第三章 王子の熱意、悪女の決意
彼は下を向いたまま動かなくなってしまった。
それはそうよね、前世では聖人だともてはやされた私はもういないのだもの。現実を突き付けてあげることは大事だわ。
そうと分かったら、さっさとこんな縁談なんて破談にして貰って、この国から出て行って――
「確かに」
視線は交わらないまま、言葉だけが聞こえてくる。
「君の言う通りだ。俺だって、もう清水大地じゃない――清水大地は死んだ」
その言葉には、さすがに胸が痛んだ。元々好きだったのだから、仕方が無いじゃない。
――そういえば、どうして大地君は死んだのかしら?
私も死んだからこそ、この世界に転生した。私は事故で死んだけど、大地君の死因は何?
そんな事を気にしていると、彼と視線が交わった。
私よりずっと高い位置から、金色の瞳が見降ろしてくる。
「でも――俺の想いは死んでない」
手を引かれたかと思うと、彼の胸の中にすっぽり私の体が納まった。
「今、どんな人柄でも君が前世で花園立香であった事に変わりはない。俺が好きだった女の子に変わりないんだ。だから、俺の想いだって変わらない」
何でそんな風に言えるのかしら? ――いいえ、そう言われては困るのよ。
私はこの世界で悪女になるの。それが私の夢なのだから。
せっかく、ゲームの中の悪役令嬢に転生して、夢が叶いやすい環境が手に入ったと思ったのに、こんな事じゃ困るわ。
「離して」
「嫌だ」
言葉で言っても聞かないから、両手に力を入れて無理矢理彼の腕から逃れようとする。
「好きなんだ、今でも」
そんなこと、この世界で言われてもどうしようもないわ。
「だから、もう離れたくない」
――ああ、どうして前世で結ばれなかったのかしら。
「離したくない」
前世で結ばれていたら、私は聖人のまま大地君と付き合えたのに。どこにでもいる高校生カップルとして平凡で楽しい毎日を過ごせた筈なのに。
まさか、悪役令嬢として転生してから両想いだと分かるなんて、ついてないわね。
何だか意気消沈してしまったから、そのまま彼の好きにさせてあげたわ。
***
「昨日は楽しんだようだな。王子も嬉しそうに帰って行ったよ」
「お陰様で」
翌日、彼が帰国してから公爵に呼ばれた。
「もう婚約したも同然だ、良くやった」
「体で結ばれたからといって、そうとは限りませんわ」
「――何を?」
「私は、カイト王子と婚約をするつもりはありません」
「何だと!?」
彼と結婚する確率はゼロよ。
――私は悪役令嬢。
私は自分が楽しいと思った事をするの。今、楽しいと思っているのは――公爵への復讐。
母と私を捨て、前妻を選んだ。結果的に私は拾われたけれど、母はその前に死んだ――そう簡単に許せるかしら?
彼と結婚してしまったら、それは確実に叶わなくなる。バーラン王国と友好関係が結べてしまうから。そうなったら、公爵の思う壺だわ。面白くないのよ。
それに、聖人だった頃の私を知っている人の前で悪行を働くのは気が引けるわ。カイト王子とは関わりたくないの。
「お前……婚約者を用意してやったと言うのに、まだわしに逆らうつもりか!?」
激しい音がした。公爵が机を思い切り殴る。
それでも私は毅然とした態度を崩さなかった。
「用意して欲しいなんていつお願いしました?」
公爵は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。
「何がそんなに気に入らない? 一度追放した事か? それは自業自得だっただろう!? わしの命を聞かぬ理由だとは言わせんぞ!!」
「追放して頂いた事に関しては感謝しております」
「何を言っている……?」
「田舎の生活、私気に入っておりましたの。それを無理矢理連れ戻すなんて……貴方がなさる事は、いつも私の気持ちを無視して貴方の都合ばかりを優先なさっている。もうそんなのうんざりですわ」
私の言葉を聞き終わると、青筋を立てながら怒鳴った。
「お前の意見等どうでもいい!! お前がどう思っていようが、必ずカイト王子と結婚させるからな!!」
「最後まで抗って見せますわ」
「こいつを連れて行け!! 二度と顔を見せるな!! 忌々しい!!」
「右に同じです」
私より二回りも年上なのにこんなに簡単な挑発に乗るなんて、もっと冷静さを磨くべきだと思うわ。
扉が閉まるまで公爵はずっと私に罵声を浴びせながら、机を叩いたり壁を蹴ったり、荒々しく動き回っていた。随分お元気ですこと。
カイト王子と会う意外、私の手には手錠がはめられている。そこに更に鎖がついていて、それを見張りが持っていた。まるで囚人ね。これで感謝しろと言うのだから理解に苦しむわ。
部屋に入る時に鎖は取って貰えるけれど、手錠ははめたまま。こんなもので、私の心が折れると思ったら大間違いよ。
――だって、私は憧れだった悪役令嬢になれたのだもの。
ベッドに横になると、見知った天井が目に入る。天使が彩られた絵が散りばめられ、その中央には大きなシャンデリア――以前使っていた私の部屋。
さすがに少し懐かしいと思ってしまったわ。
意外にもそのまま残されていた。もしかして、公爵は私を何かに利用しようと最初から目論んでいたのかもしれないわね。
――昨日、ここで一緒に寝たの、彼と。
繋いだ手に暖かさを求めて翳してみたけれど、冷たい金属音が鳴るだけだった。
「バカ」
感傷に浸っている暇なんてないのよ。
彼には悪いけれど縁談は必ず破談にするわ、どんな手を使ってでも――。
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