第二章 意外な再会
翌日。
久しぶりにメイドが付いて身支度を整える。朝っぱらから大所帯で騒がしいったら。
一言も言葉は交わさず、メイドは仕事として坦々と作業をこなしていたわ。
何を言ってもどうせ反応なんて返って来ないだろうし、私も黙っていた。ドレスはあまり気に入らなかったけれど。
清楚な淡い桃色のロングドレス。桃色と言えば彼女の髪の色を思い出すわね。だから、気に入らなかったのかしら?
黒髪赤眼の私には似合わないのよね、この色。私には黒が似合うわ、と自分では思うのだけれど。
それにしても久しぶりに履いたヒールは歩き辛いわ。そこだけは、ローヒールに変えてくれと頼んだ。
身支度を済ませると、応接間へ案内された。そこで小一時間ぐらい待たされた後、ノックの音がして使用人が顔を出す。
「お待たせしました。バーラン王国のカイト・キャリーツ・バーラン様がお着きです」
変な名前――と思いながら、立ち上がって相手を待ち受ける。
「失礼致します」
その使用人の後ろから顔を出したのは、伸ばした銀髪を首の後ろで一つに結っている金色の瞳が印象的な長身の男性。次いで老齢の執事が入って来る。
意外と見た目は好みだったわ。公爵のことだから、ブサイクなおじ様と結婚させようとしているのではないかと勘繰っていたのだけれど、そこまで鬼ではなかったみたいね――だからと言って、言いなりになるつもりはないけれど。
扉を開けたうちの執事は、一礼してから部屋を出て扉を閉めた。
応接間に残ったのは、私と私の見張りであるメイド、バーラン王国の王子とその執事の四人。
彼は私の対面に立ち、自己紹介をしてくれる。
「カイト・キャリーツ・バーランです。この度は縁談を受けてくださり、有り難く存じます」
「こちらこそ、この度の縁談光栄に思います」
もちろん社交辞令。
お互いに一礼してから「どうぞ」と座るように促した。
「本日は顔合わせだけですので、気楽にお話しましょう」
「ええ」
そもそも気楽に話すことなんて何も無いのだけれど――私が思っている事は唯一つ。
ここで、この人が私を嫌いになれば、向こうから縁談を断る筈。そうなれば、公爵はたまったものじゃないでしょうね。
存分に嫌われておきましょう。
「ご趣味等はありますか?」
定番のネタね。
「趣味? そうですね――使用人をなぶる事かしら」
ここにいた時はやっていたのだから、間違っていないわ。今は、お料理だけれど。
「それは素敵ですね」
――え?
「うちの父とこちらの公爵が良く話しておりました。貴女のことを」
「そう」
事前に私の話を聞いていたの? 自分で言うのもなんだけど――良く縁談を受けたわね、この人。
「悪女として有名らしいですね」
「ええ。自負しています」
「そうですか」
顔色一つ変わらないのは何故? 悪女好きなの? 趣味の悪いこと。
「正直、私としては相手がどんな人であろうと構いません」
誰でもいいから、私みたいな悪女でもいいってことかしら?
「どうしてですの?」
「――愛さないからです、どんな人であっても」
あら、それは助かるわね。
「今回の縁談は唯単に友好関係を築く為だけのもの。我々の意思なんて関係ありません。私もそれでいいと思っています。国の為に尽くすのが王子の役目ですから」
「それには同意しますわ」
それだと困るのよね。公爵の思い通りになってしまうから。このまま縁談が進んでしまったら、あの人もっと調子に乗るわ。間違いなく。
そんなの面白くないのよ。あの憎たらしい笑みを思い出す。あの笑顔がくすむ様を見たいのよ、私は。だから、この縁談は断って貰わないと困るの。
「女性なんて私以外にもいますよね? どうして悪女と言われる私を選んだのですか?」
「友好関係を結ぶ話が出る前に、他国の女性とはもう何十人とお会いしています。貴女は百人目です」
多いわね。手当たり次第にお見合いしているということ? 引くわ。
「それ程の女性と面談をして、気に入った方がいらっしゃらなかったのですか?」
「ええ」
随分選り好みな王子様ですこと。
「私は運命の人を探しているんです」
随分ロマンチストな王子様ですこと。
「探してはいますが、本当にこの世界にいるかどうかは分かりません」
随分博打好きな王子様ですこと?
「毎回、聞いていることがあるんです――清水大地という名に聞き覚えはありませんか?」
随分具体的な名前を仰ること――
「清水、大地……?」
どうして、大地君の名前をこの人が知っているの?
大地君を探しているということ?
この人の運命の人が大地君なの? ――それは、無いかしら。
「聞き覚えがあるんだな!!」
さっきまでの凛とした表情は一変し、血相を抱えながら、立ち上がって私の元へ近付く。
隣に座って、私の顔を覗き込んで来ると、生唾を飲む音が聞こえてきた。
「じゃあ、花園立香という名前は?」
「え――」
何で私の名前まで知っているの? ――この人、何者?
「知っているんだな?」
私は思わず視線を逸らした――彼はいったい誰?
自分の記憶の中を大捜索する。クラスメイト? 近所に住んでいた男の子?
いや、そもそも異世界に転生しているのだから、見た目や名前に頼ったって意味が無い――全く別人に変わってしまっているのだから。
「立香」
私のファーストネームを呼び捨てにする男子は、一人しかいない。
「――大地、君?」
――清水大地君、本人。
どうして――この世界に転生してきたのは、私だけじゃなかったの?
「やっぱり、立香なんだな?」
大地君の瞳が潤む。
そんな顔しないで――私はもう貴方の知っている女の子じゃないの。
私は視線を逸らした――けれど、体が勢い良く引っ張られ、暖かさに包まれる。
それは、バスの中で感じたあの暖かさに似ている気がした。
「やっと見つけた……!」
強く抱き締められる――けれど、その温もりはすぐに離れてしまった。
「今すぐ出て行け!」
彼が叫んだかと思えば、立ち上がっって執事とメイドに命令する。執事はすぐに一礼をして出て行ったが、メイドはずっと私の方を睨みつけながら最後まで納得がいかないと訴えていた。でも、これから友好関係を築くであろう国の王子に強く言われてしまっては、それを言葉にする事すら出来無かったよう。
二人きりの空間が出来上がってしまう。今から何かされるのかしら?
「ずっと、会いたかった」
「何で――んっ」
問答無用でキスをされた。
何で? どうして?
「立香――あの時、言えなかった事がある」
唇が離れると額をくっつけて、彼の両手が頬を包む。
「――好きだ」
大地君が、私を好き? そんなことある訳――。
前世の記憶がフラッシュバックする。
私の言いつけだけ守ってくれたこと、私の呼びかけで校外学習に参加してくれたこと、バスの中で手を繋いでくれたこと、名前で呼んでと言ってくれたこと――それは、全て好きだったから?
本当は少しだけ期待していた。でも、本当にそうだったなんて――あの時、死を選ばなければ良かったって、少し後悔した。
――だって、今の私は悪女。
こんな私、目も当てられない。
「止めて」
私は彼から距離を取って立ち上がる。
「立香!」
慌てて私の後を追って、肩に触れてくる。
私はそれを払って、また距離を取った。
「私はもう、貴方の知っている花園立香じゃない」
彼の表情は苦悶に歪む。
そうよね。ずっと探し続けた相手がこんな悪女なのだから仕方が無いわ。
「私の名前は、フローリア・ミリー・ヴィシュバルド。この国で悪女と称される令嬢」
私は、彼に対して非情とも言える言葉を吐き捨てた。
「前世で聖人と呼ばれた
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