24 : リゼ (Lovers)


 リゼは会合が終わった後、妹達と顔を付き合わせて今後の話をしつつ――

 ジェイクが王子と話をしているのをチラチラと横目で見ていた。


 だがジェイクがかなり真剣に王子を励ましている様子だったので、会話中に割り込むことはできず成り行きをこっそり覗き見るしか出来ない。


 生徒会室から全員が引き上げるという空気になった時、ようやくジェイクに駆け寄って声を掛けることができたのだ。



「ジェイク様、お疲れ様です。

 急な話で申し訳ないんですけど、これから私もジェイク様とロンバルド邸に行っても良いですか?」


「ん? 別に構わないけど」


 事前に何の打診もない、ただの思い付きのリゼの申し出に彼はきょとんとした顔だ。


 これからラルフと妹達はヴァイル邸に戻り、シリウスと王子とアレクはこれから早速エルディム邸に待機している神官長に話をしに行く段取りらしい。

 カサンドラの捜索の助力を得るためにはまずは神殿や教会関係から。


 方針が満場一致で決まったのだから、出来る事は先に――とシリウスもかなり前のめり状態である。


 とは言え、正式な話は明日以降、聖女三人揃っての話。


 今日はシリウスと懇意にしている神官長に事前に真実として押し通すという目的なのだとか。

 なんだかんだ魔道士や教会関係に顔が利くシリウスの存在は今の自分達にとってかなり頼りになる存在であることは間違いない。


「ありがとうございます。

 フランツさんやライナスさんにも会いたいですし」


「お前が来るならウチの奴らはプチ祭り状態になるだろーな。

 グリムもすっ飛んで帰って来るわ」


 ジェイクはケラケラと彼は笑う。

 ――からかっているのだ。


 いきなり数日前に聖女様と化してしまった自分は、かなり居心地の悪い日々を過ごしている。

 ヴァイル邸の裏に引き篭もっていても、何故か騎士団に所属する人間達が毎朝のようにリゼに”拝謁”を申し出てくるのだから勘弁していただきたい。


 おかしそうに笑う彼を前に、リゼは意趣返しを目論んだ。


「それに関してはどうでもいいんですけど。

 今日はジェイク様の護衛としてロンバルドまでお供しますね!」


「はぁ!?」


 普段王子やら重要人物やらを護衛し守る役目を負っていたジェイクが、リゼ一人に護衛されるというのも居心地が悪かろう。


「片腕が使えないんですよ、立派な護衛対象です」


「片手が無くても戦えるって!」



 彼は納得のできない不満そうな顔。

 だがその直後、彼は不自然に沈黙した。

 言い淀んだのは僅かな時間であったが。


「………。

 俺もお前に話があったしな。

 理由がどうでも、来てくれるなら正直、有難い」 



 ジェイクに話しかけたのは、あの日以降殆どジェイクと会う機会が無かったからだ。

 それぞれの拠点場所が離れていたというのもあるし、ジェイクでなければいけない、代替の効かないロンバルドの人間として忙しくしていたのは知っている。


 フランツらに会いたい、護衛をしてあげる、というのは結局のところただの言い訳で動機づけに過ぎない。


 ただ、少しくらいジェイクと一緒にいたいと思った。


 カサンドラが行方不明な状況で呑気に彼に会いに行くと言うのも気まずく、距離が空いたまま忙しなく時間だけが過ぎていた。


 実際に今日会ったはいいものの、ろくに会話も出来ずこのまま離れ離れに帰るというのが物寂しく、つい話しかけてしまっただけ。



「部屋は用意させるから今日は泊っていけよ。

 お袋もグリムも喜ぶし、一緒に飯でも食べようぜ」



「すみません、お世話になります」



 ジェイクの「話」って何だろう。

 不穏な空気を感じたわけではないのに、心がザワザワした。




 ※












  リゼは『今』、ジェイクの私室にいる。











 ※





 彼が部屋に通してくれたのは、それが一番面倒がないからだという状況なのは理解している。

 お客さん扱いで人の目につくところにいたらリゼの周囲は人垣で埋まってしまう。


 いくらジェイクが「散れ!」と叫んだところで、遠巻きにじーっと多数の視線を感じるロンバルド家訪問。



 あまりに落ち着かないので、ジェイクが私室に通してくれたのは自然な流れだったと思う。

 逆にリゼが逆の立場でジェイクを迎える立場でも、あんな衆人環視の中に立たれるくらいなら自分の部屋に案内するだろう。


 街の多くの建物は――レンドールの別邸さえも半壊状態だったというのに、三家や学園の建物は頑丈な結界に守られ魔物から与えられた損壊が少ない。

 兵舎の一部が使い物にならない施設があった程度で、中央の居住区は比較的無事で以前のまま残っていたという。


 まさかこんな時にジェイクの部屋に招かれるとは……

 と内心かなり混乱していたが、変に緊張しているのもおかしい気がして何食わぬ顔をして部屋に入れてもらったのだけど。


 思った以上に広く、生活感の無い部屋だ。

 上に下に、左右にと視線が彷徨う。



 部屋の中でソファに対面して座り、給仕が運んでくれた紅茶を飲みながら、再び道中まで話していた会話の続きに入った。

 当然話題は今日の会合内容についてのことだ。


 カサンドラは一体どこにいるのか、今後どうやって彼女を探していくべきなのか。

 それに加え、この聖女計画に纏わる”処理”について、本当にこれで良いのか、という率直な意見交換。


 リゼとしては、王子が宣言してくれた顛末以上に丸く収まる方法は無いと思っているけれど。

 ジェイクとしては、誘導されていたにせよ無意識にせよ、悪事を働いていた人間の罪を覆い隠すような結論は馴染まないのだ、ということは理解できた。


 これに関しては平行線だろう。

 正解なんてない。

 リゼは……

 あくまでも、この計画の事は闇に葬ってなかったことにするのが、一番波風が立たず今後混乱を生じない最善手だと思っただけだ。


 自分が正義だなんて思っていない。

 ……そうでないと、リナや、ジェイクに不利益が生ずると思ったから。

 ――どうしても、嫌だった。



「ええと……ジェイク様、私に話って何ですか?」

 

 ようやく二人きりになって話が出来たというのに、どうしても話が重たく、空気もそれにつられるように重力が増す気がした。

 ジェイクもわざわざリゼとこの話をしたいがために部屋に連れて来てくれたわけでもあるまいし。


 カサンドラの行方とは別件で話がありそうな雰囲気は感じていたので、言葉の途切れ目に合わせてそう促してみることにした。



 彼は眉間に皺を刻み、一度口をぎゅっと結んだ。

 何かを堪えるような様子に、リゼの胸の内に不安が広がって行く。


 生活感の無い部屋だが物々しさを感じるのは、壁にずらっと掛けられた武具のせいに違いない。

 芸術品と見まごう立派な剣や槍のくすんだ冷たい輝きは背筋を冷たくさせるものだ。



「今日、アーサーの話を聞いててさ。

 ……今まで敢えて考えないようにしてた、いや、目を逸らしてたことに改めて気づいた。


 リゼ、お前は賢いな。


 だから、本当はとっくの昔に考えてたんじゃないのか?」



 彼は珍しく――と言うのはかなり失礼だが、かなり真面目なトーンで低くリゼに問いかける。

 怪我のない手を膝の上に乗せているが、ぎゅっと強く握りしめられていた。

 緊張がこちらにも伝わってくるかのよう。


「……ジェイク様?」




「あいつらのやったことだけ、『世界』のせいにする……なんて、都合の良い話はないよなぁ?


 チラッとでも思ったことあるんじゃないか?


 ……俺を好きだって思ってくれるその気持ちだって、この世界に誘導されたに過ぎないんじゃないかって」



 

 息を呑んだ。

 大きく見開いた双眸に、ジェイクの渋面が映る。



「……そんなことないです。

 私は、自分の意志でジェイク様の事を好きになりました!」


 思わずカッとなって声を荒げてしまう。

 自分以外の何物かに、自分の気持ちを歪められただなんて思いたくもない。



 だがそう叫ぶと同時に、今日自分達が出した結論は『そういうこと』なのだと気づく。

 ザーッと顔が青く染まって行った。

 

 自分は本気だ。本気で好きにならなければ、あんなに頑張って振り向いてもらおうなんてできなかった。

 ジェイクと一緒にいた時間の全ては大切な思い出だ、それは自分が自らの意思で”選んで来た”ものだと当然のように思っていた。


 だが三家の当主も、バルガスもレオンハルトも、ともすればシリウスも……

 聖女計画に関わらざるを得ず、物語を紡がせるために行動や思考を固定されてしまっていたのかもしれない。




『一体彼らは、どうすれば”計画”を拒絶し、改心できたのかな』



 王子が皆に呈した疑問だ。

 凄まじい拘束力、強制力だったことを裏付けるアレクの証言。





   都合の良い形になるよう、創られた世界。





「私は……ジェイク様の事が 好きです」



 その気持ちが誰かによって創られたモノだなんて。

 改めて可能性を言及されると、声が震えた。


 ……ああ…… 


 でも、自分は、証明できない。

 だって知ってしまったから。

 歪み、閉ざされ、運命に従って動く世界で暮らしていた事を。



「確かにお前は俺を選んでくれた。

 好きになってくれた、でも――それは『三択』って言う少ない選択肢の中から選ばされたってことだろ?」



 唇を噛み締める。

 悔しい……


 悔しい!


 こんなに! 彼の事が好きで、その想いは今でもちっとも変わらないというのに。

 誰かに誘導されたなんてありえないと言うのに、でも客観的にそれを否定できる事がリゼには出来ないのだ。


 確かに自分は比較的自由な意志を持たされていたが、用意された選択肢の中で過ごしていただけだ。

 リナが言っていたように。



「いや、良いんだ。

 俺が言いたいのは、そこじゃない。


 リゼがそうやって不安になったり迷ったりするのは、当たり前の事だって言いたいだけだ。

 どこまで親父達の頭ン中に世界が干渉してたかなんて、さっきも散々話にあった通り誰にも分からないだろ。


 まぁ、カサンドラが言う通りなら俺らは大分好き勝手に意思を持てる例外的な人間って事だったらしいけど。

 でも何かしらの作為がないと、恋愛の相手が三択に絞られることなんて普通はないだろ?

 どこまで世界の作為に影響されてたかなんて、わからん。


 ……お前は理屈が先って言うか、一旦気にしたら思い詰めそうな気もしててな。

 ちゃんと話しておかないとなって思った」



 きっかけ――

 恋なんて、愛なんて、境界線も計算式も無い、曖昧な感情が全てだ。

 だがどこからどこまでが”お膳立てされたもの”なのか判断できない以上、自分のジェイクへの気持ちが完全に自分の意志のみだと断言できない。




   恐怖する。




 ……自分の気持ちさえ、それが本当のものか証明出来なくなってしまう。

 軽々しく――というか、自分にとってそうでなければ困ると思って自分が賛同した王子の案は、自分達の想いの根本さえ揺らがせる諸刃の剣でもあったのだ。

 今更首筋にナイフをあてがわれたように身が竦んだ。



 ということは、何か?


 自分はこれからずっと、ジェイクへの想いが誘導されたものだとか、そうなるように仕組まれていただの、根本で疑念を持ちながら……これから過ごしていかないといけないのか?

 ジェイクへの懸想が自分の意志だったと、誰も完璧に保障してくれない。

 自分で自分の過去の選択が信用できなくなると言うのは……



 ヴァイル公爵のレイモンドにこの事実を伝えると決まったが、これほど辛い罰があるだろうか。

 貫き通していた信念さえ、まやかしであった『可能性』をチラつかされるのだから。間違いなく病むに違いない。




「あの日から何日も経ったけど、俺は変わらずお前の事が好きだ。

 何らかの作為が絡んでいたとしても、今までの事は全部覚えてるし。

 その時思ったことは、仮に完璧な真実じゃなかったとしても、嘘じゃない。


 だけど俺が持ってる不変の感情を、お前に当然のように期待したり押し付ける気はない」


 彼は珍しく、物凄く言葉を選びながら話を続ける。





「俺は――今度はこっちがお前に好きになってもらえるよう頑張る側じゃねーかなって思ったんだよ」





「はい?」



「お前が俺に抱く感情に確信が持てないのはしょうがない。

 たまたま、今回お前が選んだのは俺だったってだけなんだろうし。


 ――それはそれで良いんだ。


 だけどそう言う過去の記憶やキッカケなんか、どうでもいい小さな事だって笑い飛ばせるようにしてやる。


 今まで俺のために頑張ってくれたのは、リゼだった。

 俺は何もしてない。



 無限の選択肢の中から選んでもらえるよう努力するのは、こっちの番だ。

 過去の自分の選択がたとえナニかに無理矢理選ばされたものだったとしても、俺は絶対にその選択を後悔させない」 





 物語の中のお話なら「ずっと幸せに暮らしました」めでたしめでたし、の結びでその先は安泰。

 いや、そもそも自分の選び取ったモノ、自分の意志を疑うことさえないだろう。


 今の幸せがあるのは全て自分の努力のたまものなのだと、一切疑いを持つことさえない。

 この世界の仕組みを知る前の自分がそうであったように。


 だけどそうではないかもしれない、と一度気づいてしまった。

 今の自分の享受している幸運や幸せが、何者かからそう仕向けられたモノかもしれない・・・・・・

 勿論、与えられた環境の中で精一杯の努力はしたけれど。


 自分の想いを、選択を、努力を信じられなくなる――突き詰めれば精神が崩壊しそうな辛いことだと思う。


 王子の言う通り、この一年間をなかったことにしたくない。

 世界の成り立ち全てを否定したいわけじゃない。


 自分の選択は正しかったのだ、と信じたい。 




 物語、繰り返す世界という呪縛から解き放たれたこの世界では、決してお互いに安穏としてはいられない。

 今を土台に、常に新しい関係を築き上げていく必要がある。

 関係を維持するため通常想定する以上の不断の努力が要るのだと改めて思い知らされた。

 自分や相手を信じるという努力がなければ――自分の意志なく”強制された”なんて言い訳を逃げ道に、この関係は簡単に壊れてしまう。



「何も言わずになぁなぁにしてても、リゼは俺の傍にいてくれるとは思ったけどさ。

 もしお前が細かいところを気にして、不安になったり俺を信用できなくなっても嫌だしな。


 この先長い人生、迷ったり不安になるのはしょうがないと思う。

 訳のわからん事実が判明したんだし。

 だけど一人で抱えずに、ちゃんと言え。



 俺はお前に落とされた側だ!

 どういう経緯だろうが、お前が俺のためにしてくれたこと――全部あわせて、俺はお前を好きになったんだ。

 今でも感謝してる」




「……。

 正直驚いてます。

 私も、無意識にそこは避けていたかもしれないところだったので……」



 素直に驚いてしまった。

 会合において断罪に対する焦点が世界の意思だ、真実だ、という部分にあたっていたせいだろう。

 三家側の”作為”をどこまで考慮するかと言うことは、そのままダイレクトに自分達の置かれている立場にも跳ね返ってくることだから。



 ジェイクの言う通り、自分達の気持ちや意思だけは自分のもので、彼らと違って一切影響は受けていないです! なんて都合の良い話はないのかもしれない。

 受け入れてしまうのが怖かったから、見て見ぬふりをしていただけだ。



 臭いものに蓋をしてしまえば、これからもずっと心の底に、晴れないモヤモヤとして燻ることになったかもしれない。







「――ゼロの状態からお前を口説く、俺はそれくらいの気持ちでいるって話をしたかった。

 んー、俺だけじゃなくてアイツらも同じだと思うけど。

 ……さっきも言ったけど、今度はこっちの番だからな」









 その直後、ぶわっ、と一年間の記憶が脳裏を断続的に流れて行った。

 鮮やかな色づく景色とともに。



 最初にジェイクと会って好きになってしまったこと、それからどうすれば仲良くなれるのかそればかり考えていたこと、苦手なことに向き合ってずっと努力していたこと――

 話が出来るだけで、姿が見れるだけで幸せだった。



 少しずつ縮まって行く距離、イベント事に一喜一憂していたことを。



 ……もしかしたらこの世界にとって都合の良い、それ以外許されない狭い選択肢の中から”選ばされた相手”なのかもしれない。

 彼ら以外を選ぶことはこの世界にとって不都合で、破綻扱いされる事態だったのかもしれない。




 ただ、それでも今まで自分がこの学園で皆と一緒に過ごした一年は紛れもない事実で、そこに嘘は無かった。



 楽しかったし、満たされていた。

 想いも努力も信念も、少なくとも自分にとっては本物だった。




 ああ、そうか。

 王子は『未来』という言葉に拘っていたように思う。



 今までの自分達は、作られた舞台の上で生きていたのかもしれない。


 これからは違う。

 想い、選択、人生――完全に自分のものだ。

 経験や教訓を得た後の今後の行動こそが、最も大切なのだ、と。

 過去に拘り過ぎず、でも大切な自分の一部として受け入れる。

 文字通り、未来への礎だ。



 未来――カサンドラがいなかったら、自分達には存在しなかったもの。


 

 



「この世界には少なからず感謝してるんです。

 ……恋愛対象の中に、ジェイク様を入れていてくれたわけですし。


 それだけは、心から感謝しています」







    



  仮に想いそれが強制されたものだったとしても








  今まで以上に彼の事を好きになれれば――新しい関係を築いていけると信じている。




 

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