23 : ジェイク (Caring)


 今の段階では、カサンドラの身に起きた可能性を拾い上げていくくらいしかやることはない。

 そしてその可能性を実現させる選択肢の幅を広げるために、カサンドラに世界を救った『女神』になってもらう。


 話の流れ自体はジェイクにも理解できるものだ。


 どういう顛末にするべきか正否の分からなかった一連の出来事について、アーサーから直接提案があったことで一先ず異議なく進められる――

 あの運命の日から止まっていた時が、ようやく緩やかに流れ始めるのだ。


 ジェイクは若干釈然としない想いを抱いていたけれども、敢えてアーサーに意見するほとの大きな希望を持っていたわけではない。

 客観的に考えればそうするのが一番、全体にとって最も都合がいい結論なのだろうとも分かっている。




  ……親父達の名誉は剥奪されないのか。



 それに関してはモヤモヤと蟠っているが、突き詰めて正確に裁けと言われても無理難題であることは事実だ。リゼやアーサーの言う通りの”誰も悪くない”筋書きにして真実は伏せるのが最善なのだろう。


 誰もが「どうしてこんなことに」と思いながらも、これは逃れ得ぬ災厄で天変地異のようなものだと恨みや憎しみをどこにぶつけられずに元通りの生活へ戻るために復興活動を頑張っている。

 避けられない大災厄だったが、聖女が悪魔を倒してくれたおかげで国が滅ぼされずに済んだのだと、不幸中の幸いと感じながら。



 ……確かに父らのやらかした事はとんでもないことで、悪事を明るみに出して断罪して糾弾してやりたいという気持ちはジェイクも根強く残っている。

 いくら寝たきり状態で明日をも知れぬ命に苦しむダグラスを見たからと言って完全に溜飲が下がるわけではない。

 何かしらの制裁、罰は必要だ。


 そうでなければ、被害に遭った人間が浮かばれない。


 たとえ親の罪のせいで自分に累が及ぼうとも、だ。


 ジェイクは自分の地位や身分なんてものに元から固執している人間ではなかった。

 その一点に関しては、アーサーやシリウスと違うところかもしれない。

 親の罪を暴き立てられ、それで自分が権力の座から遠ざかることに繋がったとしても、むしろ清々しただろう。


 少なくともロンバルド家はお家取りつぶしでもいいんじゃないか。

 バルガスのやらかしたことや、ダグラスの快楽主義の結果のこの事態を重く受け止め表舞台から遠ざかれば皆の……アーサーの気も少しは晴れるのではないか、と。  

 エリックを断罪できないなら、ダグラスに全部の罪を押し付けてくれても構わないとさえ思ったくらいだ。


 何も知らなかった、知ろうとしなかった自分に出来る事は正直それくらいしかない。

 どんな結論になろうと、甘んじて受け入れるだけだ。


 かなり意気込んでこの会合に臨んだのだが、実際にアーサーの話を聞いていると何が正しいのかよく分からなくなって少し混乱した。




 本当にそれでいいのだろうか、という考えも頭を過ぎる。


 アーサーに共感することは難しかったが、彼の言う通り憎しみは連鎖するもの。

 どこかで断ち切らないと、延々と『物語の世界』の影響に今後の未来も縛られ続けることになってしまう。


 業腹であり、筋が通らないと思っても……

 事情が事情だけに、アーサーが決断したように世の中をこれ以上混乱させない選択肢が一番平和で、傷がこれ以上広がらない結末なのだろう。


 どれだけ彼は人間が出来ているのだ、とジェイクは苦々しくも感じる。

 もし自分がアーサーの立場だったら?


 ……リゼが自分の知っている人間に実際に斬り裂かれ絶命の縁に追いやられたとなったら、どんな理屈をつけてもこの手で始末しないと気が済まない。

 当人が死んでしまっただけでは気がおさまるはずもない。


 結果的にリゼが生き残り、傍にいてくれたら……復讐心を宥めてもらって八つ当たりをしようなんて考えないが、行方不明なんてことになってしまったら?


 自分は憂さ晴らしをせずにいられるだろうか。

 気持ちを抑え、冷静に状況を判断できるだろうか、と思う。


 アーサーは自分をお人好しではないと自己申告しているが、十分お人好しだ。


 カサンドラへの凶行に対する憤りの矛先がジェイクに向かうのも分かるし、もしそうなったら責任は負わなければいけないとも覚悟していた。

 ずっと蚊帳の外で、そして蚊帳の外であることに何の疑問も抱けなかった自分の鈍感さの罪深さというものだろう。


 女性の気持ちや恋愛の機微に疎くてもそれはただ自分が失笑されるだけだが、流石に自分の身内がそんなことをしていたことに気づかないのは言い訳も効かない話ではないか。



 だが実際、突き詰めて考えれば何が正解なのかジェイクには分からなかった。

 前例がない上に、どこまでが『世界』に介在されて起こった事象なのか誰も判断できない。



 ずっと同じ三年間を繰り返していたことさえ、今でも信じられない。

 記憶を奪われ、何度も何度も強制的にやり直しを強要されたことはピンとこない話である。

 想像力が豊かではないし、どうにも実感がない――ゆえに、大真面目にその話題が俎上に乗ると渋面になってしまう。



 アーサーの言う通りにした方が、全方向で上手くまとまるのだろうな。

 今までの過去を無駄にせず、切り捨てることなく今度こそ自由な世界を進む……か。


 それがカサンドラの意思と言われれば、そうかもしれない、とも思う。

 争いごとや諍いを好まない人間であったし、アーサーが恨みに呑まれ物語の禍根が世界にずっと残る状況を喜ぶようにも思えなかった。




 話し合いの結果は決して心の底から納得いくものではなかったけれど。

 シリウスのように”裁け””罰せ”と声高に求めたところでアーサーも困るだろうし。


 カサンドラを女神だと民衆に周知し、彼女を探すこれ以上ない大義名分を携え足掛かりにするというのは良い案だ。


 リゼが聖女だというだけで毎日騎士団に所属している人間がずらっと行列を作って挨拶に来る状態だと聞く。

 実はカサンドラが女神だったなんてことになったら、彼らの士気がどれほど昇って行くのか想像するだけで恐ろしいとさえ。


 意外と王城に務める人間は信心深い。

 この王国の成り立ちを考えれば、さもありなんという話だが。






 ※

 



 皆忙しい中時間を割いて集まっている。

 こうして全員が顔を合わせて話し込むのは、果たしていつになることやら。


 今まで学生として過ごしつつ騎士団の仕事も請け負っていたし、それはアーサー達も同じだった。

 思えばあれは全く忙しいなんて言えない程度の忙しさだったのだな、と遠い目をしてしまう。


 平時のルーチンをこなすのとは全く違い、常にその場でベターな選択肢を判断し選び続けなければいけないのはかなりの精神的負荷がかかる。

 今は当主であるダグラスが寝たきりで会話もままならない有様なので、ジェイクの母がライナスらの力を借りて忙しなく動き回っている。


 ジェイクにも無理難題が毎日のように吹っ掛けられてくる。

 人手が足りないと要請を受けても簡単に動かせるほど余っているわけがない――兵舎の中は常に大勢の兵隊で犇めいていたが、日中はがらんとしていて副官が仕事の補佐と母の護衛も担っているくらいだから相当である。


 骨折中で十全に身体が動かせないことから、現場での対応は主にグリムに任せて屋敷で地図と報告書と睨めっこ。

 それもまたしんどい。

 身体を動かしてストレス発散ともいかない、早く完治すればいいのだが。

 ……リゼに治してもらうなんて、絶対にナシだ。



 永遠に話を続けるわけにもいかず、カサンドラの行方は当然はっきりすることもないままお開きとなった。

 展望が見えたような、見えないような……


 カサンドラがもしもこの国のどこかにいるのなら、早く帰って来て欲しい。

 でもここにいない以上、きっと帰れない状況に置かれているのだろう。

 日数が立つにつれて、救出できる可能性が低くなりそうで内心穏やかではいられない。


 一瞬、チラっと視界に入った三つ子達は、話し合いが終わった後も真剣な表情でまだ話し足りない様子。首を捻って相談を続けていた。



「ジェイク、怪我の具合はどうかな」


 ぼんやりと天井を見上げていると、椅子から立ち上がったアーサーが話しかけてきた。 

 突然自分に向けられた言葉に、少し間の抜けた声で返答をして――顔を友人に向ける。


「じっとしてれば痛くないけどな。

 痛いより不便って感じだ」


 自分のつり下がった片腕を一瞥し、ジェイクは眉を顰める。

 別にダグラスの命など助けようと思って助けたわけではない、ただ……

 言った通り、見殺しには出来なかったというだけの話だ。

 自分の知らないところで死んでくれるならまだしも、目の前で手を伸ばせば庇えるだけのところに立たれていたからしょうがなく。


「ロンバルドの屋敷は落ち着いた?」


 王城が壊滅状態になってしまったが、三家の敷地内は驚く程被害が少ない。

 学園に施されていたような結界のお陰で、本来なら王城にはもっと強力な防御結界が張られていたはずなのだが。

 聖堂、つまり城内側から悪魔によって結界ごと破壊されてしまったので原型を留めていない悲惨な有様になっている。


 王城は再建中なので、現在宮廷魔道士はエルディム、そして騎士団はロンバルド、王を始めとする政務を担う人間はヴァイルへと人員を分け集っていた。


「そうだな、元々被害も他と比べれば少なかったわけだし。

 相変わらずお袋が西に東に走り回ってるみたいだけど」 


「多少落ち着いたなら、リゼ君をロンバルドの屋敷に住んでもらうように手配したらどうかな。

 ……私達がリゼ君に協力を要請しているから、君達は殆ど顔を合わせていないだろう?」


「あー……」


 腕を折って運ばれて以後、リゼと会って話をする機会は数える程しかなかった。

 リゼだけではなく、三つ子が一緒にヴァイル邸に部屋を借りて過ごしているからである。

 そりゃあ、勿論リゼが自分の住んでいる屋敷に移動してくれるなら、ジェイクとしてはいつでもリゼに会えるのでとても嬉しい。


 本心ではそうしたいと思っている。

 だが毎日ヴァイル家まで移動しなければならない手間を考えれば、彼女も面倒が勝つのではないかと思い特にジェイクから申し出ることはなかった。

 怪我人の搬送や治療などに部隊を動かさねばならず、一時は東の兵舎が野戦病院状態にあったことも記憶に新しい。


 そんな場所に奇跡の力で傷を癒せる聖女リゼを連れて来るのも抵抗があった。


「まぁ、その内な。

 でもヴァイル邸にいた方がリゼも何かと便利だろうし」


 三家それぞれの屋敷の場所は、馬を使っての移動を前提としていると思われる距離がある。

 伝令でもないのに毎日行き来をさせることになる、リゼから申し出があれば別だがこちらから声を掛ける気にはなれなかった。


「……。

 でもジェイクはリゼ君と一緒にいたいだろう?

 わざわざ離れた場所にいなくても」


 意外な声掛けに、思わず噴き出しそうになってしまった。

 心臓に悪いわ!


「あのなぁ。

 流石にこの状況で、そんな浮かれた事言ってらんないだろうが」


 つい口調がモヤっとしたものに変わる。

 気を遣われているということは分かるのだが、それをアーサーに促されるのは流石に申し訳なさの方が勝つ。


「――お前は、そんな状況なのに。

 俺らばっかりってわけにはいかないって言うか」


 今しがた話をしていた目的、カサンドラの行方を捜すこと。

 カサンドラが行方不明になり、全くどこにいるのか分からない……それがアーサーにとってどれだけ焦燥を感じ、辛いことなのかということはジェイクでも分かる。

 他人のお節介を焼いている場合ではないだろう。


 状況が混乱しているから、リゼとゆっくり過ごす時間が中々取れない。

 だが敢えてそういう状況に甘んじているのは、やはりアーサーの事がどうしても脳裏を過ぎってしまうからという事情もあった。


 散々周囲からデリカシーが無いと揶揄されてきた自分でも、この世界を救うため消失した恋人カサンドラを探し続けるアーサーの傍で普段通りに振る舞える程無神経ではない――つもりだ。

 それに、ジェイクも心を決めてちゃんとリゼに伝えないといけないことがある。

 今日の話し合いで、より強く感じた。少なからず覚悟がいる事だから、無意識にリゼと行動をするのを躊躇っているのかもしれない。


「何だか、不思議な気持ちになるよ」


 アーサーはきょとんとした顔をした後、小さな苦笑を浮かべて床に視線を落とした。


「ん?」




「今となっては遥か昔のことに思えるのだけど。

 キャシーと出会ってすぐの頃、彼女から話しかけられて……

 どういう対応をすればいいのか分からなくて、戸惑って。


 ジェイク達に決まった婚約者もいないのに、自分ばかり婚約者と親しくするのも憚られる、なんて。

 そんな風に、君達の状況を言い訳に使わせてもらっていた事もあってね。



 まさか自分が、逆に今、あの時の自分の言葉と同じような事をジェイクに言わせることになるとは思わなかった。


 ――因果なものだね」

 

 アーサーはしばらく目を閉じ、そうぽつりと呟いた。


 去年、入学したばかりの時。


 カサンドラは最初からずっとアーサーの事が好きだとしか思えなかった。好意が駄々洩れ状態だった事は記憶にも強く残っている。

 孤児院訪問帰りでのカフェでの様子やら何やらもそうだが、どこからどう見てもアーサーへの想いの矢印が透けて見えるとしか思えなかった。


 カサンドラは積極的にアーサーに話しかけることは無かったように見えたが、成程。最初にそんな風にカサンドラを牽制して、接触されないように予防線を張っていたからというわけか。


 確かにアーサーは婚約者であるカサンドラに対してどういう態度をとればいいのかと悩み、努めて他人行儀な対応に終始していたと思う。



 自分達に婚約者がいないことを前面に持ち出されて格好の言い訳に使われていたなんて初耳だが。




 まさか一年経った今、婚約者カサンドラが行方不明になったことで、ジェイクに遠慮させる発言をさせるとは――と。

 色々な想いが過ぎっただろう彼を見ているのは辛かった。


 つい、アーサーの肩を自由になる方の腕を動かし、ぐっと掴んだ。

 前のめりになったせいで、吊っている腕にも衝撃が走る。




「アーサー。

 ……大丈夫だ、アイツがお前を忘れたり、置いてどっかに行くなんてない!

 絶対戻って来る、探せば見つかるって!」



  



「勿論、分かっているよ。

 諦めるつもりなど欠片も無い、どんな困難があっても見つけ出す決意に変わりはない。


 だからね、私の事でジェイク達が一々遠慮する必要は無いよ」





 

  

 カサンドラを絶対探し出さなければいけない、ということは分かっている。



 だが、一体……彼女はどこにいるのだ?



 仮に彼女を見つけ出せたとして。






   それは本当に自分達が知っている カサンドラ・・・・・ なのか?

 


 





 深く考えれば考える程、アーサーの内情を推し量ろうとすればする程、胃が締め上げれれるようだった。




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