第2話 その女、ジュリナ

 「ワァオ…なかなかファンキーなネームだねぇ…イヌカイ・シャラップ…」

斬新な名前を聞いたジョージは、感心したのか顎を指先でさすっている。

「違うネ『写楽』だよ! 昔の日本の画家と同じ名前らしいネ。今の日本では珍しい名前だと思うアル」

ヤンはスマホの画面ウィキペディアを2人に見せた。


「空知高校はかなり街中にあるはズ…人が多いから目立った行動マジ厳禁!」

ニャンコは人差し指でバツ印を作った。


「オーライ…スムーズかつナチュラルにシャラップに近づけばいいんだねぇ…?」

「だからシャラップじゃなくて写楽アル!」

「放課後の空知高校にゴートゥーヘル!」

「地獄に行ってどうするネ!」


★ ★ ★


 「はーい、そんじゃみんな行きますよー」

廊下に揃った俺たちは体育館へと向かった。

「そこ、喋らずに歩きなさい」

大きな声で私語をする男子たちが生活指導の先生に怒られた。

(それにしても警察の人が来るのかぁ…)


も、どうせなかったことにして話を進めるのだろう。


「やっぱりあちー…」

「体育館にもクーラー付けてほしいよねー」

「こらお前ら! お客さんがいるんだから私語はやめないか!」

生活指導の先生は、ステージ近くに座る人々を見かねてか、声のトーンを少し落として注意した。確かにいま目の前には警察関係者とおぼしき人たちがいる。


(今日来たのは2人だけか…)

そう思ったが、2人の警官に挟まれた真ん中のパイプ椅子は空いている。あそこには誰が座るのだろうか?


 「皆さんこんにちはー!」

2人の警官は、鍛え上げられた肉体を密封するように制服を着ている。そのうちの1人が体育館中に響き渡るような声で挨拶をした。

2人がそれぞれ自己紹介をし始めたが、まだ3人目は現れない。


「…私は…といいます! そしてぇ…?」

ふと警官が前方を指さした。みんなが一斉に振り返った頃…




 「ひゃっほーーーいっ!!」

赤いロングヘアーをたなびかせながら女性が滑り降りてきた。よく見るとピアノ線のような何かが2階のギャラリーからステージにかけて張られており、ハンガーのようなものを掴んで降りてきたようだ。


「なになに!?」

「うぉお…すげぇ…!!」

大人しく体育座りをしていた全校生徒も、自分たちの頭上を通り過ぎていく女性を見て、たちまち歓喜と驚愕の声をあげ始めた。


「よっと…」

ステージ上へタタンと降り立った彼女は生徒のいる方へと向き直し、足元に置かれたマイクを拾い上げた。


「はじめまして〜! 空知警察署の『特別捜査一課』課長を務めます、紅林くればやしジュリナです! …ビックリしたでしょ?」

「おー…」

高校生というのはよく分からないタイミングで盛り上がり、よく分からないタイミングで冷めるものらしい。自己紹介をした紅林に対する拍手は意外にも小さかった。


「おっと、急にシャイになったね〜 …それはそうと、もうすぐ夏休みですね。高校生の夏休み…いい響きですね。楽しいことがたくさんある夏休みですが、そんな夏休みだからこそ悪〜い誘惑にはご注意を…」

紅林はステージから降りながら話を進めた。


「意外と話は普通そうだね…」

「うん…登場は面白かったけど…」


生徒たちがヒソヒソと話し始める。その気持ちはごもっともであり、ステージ上のスクリーンに映し出されたのは飲酒や薬物乱用などの注意喚起ばかり。昨日の一件はもとより、ちょっとした警察のおもしろエピソードすらもなく真面目な話が続き、とうとう何事もなく終わって質問の時間になってしまった。


「はい。では紅林さんに質問がある人は手をあげてください」

生活指導の先生、またも登場である。


「はいは〜い!」

うちのクラスのチャラい男子が手をあげた。

「紅林さんって髪が赤いっすよね? 似合ってるとは思うんすけど、警察の人なのに髪の色がそんなに派手で大丈夫なんすか〜?」

あいつは初対面の相手でもダル絡みすることで有名だ。真面目な話ばかりしていた彼女の答えはどのようなものなのか…




「大丈夫です! 私自身、赤い髪はすごく気に入ってますし…なによりこんなに赤いと、血まみれになっても気にならないでしょ?」


体育館がとてつもない雰囲気になった。

「やだなぁ! ただのジョークですよぉ…」


ふと紅林は体育館左手の窓をチラッと見た。そうかと思えば、今度は胸元のトランシーバーで何かをつぶやいた。




次の瞬間、窓の向こうで

窓の外に誰かがいたようで、両足を紐でくくり付けられたまま吊るされている。

俺たちは1年生でしかもA組。左側の窓から一番近い列だったので、逆さ吊りにされた男の情けない姿が…恐怖と屈辱の混ざった表情がはっきりと見えた。


「はいはい皆さ〜ん!」

そのとき紅林は、手を叩いて注目を集めた。




「あんな風にならないように、夏休みが始まっても規則正しい生活をしましょうね?」

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