21 : ラルフ (Possibility)


 リタの突拍子もない有無を言わせぬ強い発言に、ラルフは噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。


 次の話に進みたい、というモヤモヤした表情をしているのは少し離れた席からでもよく見えた。

 斜め向かいに座っているからこそ、彼女の焦りも手に取るように分かったとも言える。


 どれほどリタがカサンドラを探し続けているのかということは当然ラルフも知っている。

 先日は街を離れ、他都市とを繋ぐ街道に出、近くの山まで捜索していたと言っていた。


 ……とにかくカサンドラの無事を確認したいという彼女の焦りは強くなっていく一方だ。

 だが当然街は未だに落ち着いた状況とは言えず、被害の全容は未だに把握できていないと言って良い。

 そんな中、ここにいないカサンドラを総出で探しに行こうとはリタも言えない。

 

 何を差し置いても捜索を続けることができるなら、とっくの昔にアーサーが陣頭指揮をとって大規模捜索に取り掛かっているが……

 とてもそんな余剰の人手は無い、明日住むところを失くしお腹を空かせている住民も大勢いた。


 リナは炊き出しのために忙しく走り回っていて、リゼはアーサーやシリウスたって依頼を受け復興に必要な話し合いに連日ヴァイル邸に詰めている。



 初めて、皆とカサンドラのことで話が出来る!


 ――皆で協力してカサンドラの捜索、行方の見当がつくかもしれないと浮足立ってこの会合に臨んでいたわけだ。



 それが中々議論が先に進まないと言う状況に、どうやら我慢の糸が切れてしまったようだ。

 ……彼女の鬼気迫る勢いは、あの頑ななシリウスも黙らせて退けるものだった。

 笑い事ではないと分かっているのだが、いつも彼女はあらゆる言葉の選択でラルフを驚かせてくれる。

 こんな状況下にあっても変わらない彼女の本質に、張り詰めていたラルフも緊張も切れてしまった。





 ……それにしてもシリウスも強情な奴だとここまでくると呆れてしまう。


 レイモンドと言う自分の父親への”罰”が中々納得のいく落としどころになったことで、心理的余裕が生まれたラルフ。

 しみじみと向かいに座るシリウスの、憮然とした様子を眺めた。


 ハッキリ言えば――一体彼がそこまで自身を追い詰めるまでのどんな罪を犯したのか、ラルフには分からない。

 罪悪感?

 全てを知りながら敢えて沈黙せざるを得なかった友人への背徳。


 だが現実にシリウスがしたことと言えば、自分達の学園の様子をエリックに報告していた。

 畢竟、それだけだ。行為としてはそれ以上でも以下でもない。


 エリックとて自分の息子に全幅の信頼を寄せていたわけではないから、他の生徒や噂から傍証を得て情報源の一つにしていただけだろう。


 敢えて三つ子の誰かに取り入ってたらし込もうとしたわけでもない。


 計画を知っていてそれを黙っていた事への責任、良心の呵責はあるかもしれないけれど。

 最終段階、聖女覚醒の方法を伏せられていて、しかも最後の後押しとばかりに孤児院の子ども達を犠牲にされる寸前まで追い詰められていたわけで。


 彼の様子がおかしい事は自分も何となく感じていて、でも敢えて聞かなかったのは自覚している通りだ。

 実際に自らの手を下してしまったレオンハルトならば、生きているのが申し訳ないと呟くのも気持ちは分かるのだが……


 シリウスの立場ならまた思考回路は変わってくるかもしれない、でも彼の潔癖な思考は相変わらずだなと苦笑いである。


 リタが「どうでもいい」と言い切ったのは、ラルフと同じ気持ちだからだろう。


 もっと言葉を選べばいいのに、ああいう直截的な言い方になるのは本当に彼女らしく分かりやすい、と笑わずにはいられなかった。





 ※





 少し間を開けた後、シリウスが軽い咳ばらいをした。

 ここで愚図愚図と時間を浪費していても仕方がないことは、彼が一番よく分かっている。


 アーサーと顔を見合わせ、頷き合った後――再び彼は真剣な表情に戻り、椅子から立ち上がって周囲をぐるりと見渡した。



「……それでは次の議題に進むことにする。

 リタ・フォスターが主張した通り、カサンドラの行方について改めて皆で話し合うことになるだろう」


 一気に空気が一変し、皆眉を顰めて緊張の面持ちである。

 ラルフは『カサンドラ』という人名を耳にし、つい反射的に左隣に視線を遣ってしまった。

 毎週のように生徒会役員会ではカサンドラがそこに座っていて、それは卒業まで変わることのない定位置だと思っていたのだが。


 今、自分の視界に入るのは口をきゅっと引き結び、膝の上の手を震わせるアレクの姿である。

 彼の胸中に渦巻くのは、きっと希望と恐怖に違いない。



「まずはフォスターの三つ子からの状況報告と我々が実際に体験した事象を基に、あの日一体何が起こったのかをもう一度順を追って話しをしよう。


 あの日――表現するならば運命の日、か。

 学園での活動を終えた放課後、カサンドラはアーサーを騙った何者かの手紙によって校舎内で人目に付きづらい場所へ呼び出された。


 手紙を書いた人物はローレル子爵家当主のバルガス。彼は偽の手紙を渡すよう、一人の生徒に強要した。

 目的はカサンドラの殺害だと思われる。


 そもそも何故彼が突然カサンドラを害そうという思考に至ったのかという話だが……」



 王都内の騒乱を抑え日常を取り戻すために日夜大人たちに交じって忙しく動き回っているシリウスやアーサー。

 しかし当然、事実確認は記憶が新しく証言が信頼できる内に収集したいということもあり、ラルフも父のレイモンドや病床につき寝たきり状態のダグラスへの聞き取り調査を行った。



 首謀者であるエリックは、アンディ、クレア、孤児院の子ども達を「悪魔」のせいにして殺害する計画の第二段階が悉く先んじて防がれてしまったことにかなり動揺していたという。

 当然だ、実際に未来を知ることがなければ事前に止めるなど不可能な事である。

 まるで予知されていたかのような現実に、三人とも狐につままれたような状況だった。


 ゆえに、エリック達は計画の完遂が不可能であることは早々に受け容れていたわけだ。リスクを冒す必要は無い。方針の転換を迫られた。

 全ての事情を知っているシリウスを完全に敵に回したことにより、アーサーも計画の存在を知ってしまったことは容易く想像がつく。


 幸い聖女になる素質を有する三つ子は三家側に立っている。

 今後、どう王家と関わって行くか展望を模索している最中の出来事だったようだ。


 計画とも呼べないが、実際に王子を悪魔にする話が合った事は事実。

 当然王子は三家に対する根強い不信感を抱いているだろう。

 聖女候補も手の内にあるこちらがまだ有利。今のパワーバランスのまま、王家の力となりうるモノは可能な限り遠ざけておきたい。



 ――目下最も邪魔な人間はレンドール侯爵だ。


 彼が次期王妃の後ろ盾となり、地方貴族を味方につけ中央に干渉してくることだけは最悪の事態として避けるべし。それはエリックらに共通の認識だった。

 


 特に危険視されていたのはカサンドラが三つ子の関係。

 懇意にしていることは知られている、絶対に彼女を五体満足で王家に迎える事は出来ない。


 とは言うものの、カサンドラを無理矢理陥れるのはその段階ではかなり難しい状況であった。

 王子は全面的にカサンドラの味方であるし、ラルフ達もカサンドラとそれなりに良い距離感を保ち決して悪い関係ではない。

 ミランダやシャルロッテ、キャロルという有力貴族の令嬢という要所もしっかり押さえられている。


 今更稚拙な工作でカサンドラを失脚させようとしても、逆に自分達の首を絞める結果になるだけだろう。






『あんな小娘一人のことで悩まねばならんのか。


   ……ああ、面倒なことだ』




 ダグラスのその一言で、バルガスが動いた。

 自分にとって絶対的な信奉する相手ダグラスを煩わせるまでもない、と。


 悩みの”原因”であるカサンドラを直接消すために、彼は勝手に動いた。





「カサンドラへの行動は、バルガスの独断だ。

 計画には直接関わりがない行動のはずだった。

 だが、やはりこの期に及んで世界は”聖女”という存在に固執していたのだろうな。

 どこか、呪い……作為じみた運命さえ感じる。


 カサンドラの危機に駆けつけたのは、他の誰でもないフォスターの三つ子。……彼女の命を救うために、覚醒してしまった」


 愛と言えばパッと恋愛感情が連想されるだろう。


 しかし聖女の”愛”はそういう矮小な概念を笑い飛ばすかのように、バルガスでさえ予想もしなかった結果を引き起こしたということだ。



 バルガスは聖女の覚醒を目の当たりにし、思わぬ状況に笑いながら姿を消したらしい。

 恐らくダグラス達への報告へ向かったのだろうとリタ達は判断した。


 傷が癒え、命は助かったとはいえカサンドラをそのままにしておけない。

 動揺も激しかったことだろう――


 皆があの災厄が王国へ降り注いだあの日の記憶を辿っている。

 何も変わらないはずの日常が、突然黒く塗りつぶされた衝撃は凄まじいものだった。


 シリウスは可能な限り感情を乗せないよう、淡々と話を進めていく。



「思い込みとは恐ろしいものだな。

 だが……

 予め聖女に覚醒してしまった場合にどうするべきか確認を怠っていたことはこちらの手落ちだろう。

 連携がとれない時間は僅かだったとはいえ、それはエリックに十分な時間。

 奴は聖遺物によって聖女の覚醒を即座に把握し、アーサーを『悪意の種』の封印部屋へと言葉巧みに連れて行くことに成功した。


 その後『悪意の種』をアーサーに寄生させようとしたが、それは失敗に終わる。

 アレは人の負の感情を喰らうものだが、何よりアーサーは聖女の末裔だからな。

 よっぽどの恨みや辛みでも抱いていなければ、身体を乗っ取られることもない。


 ……代わりに、エリックは自らにソレを植え付け、見事に巨大な悪魔と変容した」



 本当に何故そこまで、と絶句してしまうような判断だと思う。


 それが彼の強固な思想、意思、意地の果ての選択なのか。

 聖女、悪魔という存在に強く支配されたこの世界の強制力だったのか……

 もはや自分達には知る由もない。




「巨大な悪魔を相手取り、立ち向かったのは三人の聖女だ。

 アレに導かれるように無限に湧き出る魔物は私達が引き受けたが、悪魔は通常の魔法が一切効かないからな。


 聖女アンナでさえ悪魔を構成する核である『悪意の種』を消滅させることはできず、封印することで災厄を遠ざけるしかなかった。

 しかし今回聖女は三人、元凶である核を破壊することに成功した。




 ……今までの話の流れ上、世界が繰り返す原因になっていたと思われる『悪意の種』を破壊した事で全てが終わる……と判断することも可能だったのだが。

 実際は悪魔が倒され、もはや物語が修復不可能なまでに破壊されてしまったことで世界は巻き戻る動きを見せたのだ。


 我々が放り出された『白い世界』こそが、時間が巻き戻る直前に毎回連れられる空間だということは、アレクとリナ・フォスター双方の証言で判明している。



 奇跡でも起こらなければ彼らが今まで経験していた通り、今までの記憶を消去され学園入学前まで遡ってしまっただろう。

 ――奇跡が起こったから、こうして私達は全ての記憶を持ちこし、集まることが出来ているわけだ。


 くだんの奇跡を起こした人間が誰かと言えば、バルガスによって意識不明、昏睡状態が続いていたカサンドラとしか考えられない。

 私達でなく、全ての人間があの白い空間で何かをするカサンドラの姿を見たというのだからな。


 現状、彼女がどんな手法で奇跡を起こしたのかは分からない。


 少なくとも彼女はリナ・フォスターとアレクの強い望みによって異世界から召喚された存在だ。

 この物語の基となった”ゲーム”という媒体の知識を持った人間の人格が、この世界のカサンドラという人間の中に入り込んだ状況だと当人も認めていた。


 世界を救うために召喚された彼女が、全てが終わった後忽然と姿を消した。

 以後、捜索を続けているが姿を見た者は誰もいない。




 ――ここまでの話は各々承知だろう」




 そう言い切って、シリウスは言葉を区切る。

 バルガスのくだりでアーサーとジェイクの方から仄かな殺気を感じたが、話を遮らないように口を挟まなかった彼らは十分耐えたと思う。

 多数の死傷者を出したこの一件、カサンドラが唯一の被害者ではないけれども。


 それでも、一緒に過ごしていた人間が傷つけられたとあっては犯人に対して恨み骨髄の精神になるのは当たり前である。

 しかもアーサーが言っていたように、自分達の周囲、とりわけカサンドラの友人知人関係者一同は一部を除いて皆無事に夜を明かしているのだから。


 命に優劣はつけられないが、少なくとも自分達にとって彼女の安否確認は最も優先される事項である。




「以上の話を踏まえ、肝心のカサンドラの所在を検討することになるのだが……

 とりあえず、現状カサンドラが置かれている状況について、どのようなケースが考えられるか挙げていこう」


 シリウスがざっとまとめてくれた当日の経緯を脳内でもう一度反芻する。

 怒涛の事態に、振り回されるばかりであった。

 あの悪魔がアーサーでなくて良かったと思ったが、事はそれだけでは終わらない。

 破壊されてしまった街並みを再建するは一朝一夕にはいかないことである。



 バルガスの独断でこんなことになるとは、誰も予想していないことだった。

 現実に聖女が覚醒したらどうするか? と、ずっと念頭におき考える余裕を与えないよう即断即決だったエリックの執念が勝った結果が今である。




「シリウスさんが述べて下ったお話の補足ですが、姉上は悪魔が倒される直前――いえ、その瞬間も隣のサロンのソファで休まれていました。

 意識が戻ることは一度もありませんでした。

 悪魔が消滅した後白く空間に放り出されて……

 意識を取り戻しすぐに確認しましたが、既に姉上のお姿はどこにもなかったのです」



 カサンドラはバルガスに襲われて以降、ずっと生徒会室の奥――サロン内のソファの上でずっと意識不明状態だったという。

 少しでも三つ子が駆けつけるのが遅ければ絶命していたことは間違いない、深い傷を負った。


 だから傷が癒されても痛みによるショックなどで昏睡状態だったことは特に違和感を抱かない部分だ。



「カサンドラが自分の足でどこかへ向かった、と考えるのは現実的ではないのだろう。アレクが傍にいるにもかかわらず声もかけずに去るとは思えない」



 シリウスは溜息を落とす。



「仮にキャシーが自分の意志でこの場を離れたとするなら、どんな可能性が考えられるかな」


 うーん、とリゼが小さく唸る。


「カサンドラ様が目を醒まして、アレク様を起こしもせずに飛び出してしまう……。

 その可能性で考えられるケース。


 カサンドラ様が『記憶を失った』くらいしか考えられないですね。

 いえ、もっと正確に言うならば……



 リナの力で召喚されたカサンドラ様の……便宜上”魂”と呼びますね。

 呼び出された魂が役目を終え、カサンドラ様の身体から離れ元の世界へ還ってしまった。


 カサンドラ様・・・・・・はこの一年間の記憶や物語などの記憶を全て喪失してしまったことになります。

 目を醒まし、突然見知らぬ場所にいて驚いたことでしょう。

 街が壊滅状態であることにも動転して逃げ出してしまった、という可能性が考えられると思います」



 リゼの言葉に、アーサーも表情を強張らせる。

 勿論、可能性の一つだ。

 

 だがそれは口には出さないまでも……

 仮に彼女が見つけ出されたとしても、もはや自分達の知っているカサンドラではないカサンドラ、ということになってしまう。


 ひんやりと、場の空気が凍り付く。



「でもこんだけ時間が経ったのに見つからないって言うのは不自然だろ。

 カサンドラ――貴族のお嬢さんが、何日も飲まず食わずで山野を彷徨うってのは考えられないんじゃないか?

 流石に、命の危険を感じたら姿を現して保護を求めるはずだ」


 ジェイクは難しい顔でそうぼやく。

 彼の肩には白い布が巻かれ、片腕を吊っている状態だが今になっても慣れない姿だ。

 日常生活にも制限がある上にストレス発散で体を動かせないと彼は嘆いているようだが。


「私は色んな場所を探し尽くしたって思います。

 でも、火事場泥棒って言うか……混乱に紛れてカサンドラ様を誘拐した人がいるかもしれません!」


 バンバンと机を叩き、駄々をこねるようにリタはジェイクの言葉に被せる。


「目の前に理解不能な状況が広がり恐怖に駆られ自らの意思で出奔。現在も身を隠して逃走中――

 もしくは誘拐の可能性。


 前者の可能性はジェイクが言う通り、低いだろう。逃走と言っても女性の身で何日も見つからずに過ごせるとは思えない。

 であれば、誘拐……か。


 ……。

 早急に大隊を編成して、最優先で捜索する必要がある」



 可能性、という言葉を強調するシリウス。


 カサンドラがどこにいるかなど、話し合ったところで突きとめることが出来るわけじゃない。

 それは皆分かっている、心当たりがあるならすぐに行動に移すだろう。

 現状、個人の動きだけでは手詰まり感がある。

 だから顔を突き合わせ、様々な考えられ得る彼女の状況を挙げていくことになる。



「では、キャシーが……私達が良く知っているきおくを持つ彼女がいるとすれば、果たしてどこだろうか」



「カサンドラに記憶があるにも関わらず、姿を現わさない理由……か。

 生憎僕には思い当らないね。

 自分の意志で身動きが取れない状態に置かれているとしか」


 アーサーに促され、ラルフは頭の中に状況をイメージしながら言葉を発したが……

 正直なところ、全くどういう状況か分からない。


 順当に考えれば、彼女の記憶、『魂』は召喚の意義を終えて異世界へ帰ってしまったことになる。

 だがそれならば器である体はこの世界にあるはずだ。

 そのケースは先ほど挙がっていた「記憶のないカサンドラの行方」に集約されるのでひとまず置いて置く。




 もしも彼女の魂がこの世界・・・・にあるのなら、か。





「考えられる可能性……もはや妄想の域ですが」


 リナはとても言いづらそうに、皆の表情を確認しながら話し始める。



「私が過去の記憶を思い出した時のことです。

 とても奇妙な場所で、様々な過去体験したであろう場面が無数に浮かんでいた事を覚えています。

 あの場所が何なのか、正確な情報は分かりませんが……


 もしかしてそこに閉じ込められている、なんてことは……?」


 だがリナ自身も、再びそこに辿り着ける方法が分からないと言う。

 概念的な空間、簡単に辿り着けない異質な場所であればそこにカサンドラが閉じ込められている可能性も……



「世界のどこかで、カサンドラが生贄っていうか人柱みたいになってるって事か?」



 ジェイクは首を傾げて唸る。

 彼女は奇跡を起こした。

 この世界の根源的な在り様を変える、神にも劣らないどころかそれ以上のことをやってのけたことはラルフにも理解できる。


 しかし奇跡には代償がつきものだ。

 もしかしたら世界を未来に進める代償として、世界のどこかに文字通り存在ごと封印されてしまったという可能性も考えられなくはない。

 それがリナの言う「不思議な白い、過去の記憶を閉じ込めた空間」であることを否定はできない話だ。



 しかし一層話は混迷するだけだ。


 それを可能性として数えるなら何でもありだ。

 考えたくはないが、あの奇跡は彼女の生命そのものを代償に……ということも?



「カサンドラ様は……絶対、どこかにいらっしゃるはずです。

 私には分かります」



 話を進める中でリナだけではなく、リタやリゼも口を揃えて主張してくれたことで、アーサーが少しだけ安堵したようだ。

 彼を慰めるための言葉ではなく、彼女達が未だに微かではあるけれども繋がりを感じるらしい。



「そうか。

 ……少なくとも、聖女である三つ子が揃って言うならカサンドラはどこかにいるのだろう」


 シリウスは瞑目し、何ごとか思案しているようだった。



 実際にカサンドラの危機で力に目覚めてしまった彼女達である。

 決してただの他人ではなく、どこかに絆のような繋がりがあっても不思議ではない。

 

 どこかに存在を感じる。

 でも見つからない、ということがリタの焦りに表れているのだ。





 カサンドラの身体の行方。

 それだけではなく、――『魂』の行方。





 双方が揃っていれば最良のケースだが、揃っているのに彼女が帰って来れないことは重大な問題があるということ。

 だが彼女の体だけ発見されても、彼女・・ではない……



 多くの可能性が挙がった。

 だがそもそも、今まで自分達が一緒にいた”カサンドラ”は何者なのか?

 誰なのか?

 


 話し合っても結論は出ない。

 だが考えられる限り、荒唐無稽であっても可能性は排除できない。








「様々な可能性が挙がった。

 私達に出来るのは、それらを一つ一つ潰していくだけだ。



 だが、遂行に懸念される問題も思い浮かぶ。

 カサンドラ捜索のために万難を排するためには…」




 シリウスは眼鏡に指を添え、言葉を続ける。











   「カサンドラに、女神になってもらうしかないな」






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る