(おまけ)

シリウスの日記帳 (1)

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 4月1日(月)


 今日は入学式が執り行われた。

 滞りなく初日を終え、同じクラスに三つ子の姿を確認。


 あまりにも普通、凡庸な少女にしか見えないことに戸惑う。

 神聖性の欠片もあったものではない。


 彼女達が本当に聖女だと言うのか? 何かの間違いではないか。

 疑ったところで事実が変わるわけでもない、慎重に動かなくては。



 早速ラルフが目標人物の一人、リナ・フォスターと接触したらしい。

 ああいう女性が好みなのだろうという事は分かっていたが、早々に話す機会が得られるとは不思議な縁もあったものだ。


 アーサーの婚約者も同じクラスだが、彼に接触をはかろうとして拒否されていたようだ。あっさり婚約者が接触を諦め、引きさがったことに少々驚く。

 

 事前調査では、もう少し我の強い性格をしているとの報告があったはずだが。

 周囲の女子連中の圧が余程強かったに違いない。




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 入学式当日、一人の男子生徒が大変鬱々とした気持ちを抱え入学式典に臨んでいた。





 クローレス王国の王都に巨大な敷地面積を占有する、王立学園。

 王国内の貴族の子女であるものは例外なくこの場所で三年間学生として学ぶことが義務付けられている。

 クラス単位で行われる一般教養や基幹教科の授業はもとより、各生徒が自主的に専門知識や技能を学ぶ選択講義を採用している事が大きな特色であろうか。


 この学園を優秀な成績で卒業すれば、働き口に困ることは無い。

 権力とは遠い平民たちにとって、最も確実性の高い立身出世の登竜門とも言える。


 また、貴族の子女と言っても妾腹であったり養子であったり、また多数の兄弟姉妹がいるせいでおざなりな対応を受けてきた生徒らにとって……

 この三年は一生を賭けた結婚活動と目される重要な期間だった。


 特に今年は、王子であるアーサーを始めシリウスにラルフ、ジェイクが揃って同学年で入学するという正真正銘奇跡の年だ。

 もしかしたら父親が時期を見計らっていたのではないかという憶測も混じるが、真偽のほどは分からない。



 華々しい学園生活が約束されている――だがそんなことよりも何よりも、シリウスはこの日を迎えるのが憂鬱で仕方なかった。



 学園長の挨拶の後、新入生ながら生徒会長に就くことになったアーサーが生徒会の代表としてスピーチを終える。

 本当に新入生とは思えない堂に入った話しぶりは、大勢の視線を集めるのに十分だ。

 普段から王宮内で、他人の視線に晒され続ける生活の中で暮らしていたアーサーにとってこの学園の生徒如きが何百人集まろうが全く動揺もしない。

 生まれながらの王族気質なのだろうな、と思う。


 そんな彼の後、入学試験で最優秀成績を残したらしい自分が新入生代表として壇上に登って教師、上級生達に挨拶を行う。

 本学園の生徒として相応しい振る舞いを心掛け云々、という空虚なそれらしい単語を並べていると……


 突然、激情をはらんだ殺気とさえ思える視線を新入生の座っている席あたりから感じる。

 まぁ、自分に敵対する勢力などいくらでも思い浮かべる事が出来る、凡そ従兄いとこシンパがこちらを敵視し睨みつけているのだろう。



 あまり気分のいいものではないな、とシリウスは一礼をして壇から降りる。





 ※





 入学式当日は特に何か大きな出来事が起こったわけではない。

 校舎内の案内だけでも多くの時間を費やし、全校生徒が昼食前に下校するのだから顔合わせと場所確認以外の意味のない一日だ。


 しかし、今日から”日常”が大きく変わる。


 何故なら――男子寮奥に新造された特別寮に、今後三年間友人達と生活することになるからである。

 互いの本家の場所は王城を中心に綺麗に等間隔に離れており、近頃は頻繁に顔を合わせる機会も減っていたように思う。


 それがこれから毎日のように顔を合わせる環境だということに、不思議な感覚を覚える。

 少なくとも、本家に帰らなくてもいいということに皆解放感に溢れていた。


 自分達にあてがわれた各部屋は完全に独立した建物で、別邸が四軒新しく建てられるという巨費を投じた事前準備呆れてしまう程だ。

 ここまで特別扱いしなくてもいいだろうに、とは思う。


 だが仮にも一国の王子の滞在場所だ。

 下手に他の生徒と接触させたくない――という上の意図が透けて見える。

 安全対策もあるが、アーサーが自分達以外の誰かと必要以上に懇意にならないよう行動範囲を隔離するための場所なのだろう。


 余計な人脈を作らせるな、という父の指示は心得ているつもりだ。

 尤も、アーサーも自分進んで誰かと特別親しくなるような迂闊な行動はしないとは思うけれど……




 寮の自室で昼食を終えた後、部屋で簡単な書き仕事を済ませる。

 あっという間に暇になってしまったことに、愕然とした。自由時間と言われても、何をすればいいのやら。


 若干手持無沙汰になったシリウスは特別寮出入口近くの多目的広間に足を運ぶことにした。

 同じように暇を持て余しているのか、途中ラルフとバッタリ顔を合わせてしまう。


 普段忙しなく動き回っているという自覚はあるが、入学式くらいは予定を空けようとスケジュールを調整したものの……

 他人のやかましい口出しの存在しない、静かな寮内に放し飼いになるのは逆に居心地が悪い……!


 しかし一人ではないことは幸いだ。

 ラルフと共に今日の学園であったことを一通り話をすることで時間があっという間に溶けていく。



「……そんなことがあったのか」


 シリウスは少し驚き、娯楽室横のソファに座っていた腰を若干浮かしかけた。


「ラルフ……

 一応体調が悪そうな女生徒相手に、結構な口を利いたものだな。

 お前こそ、疲れでも溜まっているのでは?」


 今日、放課後帰る前にラルフが『聖女計画』の一端を担うリナ・フォスターと邂逅したらしい。

 いやそれは良いのだが。






   『カサンドラ、君は王子の婚約者だという自覚はあるのかい?』






 体調がすぐれないと彼女が付き添っているカサンドラに、結構辛辣な事を言うな、こいつ。




 流石のシリウスも若干引いた。

 自分も結構な皮肉屋として疎まれている自覚はあるが、対外面では優等生極まりないラルフが初対面の女性相手にそんな言い方をしたのは初めてではあるまいか。

 


 だがラルフは赤い瞳をすっと横に逸らし、憤りのオーラを背に纏う。

 


「――自覚が足りない」



 彼にしては珍しく、低く苛立ちを含んだ声。

 顔を顰め、自身の結んだ長い髪の毛を抓み弄る姿は、儘ならない現実を目の当たりにして拗ねているようにしか見えなかった。


「急な環境の変化で体調を崩す人間などいくらでもいるだろうに」



「事前から決まっている予定に向けて体調を管理するのも王族の責任の一つだと思うけどね。そんな体たらくぶりを今後も発揮され、アーサーに迷惑をかけられるのはごめんだ」


 ラルフの言う通り、それはそうかもしれないが。


 どうしても欠席できない重大な予定、それをいかに公務として恙なくこなせるかも王族に求められる資質の一つだと思う。

 少なくともアーサーはどんなに寝不足でも体調が優れなくても、全く他に悟らせないような態度で過ごす事だろう。


 まぁ、それを差し引いても――ラルフは相当カサンドラの事が気に入らないということは理解できた。

 いや、最初から分かっていた。

 ジェイクもラルフも、彼女を王子の婚約者なんて絶対認めたくないと腹の底で全くこれっぽっちも納得していないということを。


 だから些細な事であってもやることなすことカンに障るのだろうな。


 もしシリウスが事情を一切知らず、彼女が本当の・・・アーサーの婚約者であるなら……

 小姑のようにあれやこれやと至らない点を論って糺したい気持ちになったかもしれない。


 所詮、カサンドラは仮初の婚約者に過ぎない。

 どういう未来になったとしても、確実にその座を追われることが決まっている生贄のようなものだ。

 彼女が王族、つまり王妃に立つなんて未来は絶対に来ない。


 近い将来起こることを知っているから、ある意味シリウスも冷静でいられるのかもしれない。

 別にカサンドラがどんな人間であろうが、自分達の未来に関わってくる人物ではない、と。


 ――可哀想だとは思う。

 いくら性格が悪い物知らずのお嬢様とは言え、レンドールに大きなダメージを与えるためだけに婚約者なんて体のいい言葉で祭り上げられているのだから。


彼女クラスメイトの優しさに付け入るような事をして、無駄に手をかけさせるのは見過ごせない。

 貴族は仲間内だけ評価が甘いなどと思われるのも嬉しくないしね」


 そもそも仲間でも何でもないし、と彼は肩を竦めた。


 どうやらラルフはあの三つ子の末っ子――リナ・フォスターの事が気になっているように思う。


 似ていると言われれば、以前会ったクレアにどことなく似ているかもしれない。

 儚げと言うか、ほんわかとして大人しく、あまり自己主張のない女性。

 

 最初から好意的な印象を抱いているように感じた。

 だからと言ってその感情がもっと上位のものへ変容すると決まったわけではない。

 が、ラルフがもしも……彼女の事を好きになって。そして彼女もラルフの事を”愛して”くれるのなら――

 それは彼女リナの命を救うということになる。



 ――同時に……




 とりもなおさず、計画が実行されてしまうと言う事で。









「おーーい、シリウス、ラルフーーー!」



 広間を劈く、大きな声。

 この広々とした建物内の歓談スペースには、自分達の他に生徒はいない。


 身の回りの世話をする従者が何名か寮内に待機しているが、それ以外の大人の目が無い。

 それは自分だけではなく、彼らも同じなのだろう。





 晴れやかな顔で、ジェイクとアーサーが近づいてくる。


「一緒にポーカーやろうぜ、ポーカー!

 さっきアーサーに、チェスでうっかりやられてさぁ。


 ――今度はカードしないか? 四人で!」






 完全に枷から解き放たれた自由人と化したジェイクが、トランプを持って場に割り入ってくる。



 チェスに付き合わされたアーサーに若干疲労の色が見えるが、それでも……

 彼はこの『他人』のいない空間の中、とても穏やかな表情を見せている。




 ジェイクからトランプを受け取ったラルフは、それを器用にシャッフルしつつ――

 口の端に笑みを浮かべて楽しそうだ。




 最下位の罰ゲームをどうするか、くだらない”普通”のやりとりがとても新鮮だった。








 …………。


 もし、『計画』が進んでしまえば――アーサーは……



 何も起こらなければ、三つ子は……









「あ、そういやアーサー。お前今日カサンドラに話しかけられてたな。

 対応面倒だったら言えよ、用事の一つくらい作って逃がしてやるからさ」



「ジェイク……。

 仮にも正式な婚約者を相手に、そんな失礼な事は考えないから」



「遠慮するなよ?

 お前八方美人だし、それで勘違いされたら面倒だろ?」


「立場上、無下には出来ないのは分かるけれどね。

 煩わしかったらいつでも僕達に相談して欲しい」


 ジェイクだけでなく、ラルフも大変気遣わしげな視線を彼に向けている。

 






 アーサーは困ったように笑っていた。



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