45 : リゼ&ジェイク


<<リゼ>>


 私に用事があるって何かな?

 明日にはケルンに出発って話だけど、その前に何かあるのかな?


 いや、何かあって欲しいと言うのは私の願望なんだけど。

 一月ひとつきどころか、場合によっては二月ふたつきは会えなくなっちゃうんですけど?

 ジェイク様がカーマインに行ったときは、それも必要なことだし数週間で戻るなら…って納得してた。

 でも戻ってきたかと思ったら、今度は私達がケルン行き。

 …学園時代より会う時間減ってるよね?


 ああ、駄目ね、分かってる!

 自分が「今の状態」を望んでるんだってことくらい。


 カサンドラ様がいないのに、自分だけ残されたこの世界で「幸せに暮らしました、めでたしめでたし」なんて絶対に嫌だ。

 どうしてもまたカサンドラ様に会いたいの。

 もう一回会って、お礼が言いたい、これからも一緒にいて欲しい。


 カサンドラ様が救ってくれた世界に、あの人だけがいないことが耐えられないよ。

 第一、カサンドラ様が絶対に『救いたい』って想っていた王子がずっと独りを強いられることは、納得できないし――私の幸せが、あの二人の犠牲の上に立っているものだっていうことに、身がねじ切れそう。

 耐えられないの!



 カサンドラ様も王子も幸せじゃないと、この世界が救われた意味が分からない!


 

 だから意地でも、絶対にカサンドラ様を連れ戻す。

 自分の力があったら、それが叶うというのならいくらでもチャレンジしてみせる。


 その決意に誓って嘘はないのに、今はジェイク様と一緒にいたいとかデートしたいなぁと思ってる。

 そんな時間もないはずなのに、抑えられないのがみっともなくて嫌になる。

 なんて自分勝手なの?


「こんにちはー、ジェイク様」


「お、来たか。

 ちょっとそこ座って待っててくれ――

 それと「様」をいつまで付けるつもりだお前は」


「あ、ごめんなさい、癖って中々消えませんねー」


 ずっと呼んでいたのを急に呼び捨てとか、そんな…まるで恋人みたいじゃん、って、そうか恋人なんだっけ?

 …その扱いで良いのかな?


 あー、後姿だけでも身長高いし足も長いしカッコいいんだけど、絶対反則だ。

 世界が『今』という未来に至っても、この人は相変わらず特別な人なんだ。


「ケルンに行くなら、お前も『聖女』の格好するんだろ?」


「あああ、言わないでください、私、リタみたいな服、着たくないです」


 まさか普段着のラフな格好で他国の王族の前で挨拶できるわけもないよね。

 そもそも道中だって街に立ち寄って大勢の前に姿を見せるなら、ずっと窮屈な格好でいないといけないわけでしょ?


「これ、学園時代の同級生がお前にって、作ってくれた服」


「同級生? もしかして、シンシア?」


「作るって言っても、図案だけだとか。

 こっちの方で縫製してお前らに渡してくれって頼まれてたんだ」


「お前が聖女のカッコして人前に出る機会もそうそうないから預かったままにしてたんだけどな」


「ど、どんなのですか…?」


 シンシアのセンスを疑ってるわけじゃない!

 でも私に、『聖女様』なんてヒラヒラの格好が似合わないこと、あの子も知ってるよね!?

 大丈夫!? 馬子にも衣裳って、私に適用されるとは思ってないんだけど!


「お前の場合は、ローブじゃなくて戦闘服みたいな奴がいいんじゃね?

 って話になったらしいぞ」


 広いテーブルの上に広げ、置いてくれた聖女用の衣装を、食い入るように見つめた。


「わ、これは動きやすそう!

 軍服じゃないですかー!」


 確かにマントこそ白くてひらひらしているけど、真っ白いコートの裾が燕尾形だし、完全に騎士! 軍服デザイン! シンシアのデザインの引き出し凄くない!?


「前にさ、聖アンナ生誕祭のドレスをどうするかで言い合いになったことあったろ」


 あー、ありましたねそんなこと。

 ジェイク様…ええと、ジェイクの事は好きだけども、自分の中には譲れない一線があるんですよ。


 お金持ちパワーでとんでもない豪華なドレスを用意されるとか、こちとら羞恥プレイ以外の何物でもないのでね!


「それで今回、ゴードン商会の娘に頼んだらしいが…頼んで贈られたデザインがこれだろ?

 俺も予想外の形で吃驚した。

 あいつ、ホントにお前らのこと良く分かって描いてんだなって」


「シンシアにお礼言いに行きたいです!」


「今レンドールだぞ」


 ――それは遠い、すぐは無理ね。


 でもケルンから帰って来たら、絶対に会いにいきたいし…

 むしろ出かける前にお礼状を書かなくっちゃ。


「当然、リナやリタの服もあるんですよね?」


「あっちはフツーに『聖女様』!って感じだったけどな!

 デザインを元にサーシェ商会に作らせたものだから、ケルン訪問でも十分堪えられる逸品だぞ」


「ありがとうございます!

 明日はこれを着て、行って来ますから!」


 ああ、向こうで着る服が自分好みの憧れの軍服スタイルで良かった!


「長旅になるから、体調には気を付けろよ。

 まぁ、三人一緒だから無理はしても、無茶はしないと思うけどさ」


「…じゃあ、ジェイクもついてきてくれれば良かったのに」


「だから、そう簡単に何度も長期間王都を空けられないって言ったよな?」


 私はワガママだ。

 引き留められても絶対に行くし、改めて「一緒に行けない」って言われたら納得して向かうだけなのに。


 寂しいから行って欲しくないとか、

 俺も一緒に行きたいって、そう言って欲しい。


「……結局、城に戻って来たのに遠乗りも行ってませんよね?」


「ケルンから帰ったら、今度は絶対!」


「ホントですかー?」



 寂しい、一緒にいたい、離れたくない




 でもそういう風に思って実行してしまうのは、自分が許せない

 罪悪感で押しつぶされそうになる

 何だか自分のことが好きなだけの、嫌な人間になってしまう気がする



 ジェイクが寂しいとか、言ってくれたら…

 うーん?


 その言葉を言い訳に、逆にこっちが甘えてしまうかもしれないなぁ。



 長い間会えないことは、不安だよ。

 心細い。


 でも、それ以上にやり残したことがある。



「…ジェイク!」


「うわ、何だよ突然」


 私は立ち上がり、向かいに座るジェイクの近くに歩み寄る。

 広い両肩を、両手で強く掴んだ。

 眼下に、間近に、ジェイクの顔がある。

 橙色の目の中に、眉根が寄った自分の顔も映ってる。


 


「戻って来たら、絶対、先へ進める!

 だから待っててね」




「……リゼ」 


 ジェイクはぽつりと呟き、視線を外した。 






「頼むから、目的語を入れてくれ」








<<ジェイク>>




 リゼが執務室ここに来るのか…。

 いやまぁ、俺が呼んだから、そりゃ来るよな、うん。


 リゼと二人きりで会うのは、かなりの忍耐力を要求されるから最近自重してんだけど。


 あいつに家庭教師をしてもらっていた時もそうだったけど。

 それよりずっと難易度が跳ねあがってるだろ、どんな拷問だよ。


「こんにちはー、ジェイク様」


 髪が少し伸びたからか、時間が過ぎたせいか。

 リゼは随分見た目の雰囲気が変わった。


 三つ子の顔はどれも一緒だろと思ってたんだけどな。

 リゼが一番可愛い。


 …って言うかなんで俺はいつまで経ってもその呼ばれ方なんだ?

 

「お、来たか。

 ちょっとそこ座って待っててくれ――

 それと「様」をいつまで付けるつもりだお前は」


「あ、ごめんなさい、癖って中々消えませんねー」


 敬語とかいらない。

 でも、自分で言っておきながらそういう距離を埋めていくほど、自分の首が締まっていく気がする。


「ケルンに行くなら、お前も『聖女』の格好するんだろ?」


「あああ、言わないでください、私、リタみたいな服、着たくないです」


 シリウスが、ゴードン商会の同級生に頼んで仕立ててもらった服らしい。

 リゼは何を着ていても可愛いし、服なんか何でも良いけど。

 王国を代表して使節団の一員になるって言うなら見栄えも大事だ。



「これ、学園時代の同級生がお前にって、作ってくれた服」


「同級生? もしかして、シンシア?」


「作るって言っても、図案だけだとか。

 こっちの方で縫製してお前らに渡してくれって頼まれてたんだ」


「お前が人前に出る機会もそうそうないから預かったままにしてたんだけどな」


「ど、どんなのですか…?」


 リゼがドレスと呼ばれるものを毛嫌いしているのはよーく分かってる。

 でも去年の生誕祭の時の服は、借りものだって言ってたけど似合ってたぞ。

 食わず嫌いならぬ着ず嫌いなのか?

 せめて色々試着して試せばいいのに。

 同じ顔のリタやリナが着てる服が、リゼだけ似合わないわけないだろ。


 まぁ、動きやすい服が良いってのは同館だから、同級生の心遣いは伝わってくるな。


「お前の場合は、ローブじゃなくて戦闘服みたいな奴がいいんじゃね?

 って話になったらしいぞ」


「わ、これは動きやすそう!

 軍服じゃないですかー!」


 服を送って喜ばれるなら、そりゃ俺も嬉しい。

 でもこういう状況を望んでいたわけじゃないんだが…


 この先俺に軍服仕様の服ばかり送れってのか。


「前にさ、聖アンナ生誕祭のドレスをどうするかで言い合いになったことあったろ」


 いつも変なものばっかり渡してたから、せめてドレスくらいはちゃんと仕立ててやりたかった。

 折角カサンドラが、卒業パーティーのドレスを贈れるよう言質をとってくれたってのに…

 まさか卒業パーティーどころか、あの日から学園生活もなくなって、おまけにカサンドラも消えるとか予想できるか!


「それで今回、ゴードン商会の娘に頼んだらしいが…頼んで贈られたデザインがこれだろ?

 俺も予想外の形で吃驚した。

 あいつ、ホントにお前らのこと良く分かって描いてんだなって」


「シンシアにお礼言いに行きたいです!」


 ベルナールと結婚する準備があるとかで、ウェッジ家に引っ越したって話だったか。

 …教室乱入事件騒動から、まさかすんなり結婚までこぎつけるとか、ベルナールあいつすげーよ。


「今レンドールだぞ」


 流石に今からお礼を言いに行くのは無理だ、無理。


「当然、リナやリタの服もあるんですよね?」


 そりゃあ、聖女用なんだから三人分だ。

 シリウスやラルフと一緒に確認したから、間違いない。


「あっちはフツーに『聖女様』!って感じだったけどな!

 デザインを元にサーシェ商会に作らせたものだから、ケルン訪問でも十分堪えられる逸品だぞ」


「ありがとうございます!

 明日はこれを着て、行って来ますから!」



 ――一年前とサイズが変わったかもしれないから、着替えて確認しとくか?


 …いやいや、藪蛇になりそうだから、黙っとこ。

 変な意味にとらえられても嫌だ。

 逆に全く気にせず同室で着替えられたら俺が死ぬ。



「長旅になるから、体調には気を付けろよ。

 まぁ、三人一緒だから無理はしても、無茶はしないと思うけどさ」


「…じゃあ、ジェイクもついてきてくれれば良かったのに」


 ――こいつ正気か?


 傍にアーサーがいるんだぞ?

 あいつにすっげぇ気を遣わせる結果になることが、分からんのか?


 俺の精神が迷子になるに決まってるだろ、勘弁してくれ。


「だから、そう簡単に何度も長期間王都を空けられないって言ったよな?」


 一緒に行きたいに決まってるだろ!


 いいや、ケルンなんて海を隔てた国に行って欲しくもない、それが本音だ。

 遠い異国の地で何が起こるかも分からない。


 だけど俺が行くなって言っても、お前はカサンドラのために行くだろ?

 縛り付けたいわけじゃない、俺だってあいつが帰ってくるのが一番良い事だって分かってる。


 「行くな」なんて情けないこと、言えるかよ。



「……結局、城に戻って来たのに遠乗りも行ってませんよね?」


 ほぉ。

 今、俺と二人で遠乗りにして無事に帰れる自信があるのか。

 相変わらず、平和でめでたい想像力だな。


「ケルンから帰ったら、今度は絶対!」


「ホントですかー?」




  寂しい、一緒にいたい、離れたくない






 大丈夫だ。

 ――リゼの事が気になって、好きになって、その気持ちさえ許されないって抑え込まれていた時間が長かった。

 ずっと暗闇の中にいたあの日々とは違うんだし。


 今は…疑いようもなく、幸せなんだ。



「…ジェイク!」


 今度はなんだ!

 ホント、こいつはいつも前触れもなく、突拍子ない言動をとる。

 普段の態度からは考えられない、直球に可愛いことを言われて貫かれる立場になってみろ!



 一体何回、リゼの言葉で思考を直接ぶん殴られた事か…



「うわ、何だよ突然」


 リゼは立ち上がり、猛然とこっちに近づいてくる。


 肩を掴まれ、顔を上げるとリゼの顔が至近距離。





  おい 馬鹿やめろ 心臓が家出する


 


「戻って来たら、絶対、先へ進める!

 だから待っててね」





    ……あ?



     ……何が?  先?  は?

     どういう意味だ?

     この中途半端な関係? ん?







  ……あ、そっかカサンドラ召喚の件か、そうかそうか。







「……リゼ」 






 なんでこいつはいつもいつも、デカい爆弾だけ落として行くんだ。






 せめて一緒に片付けろ。

 放置して、こっちの理性に丸投げすんな。





 「頼むから、目的語を入れてくれ」



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