39 : ラルフ (Neighboring)
ラルフが自室で長い
整然と並ぶ巻物、そして机の上に広がるいくつもの帳簿。
やっと目当てのものを見つけ出したことは幸いだが、状況は――宜しくないと思う。
これからの事を考えると、ここで四の五の言っている場合ではない。
やらなければいけないことだ。
※
「……見つかったというのは本当か!? ラルフ!」
大変レアな光景を目の当たりにしてしまった。
シリウスがヴァイル邸に急いでやってくるなんて、今後二度とお目にかかるかどうか分からない。
「恐らくね、虱潰しに遡って確認した。
宝石という形で偽装されてはいたけど、三年前に闇競売に出されていたものだと思う」
「もし本当にそれが現物なら、内部犯の仕業としか思えん。
時期が詳細に分かれば記録を基に絶対に糾弾してみせる」
シリウスはかなり怒り心頭の様子だ。
――大掛かりな儀式の際に使用される精霊石が行方不明ということに気付いたのは、魔法陣を使っての実験を行う流れになってからだ。
世界を渡る召喚魔法には必要なものだ、神具の一つを使って実験しようとした矢先、肝心の精霊石がすり替わっていたことを知った。
御大層にしまわれていた箱の中身は、ガラス玉。
何の力もない、ただの石ころ同然。
司教を締めあげて、数年前から行方知れずになってしまった、気付かれないようにダミーの石で誤魔化していた! と嘆きの告白を受け、シリウスが真っ青になったのは一月も前の話だ。
特殊な用途でしか使用しない
そんなものが良からぬことに使われたとすれば気付かないわけがないし、一体どこにいった?
一般の市場に流通経路がなければ金にはならない。
盗んだところで、意味がない。
表の市場には絶対出てこないだろう。
可能性があるなら、例の闇競売関連の市場ではないかと当たりをつけ、大法官が保管する全ての資料を預かり帳簿やら商品名を書いた巻物やらを探していたわけだ。
普通の商売と違って、暗号を使われパッと見では分からないような走り書きの数々。
当初はラルフも閉口したがかなり地道に浚い上げ、それらしき商品と行き先を割り出すことに成功した。
「盗み出した犯人が捕まったところで、今は何の役にも立たないだろう」
「…それもそうだな。
肝心の『神の涙』はどこに行ってしまったのか…」
魔法陣に配置することで大勢の魔力を同調させつつ、莫大な魔力出力を安定化させることができる石ということで、今まで祭祀において重宝がられていたアイテムだ。
だが、ここ数年はそんな大がかりな魔法陣は必要なくなっていた。
…と言うのも、シリウスはそんな大掛かりな
代々の司祭は祭祀の際、神官たちの協力の元儀式を行っていたものだった。
しかし、シリウスは特殊な魔法道具に拠る補助が要らない。
シリウスの力は大変有意義で省エネなものだが、そのせいで使われずじまいになった『魔法道具』が行方不明のまま、発覚がここまで遅れたと?
いや、逆だな。
本来儀式に必要な魔法道具がなくなって、祭祀の進行に不安があった神殿のお偉いさんが、シリウスに儀式遂行の司祭役を命じた。――己の不手際を隠そうとした、と考えればエルディムの嫡男に白羽の矢が立ったのも理解できる。
絶対いつかバレるのに、己の在位期間だけでも誤魔化せばいいと隠ぺいに走るとは…何と言う面の皮の厚い聖職者なのか。
「君の良いように使われる様子には同情するよ…
もう少し嫌なことは断った方がいいんじゃない?」
文句を言いながらも頼まれたら断れない人であることは知っていたつもりだ。
「自分に利益があると判断したから請け負っていたまでだ。
…司教に貸しを作ったお陰で、神殿関係者には顔が利くようになったから無駄なことではないが?」
今回魔法研究所を当然のように占有できたのは彼の存在が大きい、そう言われれば人生に無駄なことなどないのかもしれないが。
「…そうだね、じゃあこの件は僕に任せてくれるかな」
「なんだ、当たりはついているのか」
結局行方不明になった神の涙と呼ばれる魔法道具を取り返すことができず、今に至ってしまった。しかも問題は――競売によって売りさばかれ、渡ってしまった場所である。
「ルートを辿ると、ケルン王国に渡ってしまったと考えられる」
「……最悪だな」
国内にあるものならどうにか探し当てて回収することもできるだろうが、他国に持ち逃げされてしまっては、希少なものゆえに簡単に奪還するというわけにはいかない。
クローレスの闇市場で売りさばかれたものなので、と軽々しく説明できない状況なのが一層ややこしさに拍車をかけている。
裏に渡ってしまったものは正攻法ではない手段で追跡する必要があった。
「ポートウェルにゲイリー商会があるだろう?」
「…あの治外法権の忌々しい街の話か?」
シリウスは露骨に眉を顰めた。
クローレス王国の北端、そして西端は「海」に面している。
西大陸を統一したクローレスの国土はとても広い。
だが、北端の領土から見える小島は、海を渡った先のケルン王国と領土争いを行っている問題の場所だ。
ここ十数年の間に、いつの間にかポートウェルがケルンに乗っ取られてしまっている状態なのである。要は、実効支配されている。
王都から遠く離れた場所であること、またクローレス王国は大陸国家であるがために船舶戦は強くない。島国ケルンと海戦をするのは得策ではないと放置せざるを得ず、現在に至るわけだ。
まぁ、その行動自体がクローレス王国の本土を窺う明白な示威行為と言えるのだが。
何かきっかけがあれば、海岸を封鎖され侵略される未来も十分考えられる。
その際に地方の領主が国のために命を懸けて戦ってくれるのか、まさかケルンに寝がえりはしないか…と、かなり頭の痛い問題を長年抱えている。
東の連合国家も国境線の山脈中にいくつかの攻城砦を構えたという話もある。
クローレスは平和な国ではあるのだが、国土が広い故の「守りづらい」という側面を持っている。しかしその広大な領土こそが国力の礎なので、切り離すことも難しい。
国力が弱まっているなんて弱みを見せれば、奴らは容赦なく牙を向けてくるだろう。
エリックにあのような凶行に至らせた間接的要因の島――ポートウェル。
「ポートウェルを根城に交易品を取り扱っているのがゲイリー商会でね。
まぁ、ウチのお得意様でもあるんだけど。
…魔法道具がケルンのどこに渡ったのか辿るなら、会長に話を聞きに行く必要がある」
「私はケルンの内情には明るくないぞ。
…その会長とやらは、どんな人物なんだ」
「――先代国王の公妾の娘」
要は現ケルン国王の腹違いの妹だ。
「あの国も大概ややこしいな。
公妾…ということは、元々王女でもないのか」
「正妻以外に産ませた子どもには継承権が一切ないどころか、認知もされないお国柄だからね。
実力で商会立ち上げ、後に貴族と結婚――現在は未亡人って話なんだけど。
やり手で困るよ、本当」
王族が側室を持ってもいいし、愛人の子でも相続権があるクローレスと、一切その権利が無く、「正妻に跡継ぎが生まれなければ血統が弟に容赦なく移る」のとどっちが理にかなった制度なのかは分からないけれど。
物凄いガチガチの一夫一妻制で、王族であっても同じこと。
離婚は認められないし、死別でも再婚が難しい。
じゃあ貞操観念があるのかと言われれば全く逆で、子どもを認知しなくても良いなら愛人囲い放題という解釈らしい。妻側も子どもを産んだ後は自由に生き、別の男性と恋愛を嗜むことさえ文化の一つだとか。
愛人が公然と領地に住んでいたり、政に口を出したり、あの国はよく分からない。
ケルンは創造神ヴァーディアから派生する別の宗教を信仰している。
聖アンナ教が広まるこちらとは違う価値観を持っているので、自分たちの常識とすり合わせるのは不毛だった。
「ゲイリー商会長は、ケルン王室に顔が利く立場でね。
特に美術関係の交易品の取り扱いは彼女に聞くのが手っ取り早い。
まぁ…割と話せる人ではあるんだ」
彼女のことを想像して、ラルフは大きな溜息を落とさざるを得なかった。
もう40を越えた未亡人の彼女がどんな人物であるか、表面的な情報は調べて来たつもりである。
国にとって目の上のたんこぶとして存在するポートウェルの話だとしても、あの商会を通じて貿易を行っているのでラルフとしてはただの敵というわけではない。
あちら側も同じようで、邪険にされる事無く話を聞いてくれるだろう。
でも、闇競売の商品がどこに流れたかなんて、早々簡単に教えてはくれないだろうな…
「ということで僕が接待に行ってくるよ。
二週間くらい、空けるから」
「お前がわざわざ行くのか?
交渉事なら私も同行するぞ」
「…あの人――音に漏れ聞く無類の美少年好きだけど、それでも行くの?」
運動が苦手で俊敏な動作ができないはずのシリウスが、一瞬で離れた扉に背中を張り付けている。
絶句し、凄いものを見るかのような視線をこっちに向けてくるではないか。
いや、分かってたけど。
「果たしてそれを交渉と言って良いのか?」
「お願いごとをする方が下手に出ないといけないのは、どこの世界でも同じだろう?
…まさかシリウスやジェイクに頼みはしないよ。
そもそもできないよね?」
シリウスは無言で頷いた。
親戚のレオンハルトが被害にあったのは知っているので、そういう系統の少年が好みなのだろう事は把握済みだ。
ジェイクなんか連れて行ったらものの数分で後先考えず戦争状態を引き起こしかねない、シリウスは年配の女性相手に気に入られる演技は難しかろう。
たぬきジジイの前で無表情を貫くのは得意でも、マダム相手から気持ちよく情報を聞き出す話術は持っていない。
「それに、今回の『女神召喚』の話、上手く伝えてケルンにも協力してもらえるように道をつけてもらうつもり。
手土産は期待して良いよ」
「はぁ…ジェイクもいつ帰ってくるかわからん上、お前もしばらく留守か」
「え、何? まさか寂しいの? シリウスが!?」
柄にもないシリウスの呟きに、ラルフは思わず彼を二度見した。
「違う!
今の状況でフォスターの三つ子の待遇をどう位置づけるか勝手に決めるのも難しい、しばらく棚上げだと思っただけだ。
聖女という存在が、現行制度で何者か決まっていない以上、彼女達は非常に不安定な立ち位置の存在だからな」
しょうがない。
最初から聖女の制度を用意してそこに即座に当てはめることができたなら、はた目からはどうしても予定調和に見えてしまう。聖女の再来を予期していたのか? なんて穿った見方をされないように、父親たちは何も手をつけていなかったのだろう。
そのせいで、宙ぶらりんになってしまっている。
民衆の希望であり、半年という短い期間で王都が元通りになったのも彼女達の存在があったからだ。間違いなく救世主なのだが、その聖女たちがカサンドラを差し置いて何か褒章のようなものを受け取れないと固辞している。
上にもあげれず、下にも置けず。
王宮内で、どの立場?
神殿関係?だとすれば大司教より偉くなる?
でも聖女なんてもう二度と現れないかもしれない、特別枠をどこにつくるのか。
「まぁ、それもカサンドラが戻ってきてから、おいおい考えたらいいんじゃないかな」
あの様子を見ていると、無理に王宮の役職や立場で縛り付けるよりも、カサンドラが帰還して王宮に住むようになった後、彼女に纏わる臨時の役職でもついた方が収まりが良いのではなかろうか。
「戻って来たら…か。
アーサーにもそう言い、私もそのつもりで進めているがな。
…あいつの今いる、『元の世界』はどんな世界なんだろうか。
もしこの状況が永遠に続くと考えたら、暗澹とした気持ちにもなる」
彼は性格も慎重派な上、常に最悪を想定して動かなければいけない立場だ。
世の中には叶わない願いや、思い通りにならない現実などごまんと溢れている。
考えたくないことも、考えないといけない立場。
「カサンドラなら、帰って来るよ。
…というか、僕の前であれだけの啖呵をきっておきながら、還ってこないなんて想像できないっていうのが正直なところだけど」
『そんなの――王子のことが好きだからに決まってるじゃないですか!
更に申し上げるなら、好きな方の親友に嫌われたいわけがないでしょう!』
衝撃を受けたあの日から、長い年月が経った気がする。
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