嘆きの投げキッス
サムライ・ビジョン
第1話 それぞれの夏模様
チェイサーがひとり降り立った。
「陸の孤島」と名高いこの地も、いまやその密度を高めつつある。
とある男が、街灯の追いつかない郊外を、「追いつかれないように」と汗も拭わずひた走る。だがここは彼らのいうところの「ウィズダムシティー」である。母語を忘れたか…
「ワッタ…」
男の面前に電脳フェアリーが現れた。それは仲間を呼ぶようにブザーを鳴らし、瞬く間に男は包囲された。
「…オウッ!? ヘイッ…アアッ…!」
空飛ぶそれらは断じて飾りではない。極めて小さく収納された網を、さも蜘蛛のヒーローのように放出した。
「ふふっ…なんて無様なのかしら」
暗闇から顔を出した赤髪の女が、屈強な男を数人したがえて獲物を見やった。
「あなた日本語わかるー? アンダースタ〜ン? スタンガ〜ン?」
ただの言葉遊びではなかった。赤髪の女はその手に棒状のスタンガンを持ち、獲物の首元を優しくさする。
「…プリーズ…プリーズドンキルミー!」
汗ばんだその顔は走ったせいなのか命乞いに必死なせいなのか…もはや分からないが、彼女には関係のない話だった。
「あはは! …グンナ〜イッ!」
電流の鳴き声はよく響く。動かなくなった男をまじまじと見つめた女は、満足したのかふと立ち上がり、仲間の男たちに言い放った。
「記念すべき1匹目! 捕獲せいこ〜う!」
★ ★ ★
「ねぇ聞いた?」
「うん…ただでさえ最近物騒なのにねー…」
「あそこって結構田舎だよね? たまたま見たって人がいたらしいんだけど、ドローンで犯人取り囲んで、最後は警察がスタンガンでビリビリィ! …って感じだったらしいよ」
「えっ、ドローンはまだしもスタンガンまで使ったの!? なんか大胆だねぇ…」
1学期が早くも終わろうとしている頃、俺は女子たちの噂話を「寝耳」に挟んでいた。
「…こういうのって、
ピクッ…
「確かに! あの人なら『空知』のこと詳しそう!」
ピクピクッ…
タヌキ寝入りのくせして、俺の耳はイヌのように反応する。
「みっちゃん聞いてきなよ〜」
「やだよー…話したことないもん…てか犬飼くんってさ? いっつもあんな感じで机で寝てるじゃん? なに考えてるか分かんないんだよね…」
…内緒話のつもりだろうか? 悲しいかな、俺という人間は地獄耳なのだよ…
キーン、コーン、カーン、コーン…
「あ、ホームルーム始まるね」
「うん」
2人の女子はそれぞれの席に散らばった。
最後まで話しかけてもらえなかった…
ガラガラ…
「先生〜 5分遅刻で〜す」
「ごめんごめん。遅れました」
遅れて入ってきた四十路の主任を男子が
「よし、そんじゃホームルーム始めます」
ホームルームはいつものように「そんじゃ」から始まった。
「もうすぐ夏休みですが、皆さんも知ってのとおり青少年や外国人による犯罪が徐々にですが増えてきてます。そこで、今日の6時間目の『総合』の時間ですが、特別に警察関係者の方をお招きしてお話をしてもらいます」
教室中が落胆の声であふれた。
「えー…またあっつい体育館でなっがい話聞くの?」
「嫌なんだけど…サボろっかな?」
先生は「はいはいはい」と手を叩いた。
「暑いのはキツいかもしれないけど、今回はちゃんとタメになる面白い話が聞けると思うから! くれぐれもサボらないように!」
「先生〜 今回『は』ってことは、先生も総合の時間の長い話はいらないって思ってるんですか〜?」
「…バレた? 先生も長話は苦手…」
俺もみんなも、先生のこういうところが気に入っている。
★ ★ ★
「…みえてきタ!」
「見えたアルか? 嘘だったら頭ひっぱたくけどファイナルアンサーよろし?」
「ヤンさん、ユーはもう少しチルな精神を学ぶべきだねぇ…」
「…ア? 私『チル』分からないナニ?」
「チルのミーニングはググればオーケイ…」
一方その頃、中国系のヤン、イングランド系のジョージ、アフリカ先住民族のニャンコ(自称)の3名はワゴン車にいた。
農道のバス停と並ぶように駐車されたワゴン車の運転席にはヤンが、助手席にはニャンコが、ジョージは2列目を陣取っている。
「私ずっと前から気になるだけど、そのココナッツみたいなやつは何? そういうの、水晶玉だとピッタリよね? なんでそんな茶色いパサパサカサカサの物?」
ヤンは探し物がどうこうよりも、まずはそこが気になったようだ。
「これはママから貰った物ダ! これがココナッツなのかは分からな…ああッ!?」
ニャンコは大声をあげた。
「急にどうしたミスターニャンコ…探し物、ディスカバーしたのかい…?」
「みつけタ…! 名前は
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