カサンドラ様が教えてくれたからですよ。

 こういう講義を受けたら、ラルフ様とお近づきになれるって!」


「教えてくれたから? それだけ?

 確証もないのに良く苦手なことが出来たね」


「どうやったってラルフ様に近づくなんて無理でした!

 遠くで見てるので精一杯!

 だから…自信満々に、優しくアドバイスしてくれるカサンドラ様の言葉に縋ってみたくなったんです」


 カサンドラ様、この世界に来たばっかりだったのよね。

 きっとわけのわからない状態だっただろうなぁ…

 なのに、私達にずっと優しかったし、ここまで道のりを教えてくれたんだ。


 お休みの日に、マナーの先生を呼んでレッスンしてくれたり…

 カサンドラ様の厚意に、私達は全力で乗っかって甘えてたんだよね。


 凄いなぁ、私だったらそんな余裕ないよね。

 っていうかそもそも聖女になる予定? 組み合わせ? 


 私にとって相手がジェイク様だってカサンドラ様は思ってたんだよね?

 ならそうなるように動けば良かったのに、ずーっと真剣に応援してくれてたなぁ。


 いや、私は言われたところでジェイク様を好きになることはないけどさ。

 リゼだってシリウス様は無理でしょうよ…


「いっぱい頑張りました!

 だから劇団でお会いできて嬉しかったし、ラルフ様の婚約者役に選ばれて、さらになんと!

 好きって言ってもらえてすごい幸せでした。

 あんな濃い一年、二度とやってこないですよ」


 やっぱりラルフ様の手は好きだなぁ。

 指長い、形が良くて白いし、普段どういう生活してたらこんな肌になるんだろ…

 まぁ、聞けたところで、私には真似できそうもないけど。


 オルゴールだから、曲の終わりも早い!

 ゆっくりゆっくりゼンマイが切れて、音がしりすぼみに消えていく。


 ラルフ様の真っ赤な瞳って、ウサギみたい。

 肌が白いからそう見えるのかな?




「ありがとう。

 ――君がいない人生は、もう考えられないね」




 わぁ、ラルフ様の笑顔が近い。

 綺麗で――嬉しそうな顔が可愛い!





「……。

 ラルフ様」



 何となく。

 近かった。


 爪先で立って、少し背を伸ばす。




  ・ ・ ・ 。






「それじゃ、行ってきまーす!」






 

<<ラルフ>>

  


 サーシェ商会から預かっていた衣装を渡すだけ。

 だから本当は、ここに呼ぶ必要はない。


 …分かっているけれど、明日からしばらく会えなくなるんだ。

 引き留めたいという想いは、ジェイクもシリウスも同じだろうな。


 だけどそれは、『努力の放棄』になってしまう。

 やるべきことを残したままでは、誰も納得できないし永遠に傷となって残ってしまう。



「わぁ、これがシンシアが作ってくれた衣装ですか!?

 かーわいいー!」


 僕が用意したものじゃないけど、喜んでくれるのならそれで良いか。

 卒業パーティーでのドレスを仕立てる約束は、今となっては白紙になった。


 次は一体、どんな口実でドレスを渡すことが出来るのか見当もつかないな。

 ああ、正式に婚約したら、都度仕立てさせれば良いのか。


 いつになるのか、やっぱり見当もつかない。

 未来を想像しても、カサンドラがいるといないのとでは見える世界が全く違う。


「…はぁ、でもラルフ様と長い間会えないのはやっぱり寂しいです」


 ズキっと心が痛む。


「そうだね、僕も出来ればケルンに行って欲しくない。その気持ちは燻ってるけど…

 でも行くんだろう?」


 そこで確かに得られるものがあるのなら、このは絶対行くに決まってる。

 ポートウェルから帰って、散々連れて行かなかったことを恨みがましく言われたしね…


 連れていけるわけないだろう。

 それが役割とは言え、40を過ぎた未亡人の『機嫌をとる』状況なんて、リタに関わって欲しくない。


「そうですね、呼ばれたからには行きます!

 折角ラルフ様が作ってくれた大チャンスです、これを逃すなんて出来ませんよ!」


 リタにそう言ってもらえて救われるな、本当に、

 口を割らせるのは結構難儀だったけど、それを愚痴れる相手もいないし。


「明日からは長旅、やはり馬車に乗り続けるのは身体的にも負担が大きい。

 ゆっくり休むようにね」


「はーい。

 あ、ラルフ様! お土産何が良いですか!?」


 キラキラした目で何を言い出すかと思ったら、お土産?

 ケルンからの交易品は大体ウチが取り扱ってるものだから、欲しいものがあったらそこから持って行けないいだけなんだけど。


 そう言えば商会絡みの『仕事』、リタはまだ知らないのか。

 今度姉さんに頼んで、ギルド連盟に顔合わせさせる段取りを組んでもらおうかな。


「……リタが無事に帰ってくるのが一番のお土産だから、気を遣わなくていいよ」


 海の向こうで何かあっても、助けに行くことはできない。

 アーサーがいるから滅多なことはないと思うけれど…

 絶対安心なんて、この世にはあり得ない。

 もし船が沈んでしまったら…なんて考えてしまうな。


 それを怖れていたら、何も始まらないのは承知の上だけれど。


 壁掛けの時計を見ると、三時過ぎ。

 夕食の用意は指示してるけど、その間リタも暇かな。


 リタの話を聞いているだけで全然良いんだけど。

 話してるだけで、時間もあっという間だし。


 だけど僕だけ楽しませてもらうのは、どうも気が引ける。


「夕食まで時間があるし、何かしたいことは?

 できる範囲で、君の要望を叶えたいと思っているけれど」


「あの、何でもいいんですか?」


 おや、珍しい。

 リタが僕にして欲しいことがあるというのは…


 前に学園で膝枕をしてもらった時くらいかな?

 あの時は驚いたけど、心地良い時間だった。


「とりあえず言ってごらん?」


「私、ラルフ様と円舞曲ワルツ踊りたいです!

 社交ダンス! 久しぶりに踊ってください!」


 拳を固めて、まるで決意表明みたいに言わなくても…

 でも言われてみれば、人前で踊る機会はおろか、練習する時間や心の余裕がなかった。

 一人で練習できるものでもないし、また数週間遠ざかってしまったらカンを戻すのが大変かもね。


 今日、楽団のメンバーは屋敷に何名かいたっけ?


「円舞曲…今から楽団員を呼び寄せよるから、少し待ってくれるかな?」


「いえ! 本格的な演奏要らないです!

 何なら、音楽なしでも全然オッケーなんで」


 音楽なしは流石に練習にもならないのでは。


「もちろん、ドレス着たいわけでもないです!

 学園では毎週のように習ってました。

 今は練習してないし、ちゃんと覚えてるか心配で」


 そして着替えも拒否、と。

 まぁ、そういう時間のかかる面倒ごとは短時間では難しい。


「それじゃあ、ここで一曲踊ろうか」


 円舞曲なら、この音が丁度良いかな。

 オルゴールにしては長めの演奏で、学園でも良く使用されていた曲だ。


「わぁ、このオルゴール素敵ですね!」


 リタが笑うと、心が励まされて元気になれる。

 嫌なことがあっても、それでチャラになるんだから凄い力だと思うよ、うん。


「本当に二年前とは見違えるね。

 最初は何で君が社交ダンスなんて選択しているんだろうと不思議だったけれど」


「そりゃあ、カサンドラ様が教えてくれたからですよ。

 こういう講義を受けたら、ラルフ様とお近づきになれるって!」


 なんだかんだ言って、リタはカサンドラの話をしている時が一番生き生きしている気がする。憧憬と親愛が混じってると言うか。


「教えてくれたから? それだけ?

 確証もないのに良く苦手なことが出来たね」


 何回聞いても理解が及ばない話だ。

 礼法作法系の講義を受け続ければ、僕と仲良くなれる…なんて、普通、そんな話を聞いて鵜呑みにするだろうか?


 確かに現実はそうだったかもしれないが、相当無理がある話では?


 リタの存在に惹かれてはいたけれど…

 彼女がこういうお嬢様的な作法に興味がない、嫌いだ、苦手だということは伝わって来た。

 イヤなのに、この子はなんでこんなに頑張るんだろうってずっと不思議だったんだ。


「どうやったってラルフ様に近づくなんて無理でした!

 遠くで見てるので精一杯!

 だから…自信満々に、優しくアドバイスしてくれるカサンドラ様の言葉に縋ってみたくなったんです」


 素直な性格だね、全く。


 カサンドラがからかっていてもおかしくない状況で、よくそこまで励めたものだ。

 そう思わせるだけの何かが、カサンドラにあったのか?

 僕には、よく分からない。


「いっぱい頑張りました!

 だから劇団でお会いできて嬉しかったし、ラルフ様の婚約者役に選ばれて、さらになんと!

 好きって言ってもらえてすごい幸せでした。

 あんな濃い一年、二度とやってこないですよ」


 真正面から、いつも真っ直ぐ好意を伝えてくれる。

 リタ自身、凄く分かりやすい性格だ。

 なのにいつもリタの予想外の言動に笑ってしまったり驚かされてしまう。




    誰かを好きになることが、

    こんなに充たされることだと知らなかった。




「ありがとう。

 ――君がいない人生は、もう考えられないね」





 もしもこの記憶が創られたものだったとしても。

 五分前、十分前に突然神によって授けられた記憶だとしても。


 僕は記憶の中の君を、好きになるんだろうね。





「……。

 ラルフ様」



 リタの声が急に近くなる。

 あたたかい息遣いが耳の傍。





  頬の下に、微かに     触れる

 









  




「それじゃ、行ってきまーす!」






 


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